道 (真理)

道は須臾も離るべからざるなり 離るべきは道にあらざるなり

観音菩薩伝~第4話 姫、機知を働かせて蟻の闘いを止められる、 第5話 姫、蝉を救うために大怪我をされる

2016-06-27 22:32:58 | 観音菩薩伝・観音様

2015年1月18日

 

第4話  姫、機知を働かせて蟻の闘いを止められる

 妙善姫御生誕の祝宴の折りに現れた老翁に纏わる話は、たちまち全国津々浦々にまで伝わりました。興林国の民衆は、その老翁が仙仏の権化であると信じて疑いませんでした。この話が拡がるに連れて仏門に帰依する者が多くなり、改宗者も増加の一途を辿りました。時はちょうど西方天竺の仏教勃興時代であり、興林国は天竺に近いため仏教に同化されていたこともあって、この事件を切っ掛けに神仏を信仰する風潮が益々高まってきました。

 妙善姫は父君妙荘王と母君宝徳妃の寵愛と撫育を一身に受け、すくすくと成長されました。生来天資聡明で物事に秀で、美しい容貌・容姿は大きくなるに連れて益々端麗となり、その見目麗しい顔形は高貴な気品に溢れていました。背丈は二方の姉姫よりもやや高く、性格は明朗で、よく話し、よく笑いましたが、尋常の子供と違った性質が見られました。並の子供は美衣を纏い美食を欲しがるものですが、姫は幼少の頃から錦繍の着飾りや生活上の豪華奢侈を好まれず、質素な服装を好んで着用されました。

 何よりも奇異なのは、出生以来、素菜食を摂り、魚介類や獣肉類などの腥物を口にすることがなかったことです。食べたがらなかったわけではなく、食べることができなかったのです。ほんの僅かな腥物でも口に入れたり、また野菜料理でも少しばかりの生物が入り混じっているものを食べようとすれば忽ち嘔吐してしまう有様で、全く喉を通ることができません。これを見て王と妃は、不思議に思いました。しかし嘔吐で体が損なわれるのを見るに忍びず、体質に合わせて、姫には他の者たちとは別に精進の食物を用意させました。

 姫はまた特に書物に親しまれるので、宮中に家庭教師を迎えて読み書きを習わせました。智慧は勝れて二方の姉姫の遠く及ぶところでなく、一度教われば直ぐに読み書きができ、一度解釈すれば何時までも覚えていて忘れることはありません。

 妙荘王と妃はこのため、姫を目の中に入れても痛くないほど寵愛し、掌中の珠のように可愛がりました。女の子でありながら男の子以上に秀でていたので、妙荘王は大いに心が慰められ、時々妃に 「妙善が成人に達したら、文を以て邦を安んじ、武を以て国を定められる十全十美の婿を選んでやろう。もし太子が産まれないならば、王位を女婿に譲ってバキヤの王統を継がせよう。姫には、治国の素質がある。この国を永遠に栄光と平和に治める才能がある。徳を以て国を治めるに違いあるまい」

 妃は、勿論この王の意向に賛同しました。姫に託す将来の望みが大きくなるに従って、王夫妻の太子を求める焦りの心がだんだん薄れてきました。そして只、密かに然るべき人材を選択することに気を遣うようになりました。

 王夫妻のこうした動きに関する噂が、二方の姉姫の耳に入らないわけはありません。二方は互いに自分たちの運命の薄幸を嘆き、心中のモヤモヤが漸次嫉妬に変わり、事ごとに妹姫に対して好い気持ちがしません。同じ王女として、しかも姉として生まれながら、王位を妹姫に譲られることは気位が許しません。こうして姉姫たちは、生来の勝ち気も加わり、妹姫に辛く当たるようになりました。二方は美しく着飾り、陽気に振る舞うのが好きなので、妹の質素・温順な態度が気に入りません。

 ある日の夕方、妙善姫は一人の宮女を従えて花園へ散歩に出掛けました。いつの間にか、仙人洞の辺りまで来てしまいました。夕陽が赤く燃えて雲間から千条の光を放ち、その美しさに心打たれた姫は、暫し我を忘れ、経典にある極楽世界の景色はこれ以上に素晴らしいに違いないと、いろいろ想いを巡らせていました。このまま夕陽が沈むことなく永遠に輝き続けて欲しい…、一瞬姫は何かの囁きを聞いたような気がして空を仰ぐと、一連の雁が親雁に引き連れられ列を成して南の方へ飛んで行くのが見えました。何処へ、何のために飛んで行くのだろう。姫は深い感傷に打たれ、何となく心が身内から離れて行くような侘びしい気持ちに駆られました。

 ふと目を転じて地上を見ると、辺り一面に大蟻が闘争しているのが目に付きました。よく見ると、黒と黄色の二種類の蟻が死に物狂いで咬み合っていました。暫く経っても止みそうになく、その凄まじい有様と言ったらとても一口では表現できないほどです。弱いものは強いものに咬み殺され、あるいは傷つき痙攣して動かなくなりました。その上に覆い被さるようにして、死傷した屍が累々として重なり積もりました。

 姫は、憐れみの情を覚えて仕方がありません。この小さな蟻たちは、普段は平穏に暮らしているはずなのに、どうして闘い合わなければならないのか。一生の命も短く、その上異類からの迫害もあるため、むしろ自分たちの命を護る必要から団結しなければならないのに、何故また闘争して寿命を縮めなければならないのか。どう考えても、解りません。

 哀れな蟻を救って上げようと思い、姫は裾をまくってその場に蹲み込み、両手で蟻の群れを払い分けようとしましたが、直ぐに手を引っ込めました。敵味方を見分けたり、一匹ずつ捕まえて遠くへ放したりすることは容易ではなく、また数が多くとうてい捕らえ切れるものではありません。

 この大蟻は仲間同士では非常に仲が良いが、別の種類や他の巣の蟻には異常なほど敵愾心を燃やすなど、強い排他的な習性があります。いったん咬み合いを始めると、相手が死ぬまで決して止めようとしません。死んでも相手に咬みついたまま離れず、無理に引き離せば双方共に傷付いて死んでしまいます。

 手の施しようがないまま二人が呆然と佇んでいる間に、死骸の山が見る見るうちに沢山できました。蟻は嗅覚が鋭く、両方を引き離したとしても直ぐにまた敵を見つけ出しては咬み合いを始めるため、闘争は何時まで経っても全く収まりそうにありません。姫はどうしたものかと困惑し思案しましたが、直ぐに妙計を考え付きました。

 蟻の争いは畢竟食物を巡るものに相違ない、もし双方に十分な食物がありさえすれば、自然にその食物を自分の巣へ運搬するよう態度を一変させるに違いない。そうなれば咬み合いも止めざるを得なくなるであろう、そう思い定めた姫は急いで宮女に
「甘い飴とお菓子を少し袋に入れて持って来ておくれ」
と命じました。

 宮女は何の意味か解らなかったものの、命じられたとおり宮室へ引き返し、間もなく飴と菓子を詰めた袋を持って戻りました。姫は宮女から袋を受け取ると、両方の蟻の通り道に沿って巣の前まで辿り、飴や菓子類をそれぞれの巣の周辺に撒きました。

 すると現金なもので、新手の援軍は食物を見て急に方針を変え、咬み合うことを忘れて夢中で食物の運搬に精出し始めました。それから双方の蟻道の両側にも袋の中身を少しずつ撒いてやると、蟻の群れはすっかり戦の事を忘れ、列を崩して食糧を漁ることに専念してしまいました。

 続いて姫がなおも咬み合っている現場を上から箒で軽く払いますと、双方の蟻たちは遂に四方へ散り散りに逃げ出し、それぞれの巣へ食べ物を運びながらその場を引き揚げて行くのでした。一場の悪闘もここに終わりを告げましたが、蟻の残骸は辺り一面に散らばっていました。姫は、その牙折れ、足を断たれた情景を見て可哀相に思い、首を傾げて考えました。

 たとえ小さな蟻であっても、やはり一分の生命があるに違いない。それが互いに咬み合い、殺し合って悲惨な横死を遂げ、残骸を曝している。これらの生霊は、どのように苦しがっていることでしょう。姫はいつの間にか涙ぐんで、屍を天に曝して罪の深くなるのを憐れみ、そのままにして置くに忍びず、振り返って宮女に言いました。

「二人で穴を掘って、埋葬して上げましょう」
 二人が箒で蟻の残骸を掃き集め、木の先で穴を掘り始めた頃は、すでに黄昏時で辺りは暗くなりかけていました。その時先方から、二人の姉姫が談笑しながら近づいて来ました。妹姫と宮女が蹲んで何かしているのを見掛けて、二人は怪訝な表情をしました。妙善姫は、姉姫の来られたのを喜び
「姉君、良い所へ来られました。お手伝いして下さいませ」
と声を掛けますと、
「どんな事ですの」
と妙音姫が訊き返しました。

「咬み合いで死んだ蟻を埋めてやりたいと思います」
 これを聞いて妙音姫は思わず吹き出し、そして冷やかに
「妹よ、自分一人で遊びなさい。あなたの詰まらない遊び事のために手を汚したくありません」
と言いながら、向こうへ行きかけました。妙元姫も、姉姫を追いながら
「姉君、妙善はあのように土掘りや泥いじりが好きなのですよ。それでもなお父君も母君も妙善を宝のように可愛がり、文武両全の婿を選ぶと仰せられます。万一母君が太子をお産みにならなければ、妙善の婿が王統を継ぐそうで、素敵ではありませんか」
皮肉混じりの言葉に、妙音姫が相槌を打ちました。

「そうなると妙善は、王妃様にお成りですね。しかし、世間で泥いじりの王妃様なんて聞いたことがありませんね。笑われますわ」
 妙元姫は意地悪そうに
「妙善の行いは、少し下品だと思います。それでも、父君や母君が寵愛されていらっしゃるから仕方がありません。これも、私たちの運命ですわ」
 妙善姫は、これらの遣り取りを聞き流し、黙ったまま土を掘り続けました。姉姫たちが自分の気持ちを理解してくれないのが悲しかったものの、何を言われても我慢して気に掛けません。人を疑うことを知らず、何時までも好い姉君と信じ、素直で大らかで菩薩そのままのお気持ちでした。

 やがて穴が掘り上がったので、蟻の死骸を掃き入れ、その上に土を被せて叮嚀に葬り、その蟻塚に向かって二人は小さな掌を合わせました。これで蟻の生霊も安らぐに違いない、と思うと姫の気持ちは晴れ晴れとなりました。

 辺りはすっかり暗くなり、宮女に促されて二人は宮室へ引き返しました。姉の妙音姫と妙元姫は先に帰っていて、王妃に妙善姫の事を告げました。日頃の羨ましさが妬みに変わり、母君の歓心を買うために尾鰭を付けて話しましたが、王妃は二人の話を聞き一笑に付して取り合いません。

「妙善は、天の慈悲の徳を持っています。そなた達とは何の関わりもありません」
二人の姫は母君の意外な言葉を聞いて、不愉快で仕方がありません。その時ちょうど、妙善姫が蟻塚から帰って来ました。妙善姫は、二人の姉姫が母君の側で満面に不快の色を浮かべているのを見て察し、これは何か母君に教訓されたに違いないと思い、そのまま黙って部屋に引き下がりました。

 翌日妙荘王は、妃から事の次第を聞き、苦笑して
「妙善は聡明怜悧であるが、この性質が玉に瑕なのだ。少しも子供らしさがなく、まるで老婆のようだ。小さい時からこのようでは、将来が案じられる。御身は、よく教導しなければなりません」

妃は、只深く頷くばかりでした。二方の姉姫は、この言葉を聞いて密かに喜び、妙善の性質はとても改まりそうもない…そうであれば、将来には父君の歓心を失うに違いない、と思いました。

 実際、妙善姫には深い仏性があり、閑な時間には、仏書経典を読み書きしてばかりいました。一度目を通すと決して忘れることがないため、普通人の数十倍も悟りが早く、円熟味も加速して行きました。誕生以来美徳だけを考えて生きているようなこの性質を枉げることは、鋼鉄を折るよりも遙かに難しいことは姉君にも明らかです。母君の千万言の勧化も姫の頭には入らず、依然として姫は思い付かれた善徳の数々を行い続けました。




第5話  姫、蝉を救うために大怪我をされる

 蒸し暑い夏の、ある月夜のことでした。姫は宮室の暑苦しい空気から離れて、庭園へ散歩に出られました。姫が柳の下の石台に腰を下ろして納涼していると、芳しい花の匂いが一陣の清風に乗って漂ってきました。その何とも言えない香ばしい薫りは、姫を爽やかな気持ちに誘うのでした。

 静寂な空気の中に、只一匹の蝉が傍らの木の幹に止まって鳴いていました。まるで我が世の春とばかりに、得意な美声を張り上げて歌を唱っているようでした。姫は、この静寂の中で深く思惟しました。

 世上の人はどうして競って労碌を重ね、名利のために奪い合い、勢力のために争い合っているのでしょう。かように大きな罪を作った挙げ句、将来にやってくるそれらの報いである魔障や災難から果たして逃れることができるのであろうか。一切の苦厄や転生輪廻の柵から、果たして逃れることができるのであろうか。

 何らかの妙法を使って、世の人々を悟らせなければならない。人生の一瞬の快楽に、何の意味があろう。両目を一度閉じれば、万物皆空である。儚い仮の快楽よりも、永遠の自在を得たい。仏陀が成道し到達された極楽世界の境地に至れば、どのような感じがするのであろうか。姫の小さな胸は、様々な思いで一杯になりました。いつの間にか、神(しん:註2参照)を凝らして静座し、とうとう恍惚境に入ってしまいました。

 正に元神(げんしん:同じく註2参照)が出ようとするとき、今まで楽しげに鳴いていた蝉が、突然鳴き止んだかと思うと、今度はけたたましく鳴き出しました。普通の鳴き声ではなく、何かに襲われて救いを求める必死の悲鳴に聞こえました。

 姫の霊気は正に無我の境地に至りつつありましたが、この蝉の悲鳴に静寂の気が劈かれました。驚いて我に返り鳴き声のするほうへ頭を向けると、一匹の大螳螂(カマキリ)が長く伸びた胸部を反り、鋭利な鎌状の前肢で慄く蝉を引っ捕らえ、細長い頸を擡げて咬み付こうとしている様子が月の光によって映し出されました。蝉の悲鳴に似た鳴き声は、正に救いを求めていたものでした。

 姫は、暗かに考えました。蝉は、私に救いを求めているに相違ない。もし私がこの難を見て救わなかったならば、蝉は間もなく螳螂に殺されるに違いない。見たところ柳の木は、さほど高くはない。咄嗟に姫は腰掛けていた石台に登り、その上に立って手を伸ばし、螳螂を上から抓み上げました。ところがその大螳螂は、捕らえていた蝉を放しはしましたが、今度はその鋭利な鎌を姫の手の甲を目掛けて打ち込んできました。一方助けられた蝉は、一声鳴いて飛び去って行きました。

 姫はそれを見届けてから手の大蟷螂を放そうとしましたが、螳螂の前肢両鎌は姫の手の甲に深く食い込んでいたため鮮血が流れ出しました。姫は余りの痛さに耐えかね、一瞬目の前が真っ暗になり、足の力が抜けて声を出す間もなく石台の下に崩れ落ちました。
 折悪しく倒れた所に石があり、額の右のほうがその石に強く当たって傷付いたため顔中血だらけになってしまい、その上左足の踵は木の根元に引っ掛かり皮を擦り剥き脱臼してしまいました。姫には、この痛みがどうして堪えられましょうか。忽ちにして、人事不省に陥ってしまいました。

 丁度この時、宮女が妃に命じられて花園へ姫を捜しにやって来ました。柳の木の下に来ると、誰かが倒れているのが目に付き、もしや妙善姫ではないかと恐る恐る近づいてみると、顔一面が血だらけになって気を失っている姫を見付けました。

 宮女は腰を抜かさんばかりにビックリして、震えながら慌てて宮中に駆け込みこの事故を急報しました。急を聞いた王妃を始め宮女一同は、直ちにその場に駆け着け、急いで柔らかい籐で編んだ篭に姫を乗せて宮中に運び込み、宮医を呼んで傷の手当てをさせました。王妃の顔色は真っ青でしたが、終始取り乱すことなく、冷静に宮女達にあれこれ指図しました。知らせを聞いた妙荘王は、急ぎ姫の室に見舞いに臨みました。その後、王と妃は姫の枕元に付ききりです。

 小半時ほど過ぎて姫は気が付き、初めの内は意識が朦朧としていましたが、辺りを見回す内に事情がだんだん解ってきました。父君と母君が自分の顔を心配そうに見守っていたが、気が付いたのを見て安堵の胸を撫で下ろした様子でした。
 妙善姫は、体を動かしたとき踵に激痛が走ったため、思わず呻き声をあげました。妙荘王は「妙善よ。どうしてこんなに酷く転んだのです。申してごらんなさい」

姫は、心の中で父君の怒りを恐れて、言おうか言うまいかと思案しました。言えば厳しく責め咎められるに違いありません。だが姫は嘘が言えず、苦しみながらも一部始終を話しました。妙荘王は、聞き終わるや、首を振り、厳しく姫を諭しました。

「妙善よ。父は、何時もそなたに話していたではないか。父の言いつけを聞かないから、このような苦しみを受けるのです。この度の事で、よく分かったであろう。今後、再びこのような事をしたら許しませんよ」

 姫はただ、頷くばかりでした。額の傷は薬を付けていた所為で左程でもないが、左足首の脱臼は骨折しているのか痛みに堪えきれず、顔を歪めてまた一声呻きました。付き添っていた妃は、姫の苦痛を自分の胸に針を突き刺されたように痛く感じられ、眼に一杯涙を浮かべて「どこが痛いのですか」
 姫は痛さを堪えて
「体全体に痛みを感じますが、額と足首が特に疼きます」
妃は姫の踵を擦ったが、本当に脱臼して腫れ上がっているのを見てビックリしました。妙荘王は、急いで侍官に、接骨医を召し連れるよう命じました。暫くして接骨医が急ぎ参内し、姫の骨を元通りに接ぎ合わせました。痛みが少し和らぎ、いつの間にか姫が睡りに入ったので、皆はようやく安堵しました。

 この怪我で姫は約一箇月ぐらい、体を起こすこともできませんでした。普通の人なら螳螂と蝉の所為にして怨みを抱くところでしょうが、姫は良い事をしたと自ら満足し、肉体的には苦しみが残っていましたが、心中では万分の喜びを感じていました。自分で自分の行為に慰められ、床の上では苦痛を訴えることがありませんでした。

 月日が経つ内に踵と手の甲の痛みはどんどん癒えてきましたが、額の傷口だけがなかなか治りません。種々の薬を付けているうちに傷口はどうにか塞がりましたが、黒い痕が残っていて、完璧の珠に瑕疵が付いたようなもので、この事が人々に惜しまれました。妃は、それが何より痛ましく感じられました。

 ある日、妙荘王に向かって
「こんな玉のように美しい姫が、額に一つの傷痕を残しては、美貌をたいへん損ないます。私が想いますのに、我が国中に良医も少なくありません。王様、令を伝えて霊験ある名医を招き、姫の傷痕を癒させては如何でございましょう」

妙荘王はこの提案を受け入れ、翌日宮廷に登殿するや、早速次の令旨を全国に公布しました。

 凡そ姫の額の傷痕を元通りに治すことができた者には、賞として白銀千両を与え、その上御殿医の職に任ずる。
 この旨が一度公布されるや、国中の医者や大夫らは先を争って薬を献じてきました。連々数十種の薬を試みましたが、毫も効験がありません。妙荘王は、このような大国に一人も役立つ医者がいないのを情けなく思いました。機嫌を損ねた妙荘王は、自分の願い通りにならないことが腹立たしくなり、その思いが全国の医者に対する怒りへと変わっていきました。

(2)神(しん)も元神(げんしん)も同じで、五気の一つです。五気とは、魂・魄・精・神・意の総称で、いずれも人の心を構成する五種類の気を指します。元神は先天の神ですが、人身に宿った後つまり後天では識神と変わります。俗に言う「意識」がこれに当たります。

次回 第6話 ルナフール、妙荘王に霊薬を教える

 


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