道 (真理)

道は須臾も離るべからざるなり 離るべきは道にあらざるなり

観音菩薩伝~第6話 ルナフール、妙荘王に霊薬を教える、 第7話 カシャーバ、須弥山に白蓮を探る

2016-07-01 01:31:00 | 道・真理・ Deshi A

2015年1月19日


 


第6話  ルナフール、妙荘王に霊薬を教える 妙荘王は、どの医者も姫の傷痕を元通りキレイにすることができないことに大層立腹され、国中の医者を国外に追放するように指令しました。宰相アナーラは、それを聞き急いで登殿して国王を諫めました。


「王様、御立腹も当然でありましょうが、早まった事を為されますな。追放を命ぜられましたら、忽ち明日から国中に医者は一人も居なくなります。そうなれば病人を治す人はなく、国中はきっと乱れることでございましょう。 妙荘王は、屹として「姫の傷でさえ治せぬ医者共が、どうして民人を治せるのか。民人は、無能な医者に騙されているのだ。そのような無能な医者は、絶対に国内に在住することを許せない」 妙荘王の怒りは、なかなか解けそうもありません。アナーラは、王が一旦言い出すと後へ引かない気性をよく知っていました。「それでは今すぐと仰せられず、十日間の猶予を与えて下さいませ。その間に姫の傷痕を治し得なかったならば、必ず仰せの通り追放いたしましょう」 妙荘王は、詮方なく同意しました。大変な事になりました。この消息が国中に伝えられると、驚いたのは医者達です。全く顔色を失い、毎日が焦燥と恐怖とで生きた心地がしません。全力を尽くし万般の術を施したが治らず、それが罪となって国外へ退去を命ぜられるのですから実に気の毒な話です。 城内城外の民衆は香を焚き、祭壇を設けて頻りに天帝や神仏に奇蹟の顕現を祈り始めました。みな、貴人が現れて姫の傷痕を治してくれることのみを期待していました。苦しい流離輾転の憂き目から逃れたい、だが日一日と無常の日は沈黙の内に過ぎて行きます。 医者達の心は、丁度鍋の中で茹でられる蟹のような気持ちで、居ても立ってもいられません。容赦なき光陰は医者達の一縷の希望も受け入れることなく、瞬く間に十日の日は過ぎてしまいました。妙荘王は、宰相アナーラを召して追放を命じようとしました。 しかし天は、人の路を断絶しません。この時、門官が登殿して妙荘王の前に出て報告しました。「只今、門外に一人の青年書生が現れ、吾が王に謁見を賜りたいと申しております。話によりますと、姫の顔傷を治す方法を知っていると申しております」 妙荘王は、丁度不快な折りでしたから、この事を聞くや忽ち喜んで、直ちに引見を命じました。暫くして門官が、一人の書生を連れて登殿してきました。見たところ風体に気品があり、その端正な学者的相貌からこの者には非凡な才能があるように見受けられました。 書生は、王の前に深く頭を下げました。妙荘王は、特に錦繍の椅子に座るよう命じ「汝の姓名と住居を詳しく申してみよ」 書生は、身を屈めて「私はルナフールと申し、南方の多宝国に住んでおります。生来は薬草を採り、医学を研究し、専ら人々の疾病を救っております。この度、第三姫君の額の傷痕のため御国の医者が挙って治療に当たったが効なく、ために吾が王には殊の外御立腹なされ医者を国外へ追放されるとの事を聞き、無能を顧みず、お伺いに参った次第でございます」「汝は、姫の傷痕を治し得る自信でもあるのか」 妙荘王は、上座からルナフールに訊きました。「姫のこの種の疾患は、確かに世間並みの医薬では元通りに治せません」と、ルナフールはきっぱり答えました。「世間並みの医薬では治せないと言うのであれば、他に霊丹妙薬でもあると言うのか。上を誑かすような事を言うと、重罪に問うぞ」 妙荘王は気色ばんで叱り付けましたが、ルナフールは微笑して「霊丹妙薬はございますが、王様が私の罪をお咎めなさるなら、敢えて申し上げられません」「説明してみよ。首尾良く姫の傷を治すことができたなら、罪は問わない。却って大功があろう。その代わり霊験がなければ、余を欺いた罪を許すことはできないぞ」 ルナフールは、声を上げて笑いました。「吾が王は貴人であられますが、高下の事を御存じありません。もっと、事情をよくお聞き下さい。姫の傷を癒す薬は人界に生えていますが、凡家では持ち合わせていません。この種の薬物は、仙仏の霊根を帯びております。もちろん、私も持ち合わせておりません」 妙荘王は、声を張り上げて「怪しからん事を申すな。汝も持たず凡家にもない薬とは一体何なのか、それは何処にあって、どうやって手に入れると言うのか」 妙荘王は、弄ばれた怒りが心頭に爆発しそうになりました。その時、宰相アナーラが進み出て「老臣が此の男を観ますに、立派な来歴があるように思われます。説く事に信じられる点がございます。どうか気をお鎮めなされて、詳しく御下問なさいませ」 妙荘王は漸く自制して、顎でルナフールを促しますと、ルナフールは慇懃に答えました。「他でもございません。その薬は、すなわち一朶の蓮華でございます」「可怪しいことを言うものだ。蓮華なら、余の花苑の池に何万本とある。一朶ぐらい採るのに、何の難しいことがあろうぞ」 妙荘王は、呵々大笑しました。ルナフールは、首を二三回横に振って「それは違います。あの青い蓮華なら何万本と言わず、仮令何千万本あろうとも用を為しません。私の申す蓮華は、池の中には生えておりません。山の上に生えていて、根は泥土の中に付かず、華は塵に染まらず、雪に逢って開き、人声を聞いて隠れます。もし此の花弁を得て額に付けたならば、即座に傷は癒えましょう」 妙荘王は、このことを聞いて、世にこんな不思議な事があるものか、というような表情をして、続いて首を横に振りました。「汝は、詐りを申して余を騙そうとしている。何処の世に、根が泥の中に張ることなく生える蓮華があると言うのか」 ルナフールは、頷いて「どうして無い筈がございましょう。只少ないだけで、昔から今に至るまで三朶しかございません。一朶は天帝の瑤池に移され、一朶は西天の仏陀が持って行かれて蓮台とされました。もう一朶は、人間界に転落して縁者の採取を待っています」「その人間界に転落した一朶は、何処にあるのか。凡人で採取できなければ、口が渇くまで談じても無駄であろう」 ルナフールは、ちょっと黙想してから静かに目を開き「場所は遠いと言っても余り遠くではなく、また近いと言ってもそれほど近くでもありません。ここから西南の方向に、一連の須弥山(しゅみせん)がございます。その中に徒高峰、またの名を雪蓮峰と呼ばれる山があります。かの転落の蓮華は、この峰の氷雪洞という洞窟の中で生長しております。時には山の麓からでも遠く望み見ることもできますが、常に白雲が周りを繞り、芳しい霧は遙か遠くからでも嗅ぐことができます。これは世上に稀なる宝であり、この白蓮を求め取ろうとしても、無縁の人は千辛万苦を嘗めても得られません。もし縁ある人で一念発起し、誠心を以て艱難を辞せずに求めるなら、遅かれ早かれ必ず願い通りになりましょう」 妙荘王は、暫く黙って考えていたが、首を振り「汝が既にその蓮華の下落を知り、またそれが貴いと知っているなら、どうして汝自身誠を発して採りに行かず、此処へ来て喋る必要があろうか。考えるところ、さぞかし、愚かな医者と共に余を唆し欺くための謀策であろう。余は、もう汝と話したくない。汝の話が真実かどうか、人を須弥山の雪蓮峰へ派遣して詳細に査べさせよう。もし良い報告があれば、汝を上賓の礼で待遇しよう。もし偽りの話であれば、重い刑罰を科し、生命はないであろう」 ルナフールは、微笑して頷き引き退がりました。その結果、全国の医者は暫時追放を延期される事になりましたが、その代わりにルナフールは軟禁される身となってしまいました。


第7話 カシャーバ、須弥山に白蓮を探る 妙荘王は直ぐさまアナーラを呼び、ルナフールの言う蓮華の有無を確かめるための調査隊を派遣することについて相談しました。アナーラは、「ここから須弥山に行くためには、広漠たる高原や鬱蒼と生い茂る森林が随所に繰り広げられる、遙かに遠い路程を越えなければなりません。あまつさえ高い絶壁を攀じ登り、冷たい寒気とも闘わねばなりません。そのため人並み外れた体力と胆力、そして高い識見に冷静沈着を兼ね備えた人を選んでこそ初めて目的を達することが適います。また、この調査隊の統率者は吾が王の腹心の臣下でなければならず、そうでなければ困難を懼れて途中で引き返し、虚報を伝えるかも知れません。よくよく熟慮下さいませ」 妙荘王は、暫く沈思黙考していたが、やがて満面に笑みを湛えて「値殿将のカシャーバを行かせるがよい。カシャーバが一番適任である。カシャーバのみが、この仕事を立派に果たしてくれるに違いない」 もちろんアナーラも、これに賛成の意を表しました。カシャーバは剛直にして武勇に勝れ、智慧に敏く誠実であり、武将にしては珍しく信仰心の厚い家臣でした。特に妙荘王の厚い信任を得ていたため、即刻この大役を仰せつけられました。 カシャーバは喜んで承諾し、目的を達せずば止まない決意を固めました。営隊に戻ったカシャーバは、早速五十名の精鋭な兵士を選び、飲み水・帳幕・糧食・器具・衣服等用意万端整え数日後、妙荘王ならびに文武百官の見送りを受けて出発しました。 出発に臨んで王は、カシャーバに三杯の御酒を賜り、その壮行を鼓舞激励しました。一行は各々駱駝に乗って壮途に就き、一路須弥山へと路を急ぎました。広大な砂漠、鬱蒼たる密林、激しい急流、嶮岨な断崖など種々の難関に行く手を阻まれ、元気な兵士たちもだんだん疲労困憊してきました。 昼間は路を急ぎ、夜は行き着いた所で帳幕を張って休息しました。人里を離れ、数十里の行程に人っ子一人家一軒すら見られないこともあり、水や果実を得ることも困難を極めましたが、幸いにも駱駝は飢えや渇きによく耐えました。こうして暁に発ち、夜は遅くに休み、約二箇月余の月日を過ごしました。漸くにして遙か彼方に白雪を頂いた須弥山の峰が見え始めるや、一行は躍り上がって喜び合いました。 須弥山の峰々は高く険しく巍然として天まで聳え、頂上は真夏でも万年雪に覆われています。連々と続く峰は、未だ太古の姿を留めて永遠の謎に満ち、それを解く鍵は何者かが持っていて、何時の日か来て明かすのを待っているかの様です。 調査隊一行の兵士たちは、自然の神秘に打たれて急に元気付き、勇を鼓して前進を続けました。その後二日目に、とうとう須弥山の北麓に到着しました。しかし付近一帯には、は疎か、一軒の家も見当たりません。七十二の高峰の中で、果たしてどの一座が雪蓮峰なのであろうか。尋ねる人もなく途方に暮れている内に陽は沈み、辺り一面暗くなって、前進することもままならなくなりました。 カシャーバは窪地を見付けて、一隊にそこで野宿するよう命じました。いよいよ明日から、待望の白蓮を捜し始めるのです。食事が済むと兵士たちは疲労のため直ぐに寝てしまいましたが、カシャーバの胸は高鳴るばかりで、血潮は滾ってなかなか寝付かれません。暫く寝返りを打っていたが、急に起きあがると外套を羽織り、一振りの宝剣を帯びて帳幕を出ました。 何時の間にか樹林の辺りまで歩いて来て、上を見上げると、高い山の所為か月は明瞭に映り、夜露は冷たく風を誘い、遠く望めば一帯の森林が茫々として月下に黒々と照らし出されていました。頂上に積もった雪は青白い月光を浴びて燦爛と輝き、眩いばかりのその銀光は眼に美しく壮観でした。カシャーバは、興味を覚え、無意識の内に足を運びました。 雪蓮峰の峰々が遠くに見える場所に出て立ち止まり、一峰から一峰へと目を移して行くうちに、突然中央の峰からそれを取り巻く白雲が開けて白雪に映じた異光が目に止まりました。一瞬心驚き胸高鳴るのを覚え、余りの美景に見取れていると、何処からともなく芳香が辺り一面に漂い、ますます神気が昂まりました。 カシャーバは心中、彼の山は確かに雪蓮峰に違いない。あの不思議な色は、一体何であろうか。その光は、何処から放たれているのであろうか。カシャーバは、喜びました。まさかこのように早く目的の峰が見つかるとは予想もしていなかっただけに、興奮で一度に汗ばんできました。これは大変だ。早く知らせなければならない。咄嗟にそう思ったカシャーバは、弾かれたように踵を返し、一目散に帳幕に駆け戻りました。 その時はすでに暁天に近く、高峰の頂は旭光の七色に映じようとしていました。カシャーバの呼び掛けを聞いた兵士たちは、喜び勇んで跳ね起き支度を調え、カシャーバに従って雪蓮峰に向かいました。一日中登り続けて行くうちに、峰の裏側に回った夕陽に映えて辺り一面緋の薄衣を着せたような神秘的な光景に変わってしまいました。 陽の沈んだ後、なおもカシャーバの一行は登り続けました。薄暮の景も過ぎて各峰々は薄黒い雪帽を冠ったままで静かな睡りに入りましたが、目指す雪蓮峰から放たれる異彩は一行を導くかのごとく輝きを増しているのでした。暫くすると一行の背面から十九夜、下弦の月が加わり照らして、別世界を歩んでいる感じに打たれました。 カシャーバたちは逸る心を抑えてその麓まで辿り着き、気を落ち着けて注意深く辺りを隈無く見渡しました。すると、その中腹に大洞窟があり、その洞窟の中から光が燦然と輝いているのが見えました。カシャーバが大股でその方へと歩みを進め洞窟の前まで来ると、付近一帯は明るくて真昼のようです。カシャーバが全神経を集中して光の中心に目を凝らして見ると、果たして大きな白蓮が一朶、積雪の上に生えています。目を射るような光は、その蓮華の中心から放たれているのでした。 芳しい香りと美しい光に兵士たちは、思わず一斉に歓声を挙げました。手の舞い、足の踊り、互いに妙華を見た幸福を喜び合いました。ところが、どうしたことでしょう。今まで満開であった白蓮が、人の騒ぎ声を聞くや、見る見る裡に雪の中に隠れ、遂に跡形もなく消えて辺りは急に暗くなってしまいました。「しまった」とカシャーバは、慌てて兵士たちの騒ぎを制止しました。しかし、その時を限りに、白蓮は姿を現しません。カシャーバは、この白蓮は人声を聞くと隠れると言われたことを思い出し、自分の軽挙妄動を後悔しました。もっと慎重に行動すべきだったのに、全く取り返しの付かない事をした。 兵士たちも一瞬青ざめ、項垂れ萎れてしまいました。遂に一行は、已むを得ず帳幕に引き返して一夜を過ごすことにしました。高山の針を刺すような寒気はヒシヒシと身に沁みて、後悔の念は譬えようもありません。 翌日は朝早くから夜遅くまで待ったが、白蓮が現れてくる気配は全くありません。七日七夜、昼夜交代で待ち続けたが、白蓮は再びと目前に影も形も顕すことはありませんでした。カシャーバは二度と白蓮を見出すことができないと予感したため、いくら待っても無駄と観念し帰国して復命することに決心しました。今回の任務は採取するのではなく白蓮を探索するだけであるから、一応の目的は達せられたと考え、隊を整えて元来た路を引き返しました。長い往復の道程で、約六箇月余りの月日が過ぎていました。次回 第8話 妙荘王、ルナフールを罰す


 


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