道 (真理)

道は須臾も離るべからざるなり 離るべきは道にあらざるなり

観音菩薩伝~第8話 妙荘王、ルナフールを罰す。第9話 妙善姫、修行に専心する決意を固められる

2016-03-07 07:11:13 | 観音菩薩伝・観音様

2015年8月31日

第8話 妙荘王、ルナフールを罰す

 カシャーバは、一隊の精鋭を引率して興林国に帰り着くと、同時に意外な消息を聞いて驚きました。それは、慈愛深い王妃宝徳妃の逝去でありました。前々月の十九日の夜に世を去れたことを聞いたカシャーバは、指折り数えてみたところ、ちょうど逝去の日が須弥山で白蓮を見付けた日と時刻までもが一致していたことを知りました。
 これは、不思議なことだ。こんな二つの大事件発生の日時が完全に一致するのは、そこに何かの因縁があるからに違いない。これは只の偶然の一致ではないと思い、カシャーバは兵士たちを兵営に帰舎させるや、休む間もなく急ぎ宮殿に参内して復命しました。
 妙荘王は悲しみに暮れていたが、カシャーバの帰りを心から待ち望んでいました。カシャーバは先ず心から王妃の逝去を悼み、続いて道中の苦難、沿路の険阻から雪中に白蓮を発見した顛末を一部始終報告しました。
 妙荘王は、妃の逝去で心中が愁傷で顛倒していた丁度その時に白蓮の消えたことを聞いて更に驚き、胸を掻きむしられる想いでした。無理に笑顔を繕って、カシャーバの労を慰め犒いました。雪連峰の奇蹟が事実と解って悦ぶべきところであるが、妙荘王の心は鉛のように重く、苦悶に塞ぎ込む一方でした。それは、他ならぬルナフールの事です。

 ここで話は少し前に戻りますが、カシャーバ一行が出発した数日後、妃が急に病を患いました。初め自覚症状はなかったが、ただ精神的に気分が勝れず、それが日の経つに連れて重くなり、やがて終日昏睡状態が続くようになりました。時に覚めても人と話すのを好まず、話をしないとまた眠ってしまうので妙荘王は不思議に思い、宮医を召し入れて詳しく診察させました。
 ところが驚いた事に、六脈が全然ありません。医者を換えてみたが、みな異口同音に何の病状かも判断が付かず、従って薬の調合の仕様もありません。妙荘王は慌てて諸大臣を招集し、このことについて相談しました。アナーラは前に進んで、
「先日、ルナフールは医薬を研究していると聞きましたが、老臣の見たところ、彼には相当の来歴があるように感じられます。何か特別な才能があるかも知れません。今は軟禁中ですが、彼を喚問して診させては如何でございましょう。もしかすると、王妃様の奇病を治すことが出来るかも知れません」
「これは、よい事を思い付いてくれた。直ぐ此処へ喚べ」
と、自衛官にルナフールの召喚を命じました。
 妙荘王は、ルナフールが登殿するや否や急き込んで
「汝は、妃の病気を治すことができるか」
するとルナフールは
「脈を診て始めて、治せるか否かが分かります」
「それでは直ぐ妃の症状を診てくれ」
 妙荘王は、侍女に命じてルナフールを宮中に案内させました。小半時ほどしてルナフールが殿内に戻って来ますと、待ち焦がれていた王は早速尋ねました。
「どうであったか」
 ルナフールは、首を横に振って
「もう、いけません。王妃様には、六脈が全くありません。これは即ち魂が昇り、魄が降った徴候です。初めに手を執りました時に、已に六脈は絶えていました。後で詳しく計りますと、微かな一縷の気脈しかありません。それが、止まったかと思えば亦動きます。直ぐに危険はありませんが、目下のところ神魂は已に躯から離れています。寿命は、恐らく七日間を超えることがないと存じます」
「それは、如何なる理由によるのか」
「それは大概の場合、前世の罪が未だ果たされていないため、なお幾日か床の間での災いを受けなければ、気が絶えることはないということでございます」
 妙荘王は、この事を聞いて腸が寸断され、心は針で刺されたようで、涙が止めどなく頬を流れました。
「王妃のこの患いは一体何の原因から起こったのか、何とか癒す方法はないのか、どのような犠牲でも払うから、妃の命だけは助けてくれ」
 妙荘王は、哀願にも似た悲しい声を上げました。ルナフールは嘆息して
「王妃様の病気を治すには、お釈迦様の家薬である炉内の丹薬を得て厚生する以外に方法はありません。王様、万に一つの希望も持たれますな。それよりも、早く王妃様の後事をご心配なされたら如何でしょうか」
 妙荘王は、哀しさを堪えて
「果たして妃は、何の病症に罹っているのか。遠慮せず、余に答えるがよい」
 ルナフールは、屹と頭を挙げ、じっと妙荘王を正視して
「この病気の起因は、短い期間に作られたものではありません。実は、人としてこの世に転生し、智識が開かれるに従って、喜怒哀懼愛悪慾の七情を内に感じ、色声香味触法の六賊がこれを外へ誘い出します。それによって凝り固まった人間の精・気・神を擾し、これを擾乱分散させてしまいます。故に人生は、短い一場の春夢の如くになってしまいます。長寿と言いましてもせいぜい百年に過ぎず、精・気・神が完全に散失した時には永眠を免れません。況や王妃様は高貴の身分にお生まれになりましたので、表面は何事も常人より好いようですが、その実七情・六賊に冒される度合いも大きく、常人より凶悪で精・気・神の崩壊も特に早いのでございます。常日頃、妄りに殺生して口腹を充たしたがためにそれが悪業となり、このような病床の災いとなったのでございます。只、業の満ち了るのを待って気は絶たれましょう。もし強いてこの病を名付けるなら、『七情六慾症』と診断できましょう。治癒の方法は、絶対にございません」
 妙荘王は、聞き終わるや否や、怒髪当に冠を衝き大声で叱責しました。
「狂人奴が、口を慎め。汝はこの奇病を治し得ないならそれでもよい、よくも大胆にいい加減な虚言を造って自分の愚庸を掩い隠し、国母を侮辱したものだ。こんな者は、許して置けぬ」
 そう言ったかと思うと、左右の護衛官に向かって
「この小賢しい奴を雁字搦めに梱縛して、一刀の下に処刑せよ」
と声を震わせて命じました。両側の護衛官は、これを聞くや一斉にルナフールを取り押さえ、結び目を固く縛り上げ刑場へ連行しました。刑の執行官は、寒気人に逼るような鋭利な剣を持って刑場で待っていました。そこへ護衛官がルナフールを引き摺り出し、土下座させました。
 妙荘王が高台で処刑を待っていたその時、突然アナーラが急ぎ大股で入って来て
「王様、暫くお怒りを収めて老臣の話をお聞き下さい。ルナフールの無礼は誅するに値しましょうが、只今王妃様は危篤状態で、正に生死の境を彷徨っておられます。なお一つの良い療法も考えられないで、徒に殺人を行うことは甚だ宜しくありません。老臣の愚見によれば、それより彼を赦して、別に王妃様のご病気を治す良策をお考えになられたら如何でございましょう」
 妙荘王は、不満ながら一理ありと考え直して
「老卿が替わって命乞いをしたから、特に卿の顔を立てて赦してやろう。ただし死罪は赦しても、活罪は赦す訳にはゆかぬ。彼を二百の大棒の刑に処し、牢獄に禁固して罪に服させよ」
 アナーラは
「只、彼の命を赦していただきさえすれば、その上何を申しましょう」
と王の恩徳を謝しました。
 武官は、ルナフールを縛り地に倒し、続いて大棒を振るって二百打ちました。傷口から鮮血が吹き出し、体中が紫色に腫れ上がったが、ルナフールは呻き声一つ上げません。大棒二百の刑を終えた後は、死刑囚の牢獄に押送して両手に手錠を掛け、両足を鎖で縛り、首に首枷を嵌め、扉を釘で固く打ち付けました。正しく活地獄の刑法です。
 ところが第六日目の夜、獄官がルナフールの牢獄を調べに来て愕きました。ルナフールの姿形が、跡形もないのです。手錠や鉄の鎖や枷が剥ぎ取られ、それらが一面に散らばっているだけでした。獄官は慌てて牢役人を集めて訊問したが、みな異口同音に
「先刻までは、固く鎖に縛られていました。彼は重犯なので、私たちは更に大紐で頭髪を括って高く吊っておきました。門も開かれず、戸も開けられていないのに、どうして逃走できたのでしょう」
 不気味な空気が漂って、一同は灯火を翳して牢内を隈無く捜しましたが何の痕跡も見付かりません。獄官が事の重大さを察して急ぎ執刑大臣に報告するや、執刑大臣は事態の大きさに肝を潰して、深夜に関わらず急ぎ参内して妙荘王に奏上しました。ちょうど妃の事で会議を開いていた妙荘王は、焦燥と憂悶で気が立っていた時なので、一時に怒りが爆発し
「即座に執刑大臣を解職し、獄官を斬首して、後の戒めとせよ」
との旨を宣しましたが、心の中では早く誰かを派遣してルナフールを捜し出さねばならないと考えました。その時宮女が慌てて登殿して地に伏し
「申し上げます。王妃様は、たった今ご逝去遊ばされました」
妙荘王は、一瞬眼の前が暗くなり暫く呆然としていたが、急に立ち上がりルナフールの事も忘れて足早に後宮に入って行きました。
 王妃は医者たちが手を束ねてから日一日と病状が重くなり、薬石効無く九月十九日の夜遂に息を引き取ってしまいました。
 妙荘王は、声を上げて慟哭しました。妃の死は妙荘王にとっては大打撃であり、悲しさと孤独がヒシヒシと胸に迫りました。王妃の内助の功は妙荘王の善政に関わりが深かったため、あたかも自分の親を失ったように啜り哭く声が家々に聞こえ、国民はみな優しく慈愛に満ちた王妃の死を悼み悲しみました。

第9話  妙善姫、修行に専心する決意を固められる

 姫が怪我をしてからと言うもの王妃は、姫の挙動には格別の注意を払い、常に四・五名の宮女を身辺に侍らせて保護させ、閑なときでも姫が外へ遊びに出るのを制限しました。宮女達には、姫と一緒に危険な遊びに同調したり相手になった場合は厳しく罰すると命令しました。
 姫は宮女達に迷惑が掛かっては自分の罪になると思って、温和しく宮中で坐行に励み、常に瞑想し、書籍・経典を読み耽って、閑な折りには二人の姉姫と琴を奏でて共に寂寞を慰め合っていました。
 暫くは何事もなかったが、図らずも母君が重病を患ってしまいました。その時姫は僅か七歳でしたが、夙根深く、天性厚く、母君の疾病を見て万々の焦慮を感じ、孝心深く終日神仏に祈願し天地に救いを求めました。
 姫・妙善は、母君の病気中、昼夜を分かたず身を介抱に尽くしました。
「どうぞ、私の寿命を短縮してでも、母君の寿命を延ばして上げて下さいませ」
しかし姫の祈る厚い心に関わらず、王妃の病は日々に重くなるばかりでした。姫は甲斐甲斐しく薬を献じ、茶湯を上げるなど、母君の身辺一切は自分の手で面倒を見ました。王妃が何時目を覚ましても、常に姫は側にいて離れず看護を尽くしました。母君の苦しみを見かねて姫は、更に願を掛けて祈りました。
「一生を弥陀に帰依し、衆生を救いますから、どうぞ母君を延寿させて下さいませ」
姫は悲壮な覚悟で祷りましたが、王妃の病状は日ごとに悪化する一方で、死期が日一日と逼っていました。九月十九日の夜、王妃は力なく眼を開け、側に座っている妙善姫の手を執って
「吾が心の姫よ。母は、そなたの成長を待つことが出来ません。中途でそなたを捨てて別離して行くのは、真に忍びないことです。だが母が死んだ後、そなたはよく父君にお仕えして、決して拗ね逆らってはなりません。父君の感情を損ねないように、母の言うことをくれぐれもよく聞くのですよ」
 ここまで言って王妃は嗚咽で言葉が続かず、両頬には二筋の涙が流れました。この母君の臨終の際に残した遺言は、姫の小さな心を針で刺し、刀で腸を抉られる思いでした。熱涙は止めどなく流れ、悲哀の情が高まって目先が一瞬真っ暗になったと思うや、床上に昏倒してしまいました。その瞬間に、王妃は遂に永遠に去って逝きました。
 姫は介抱されてやっと気が付きましたが、王妃の逝去を知らされるや、一層激しく身を震わせて慟哭しました。食事も碌に喉を通らず、七日七夜、室内に閉じ籠もり嘆き悲しみました。最も親愛する母君に去られた幼女の心は、哀れというほかありません。
 しかし、この哀哭の中に、姫は一つの霊機を悟りました。所詮人の世は常ならず、生あるものは必ず滅し、有為は転変して栄枯盛衰・離合集散は限りがない。如何に愛する人であろうとも、遅かれ早かれ別れなければならない諸行無常を、姫はこの時切実に身を以て体験しました。
 高貴な身分の母君でさえも死ななければならないのに、況や一般の衆生においておや、例え王座・権力を有する父君であろうとも、この問題に対する解決方法は見出せないでしょう。人間は誰しも、立場と環境に合わせて、その器なりの悟りに到達するものでありましょう。姫は、密かに想いました。
「母君は、私を生み育てて下さった、どれほど御苦労を重ねて今日まで撫養愛育して下さったことか。この厚い恩徳に対して少しも報うことが出来ないままに、母君は私を棄てて往かれた。私の罪は、非常に重いに違いない。王女の身分でありながらこんなに苦しいのに、一般の人はもっと苦しいに相違ない」と。
 姫の想いは、いよいよ深くなっていくばかりです。この罪を滅ぼすにはどうすればよいのか、姫は一つの問題を真剣に考え始めました。ある日姫の心の中に、大きな閃きが感じられました。
 慈悲深い弥陀とその証者仏陀の得られた道に一心に帰依して、救いを求める以外に方法はない。仏陀が求められた心法は、三界十方を超越して一切の苦厄を救い、九玄七祖共に極楽浄土に返らせる大法力である。今直ちに罪を懺悔して修行を志せば、必ずや一条の光明があるに違いない。よし、決心して身を棄て、仏門に帰依しよう。そうすれば、母君の高恩大徳に報いられるに違いない。母君を救うには、私の功徳が是非必要である。そう決意した姫は、宿願が実現するまでは、この事を誰にも言うまいと心に決めました。
 その日から姫は、終日経典の参悟に没頭し、礼拝に努め、長い光陰を総てこの中に費やしました。はっきりした目標を定め真の生き甲斐を得た姫は、魚が水を得たように心から歓喜し、日一日と磨きを掛けるに従い、その成長と進歩は驚くばかりでした。
 あらゆる経典を克明に読み、丹念に調べ、経義を細密に参悟しているうちに仏陀の真髄が分かってきました。悟れば悟るほどに真実を極めた玄妙の理は、姫の心を捉え、姫の全霊を傾倒させるに到りました。
 姫は瞑想・参悟が進むに連れて、仏陀の得られた道に一つの大事を悟りました。それは、今まで仏陀の得られた道であろうと信じ奉じて進む僧侶達に大きな誤りがあったことです。誰しも徒に形式と念経に力を注ぎ、心の伴わない戒律と勤行を科し、仏陀の得た法と全く遠く懸け離れた行法をしていたことであります。
 更に姫の心中に一つの思索が纏まり、結論に到りました。
「一般の信仰を見るに、ほとんどの者は現世の利益を願い、物慾の満足を条件に帰依して行を修めている。涅槃の道を得るには、そのような心掛けではとても到れるものではない。仏陀の真宗は、永遠に霊的の逍遙自在を得るものである。生死の輪廻を断ち切るには、それらの雑念と慾情を棄てなければならない。棄てなければ更に因果を造ってますます輪廻を余儀なくされるはずで、この繰り返しは尽きない」
 姫は亦、仏陀の真伝は教外別伝であり、一般に信奉されているのは形式的なものであり、真髄ではない。真髄は不立文字であり、どんな経典にも載っている筈のないものであることを発見しました。この事を悟った姫は、今度は一途にその法を得たいとの念に駆られてきました。姫は一心不乱に繰り返し経典を入念に調べ尽くしましたが、心霊を打つべき真髄はやはり何れにも載っていません。姫は、その至上教法を悟得したいと心中に念じました。
「仏・法・僧の三宝は、別の意義があるはずである。仏が求め得た法であって、仏の法であってはならない。法を得るための僧でなければならない。法は眼で見分けが出来るものではなく、全霊に刻み込まれるべきものである。私は、それを得たい。経典はそれに到達する路程を単に指示するだけのものであって、別伝の心法は明師によって得ない限り目的を達することができない。奇蹟も同じく手段であって、真の極楽は空寂無一物、無慾無色の境界でなくてはならない」と気付きました。
 すると姫の口からは、自然と金剛経の一偈が詠まれました。
  若以色見我    若し色を以て我を見んとし(あるいは)
  以音声求我    音声を以て我を求めば
  是人行邪道    是の人は邪道を行ずるものにして
  不能見如来    如来を見たてまつること能わざるなり。
 ここに至って姫は、最高の道を求める決心を固めました。将来、宿願は必ず果たされる。もし私が真法を得た暁には、その法を衆生に施し、行者達を啓蒙したい。と悟った姫は、大きな希望に胸が膨らみ、限りない喜びが湧いてくるのでした。
 天は、常に善き人の路を絶やさず。姫の修行は、幸運にも、亡き母君の妹、つまり叔母である保母の大きな暗助によっていよいよ蕾が膨らんできました。保母も信仰に厚く、姫のよき理解者であります。保母は早くから夫を亡くし、以来ずっと姫の撫育に尽くし、姫の居る所には必ずと言って良いほどに保母が付き添っていました。この保母の温かい心尽くしは、姫にとって満貫の力であり、二人で一緒に坐行し、日夜参悟に努めました。
 姫は相を借りて理を悟らせる譬喩表現に優れていたため、保母は姫の経典講義には常に心霊を傾けて聞き入りました。実際、姫の説法は驚くばかりに宮女達を感動させました。道理・道義を講ずれば奥理に徹し、その雄弁は止まるところを知らず、端座瞑想はいよいよ円熟を極めてきました。
しかし、二人の姉君は逆に冷たい眼で姫を見て、暗かに妹姫を気狂扱いにし、妙荘王に度々告げ口しました。
「一国の王女として生まれながら、富貴栄華の福禄も受けずに、神仏ばかりに妄想していると却って国中の人々から笑われます」
 妙荘王はこれを聞いて顔は曇らせたが、多忙のため姫を見に来られず、心では母君を亡くした淋しさに一時的に気を紛らせ心を慰めている、ぐらいにしか考えていませんでした。当時、仏陀に帰依する人は貧賤な身分か、身寄りのない老婆・老人が殆どでした。その他疾病に罹った人とか寡・孤独者、あるいは生活に痛め付けられた人達で占められ、このような者たちが至る所で托鉢を持って家々を乞食して回っていたため、王家はもとより、良家の子女で仏門に帰依する者はありませんでした。
 仏門に帰依する者たちはむしろ軽視されていた時代であったため、姫が身を棄てて仏陀に帰依することを聞いたら、妙荘王は気も顛倒するばかりに驚き怒るに違いありません。王の面目と名誉と権力に掛けても、必ず姫を制止することは明らかであります。
 善悪に関わらず事実は何時の間にか伝わるもので、姫の修行は何処からともなく全国の仏道を信奉する信者に洩れ伝わって行きました。殊に尼僧達にとっては百万の味方を得たよりも心強く感じられ、人々は躍り上がるほどにこの事を歓迎しました。今までが世間から良く見られていなかっただけに、大きな光が人々の心の中に点じられました。



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