諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

217 保育の歩(ほ)#12 強くて優しい行政の管理

2023年11月05日 | 保育の歩
🈟 箱根八里(三島大社→小田原城 )
箱根には地元の方の努力で箱根旧街道の約半分が残されています。三島宿の中心三島大社からスタート。


そもそも保育所の目的は「子守」や「託児」だっただろう。
担った人たちは家庭やコミュニティでの自然に育っていく子どもたちの姿をイメージし、それに近づけようとしだろう。
それは近代の学校のもつ教育の機能的なあり方とは一線を画していた。
いわば「子ども(らいし)時間の確保」である。
そして、つかみどころのないそのイメージの中に子どもがいることこそが、子どもたちの将来の“大きなこと”になるように思われるし、実際そうだろう。
「予測困難で不確実、複雑で曖昧」の未来に対して確実にできうることともいえる。

もちろん、保育所も社会的機関である。
行わる保育は意図的に行われ、説明と評価とがあるべきである。
しかし、逆に、その中でこそ漠然としたイメージとしての「子ども(らしい)時間」が確かな形となって見えてくる可能性があるのではないか。
そんな作為的な無作為みたいなことができるのかどうか、あるべき「子ども(らしい)時間」にむけて、各国の知恵を訪ねたい。

テキスト:
秋田喜代美/古賀松香『世界の保育の質評価‐制度に学び、対話を開く‐』明石書店

ニュージーランド3

前回ラーニング・ストーリーと言うツールが様々な立場の人に活用され保育の改善に関与していることを見てきた。
今回はさらに、保育所そのものの質の維持や向上を担保するニュージーランドの仕組みを見てみよう。
見方によっては、教育評価局による保育所管理と言うことになるが、ここにもニュージーランドのユニークさがうかがえる。

まずは下の図である。これも、マオリの人々の言葉を使っている。





ンガー・ポウ・ヘレ
という。
ニュージーランドは、文書表記だけでは、イメージが伝わらないものをたびたび図案化して示そうとする。
下の小さな図は、オリジナルのもので、本来はこうした色使いをしている。(不鮮明で恐縮だが)

中心に位置する「タマリキ(Tamariki)」は子どもたちであり、その周囲の4方向にある「ポウ」(ポウ・ファカハエレ、ポウ・アーラヒ、マータウランガ、ティカンガ・ファカアコ)が直接の評価の内容と言うことになるのである。

ポウ・ファカハエレ(Pou Whakahaere):園の理念、展望、目標、システムは、子どものよい学びの成果が得られるようにする上で、どの程度有効か
ポウ・アーラヒ(Pou Ārahi):子どものよい学びの成果が得られるようにする上で、リーダーらは園内の能力をどの程度有効に構築しているか
マータウランガ(Mātauranga):園のカリキュラムのデザインは、子どものよい学びの成果が得られるようにする上で、どの程度有効か
ティカンガ・ファカアコ(Tikanga Whakaako):子どものよい学びの成果が得られるようにする上で、教育および学びの実践がどの程度うまくいっているか

が、注目するところは、図案の中心の「タマリキ」の近くに位置する「ハエレ・コートゥイ(Haere Kōtui)」(保護者との連携して働くこと)と、全体を包み込むように置かれて「アロタケ(Arotake)」(自己評価を通して得られる持続可能性)があることである。

つまり、4つの評価の指標(ポウ)は独立したものでないことを強調する。

4つのポウは、多様性の受け入れ、構成、バランスを体現している。ポア自立することができず、互いに影響を及ぼし合う。
各ポウは、園がどの程度「ハエレ・コートゥイ(保護者との連携)」を成立させ、「アロタケ」を使用しているかを検討する。ハエレ・コートゥイとアロタケは、各ポウを織り込んでつなげるものと考えられている。


評価は、保護者・家族との連携が大前提になるし、評価が評価のために終わるのではなく、それが持続可能性につながることにおいてのみ意味をなすことを、この独特な図案を用いてイメージを共有しようとしているのである。そしてその中心にはあくまでも「タマリキ」があるべきであるという意志がある。

詳細はあらわしきれないので、文末に「評価指標の構成」(つまり4つのポウのこと)と、「各ポウにおける評価の裏付けになる問い」を参考に。

そして、1989年と比較的新しく発足した教育評価局の評価は積極的に機能をはたしているようだ。

5地域に約150名の評価担当官が任命されており、学校や乳幼児教育・保育における評価を実施する。乳幼児教育サービスのうち開設免許保有サービスすべてについて、おおむね3年に一度、定期的な外部評価が実施される。外部評価と自己評価は、双方に利益をもたらす補完的なものであると考えられており、いかに効果的な自己評価が行われているかという点についても、外部評価の対象である。

ちなみにこの自己評価そのものが保育所開設の条件になっており、それを形骸化させないための3年に一度の外部評価なのである。

タマリキ(子どもたち)を中心とした保育所のあり方と言うのは、基準のようなものをチャック項目としてつぶしていくような評価方法はあり得ない。保育所の質を担保する仕組みが行政的に行われる前提は慎重によく練り込まれたソースと、行政官の専門性が必要であろう。

自分のこととして引き受けてみて「各ポウにおける評価の裏付けとなる問い」を自問してみると、身が引き締まつてくる。





出典:諸外国における保育の質の捉え方・示し方に関する研究会 厚生労働省のHPから


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