狙仙の跡継ぎではあったが、狙仙の画風とは異なり、完全に円山派の画風によった画家です。その作風を伝えるのにはふさわしい作品かと思います。「猿公」はエテ公(猿公)と読みます。「猿」が忌み言葉であることからあてがわれた読み方『えて(得る)』と、対象となる人物に親しみを込めたり、卑しめるときに使われる俗語『公』から成るもので、猿を擬人化した言い回しだそうです。
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文人画家谷文晁(ぶんちょう)の娘婿。円山派をとりいれた独自の画風をしめしたが,文化15年3月8日文晁に先だって死去。32歳で世を去った谷文晁の後継者として将来を嘱望された画家です。養子をとってから実子が生まれていますが、後継者はうまく育たなかったようです。世襲の難しいところですね。
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もとは肥前鹿島鍋島侯の家老板部堅忠の子ですが、実は君侯の庶子で、勤王思想の持ち主で高学歴であり、世界情勢への洞察があり、徳川幕府の封建的な独裁に対して歴史的矛盾に深く憂いながらも、山国で高齢まで絵を描き続け画家として名をなした興味深い人物です。 . . . 本文を読む
「横井金谷の作品の多くは山水画ですが、その激しいまでの筆致と、あえて形を歪めて技巧性を否定するような表現は、主張が強いような内向的であるような、今ひとつ推し量れない面白さに満ちている。」とかわいい江戸絵画(府中美術館)の著書に評されています。
本作品は双幅のうちの右幅で、1幅ずつ処分されていた作品でした。もう1幅とめぐり合うことができました。続編を楽しみにしていてください。
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中国に遺されている作品は皆無ですが、中国で作られたものです。このような染付の皿は骨董市でも少なくなりましたが、中国人はそれほど関心はないようです。このような作品の洒脱さを理解できないようです。
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「大正七年六月弐拾日佐竹侯爵家 所蔵残品入札売立会ヨリ買入レル」とあり、郷里の秋田由来の作品ということで食指を動かしました。むろんこのような書付は眉唾ものと思ったほうがいいでしょう。
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