大きなかぶ農園だより

北海道マオイの丘にある大きなかぶ農園からのお便り・・
※写真はsatosi  

幸せを綴るスケッチブック♪

2010-01-31 | 日記
「じやじゃじゃあーーーーん!ひわさんにプレゼント」 と去年のクリスマスに、
『ひわさんのまかないごはん』と題のついたスケッチブックをチエちゃんがくれた。
9月頃に突然思い立ったという、思いがけない贈り物。
大きなかぶに遊びに来るたびにカメラをパシャパシャしていたと思ったら、
一緒に食べた昼ごはんや夕ご飯の写真が各ページに1枚と、その時の
チエちゃんの気持ちが一緒に綴られている素敵な写真集になっていた。
「これはひわさんに見てもらえるだけでいいの」とチエちゃんは言ったけど
『自分だけの秘密の宝物にしていたい』という気持ちと
『宝物をみんなに見せたい』気持ちが往ったり来たり・・・
ある日東出さんが来た。「ヒガシデさん見て見て!!!」とスケッチブックを無理やり渡す。
静かにページをめくっていた彼は、ちょっと涙ぐみながら「これ、オレと妻用にカラーコピーさせてほしい」と言った。
大かぶの野菜を食べて開眼?した東京の息子に「見たらすぐ返せ」と返信用封筒を添えて送りつける。
「かあちゃん、大かぶ野菜で素揚げパーテイしたバイト先の皆がスケッチブックみて長沼に行きたいってさ」
「いいさいいさ、何十人でも連れて来なーーー、蓮根と牛蒡の素揚げ山程食べさせるから~~」
チエちゃんがわたしのために作ってくれた、世界でたった一つのスケッチブックは、日々の食卓の風景を
通して、ひとが食べるシアワセを実感することの豊かさを伝えている。ひとと共に在る喜びを伝えている。
『あなたに伝えずにはいられない』という純粋な想いこそが真っ直ぐに相手に届くのだとしたら
「バレンダインデーにチョコ」という菓子屋の陰謀に想いを肩代わりさせても、真実の愛は手に入らないのか。。。。。

山羊の夫 ”出稼ぎ”から帰える!

妻の”レモン”は喜んだ?

今夜は満月 妻は臨月・・・・

大かぶ冬事情!!

2010-01-24 | 日記
冬が冬らしく毅然として現れると、人もそれに合わせて本気で冬を迎える。
寒がりの夫と暑がりの妻では冬の暮らし方においても温度差がレキゼン。
薪ストーブの管理も妻は暑くなりすぎないように、適当に火が燃えていれば良しだが
夫は常に薪をびっしり入れ、ごーごー燃やす。暑くて素足の妻。
「オレは隣の野菜室の温度も考えてるんだ」「あ。そう。。」妻は自分のことだけ考える。
一日中火をたいていると二階に敷いてある布団はホッカホカとなり、
夜、布団に入った時はそのぬくもりと一日に「ありがとー!!」とおもわず叫ぶ。
夫はしっかり布団を掛けて、朝までまっすぐきちんと眠る。
妻は毛布を蹴り 掛け布団をはがし、足を外に出してごろんごろん眠る。
トタン板一枚のこの倉庫の内側で、こんな幸福が展開されているなんて、だれが想像できるだろうか。
高名な○○建築士による機密性に優れた豪邸だって、この倉庫のマジックにはかなうまい、と
最近冗談じゃなく本気で思うようになってきたのが可笑しい。ほんとうに愉快だ。冬は特に愉快だ。
そこへ、『お家カラオケ』が来た。年に1~2回は無性に「歌いたい」欲求が来て、叔父の店に
行ったり、カラオケボックスにも一昨年だかに初めて行ったが、なんとなく場違いな気がしていた。
思い切り気兼ねなく歌いたいね、と女達が喋っているのをキャッチした夫が奮発して注文したのだ。
家にカラオケが来るなんて想像もしなかった。それもひと月4000円の10回払いが妻はとてつもなく嬉しく
毎月4000円分の節約をウキウキと考える。夫は久しぶりの「ヒット」にスランプを脱したイチローの心境か。
マイクに1200曲が内臓された『お家カラオケ』は噴火した妻の心の沈静化の一役も果たした。

冬の鉢植え こんなに元気!

年越し ズッキーニとアイビー そしてアロエ 元気!!

御先祖様のお戯れ~♪

2010-01-17 | 日記
寒いけど、粉雪が嬉しい。除雪車が横に置いていく雪が軽くて嬉しい。本当に嬉しい。
倉庫の第一空間は冷凍室。第二空間は冷蔵庫で野菜たちはスヤスヤ。
第三空間は常温(20℃~)で人が暮らす。
おととしのクリスマスにもらった鉢植えのシクラメンが今また花を咲かせた。
人気の無い家でしょぼくれていたポトスの鉢を、「もしかしたら人恋しいのかもね?」
と連れて来たら元気になった。「何処に置いても大丈夫だから!」といわれ
アロエの鉢植えをビニールハウスに置いたままにしたら、あっけなく冬に凍ったが
春、新芽が伸び、夏を越え、みずみずしく育ち2度目の冬を迎えた。
今まで我家で鉢物が育ったためしは無く、とにかく自分という生き物は、
鉢花の世話をする基礎知識も、心の余裕も、そして意志も覚悟も、無いはずだった。
ここでは、草も犬もひとも、最低の条件で最高の力を発揮し自力で生きることを暗黙のルールとし・・・
それなのに、こんな私のそばで、二冬元気に生き生きと育つ鉢植えの姿に驚嘆し、おもわず
(あなた方はいったい何処のどなた様?)と鉢植えに問えば。。
(御先祖様のお戯れ~♪)とどこかで声。。。。
おととし暮れ、息子がとても悩んでいた。その頃偶然出会った霊媒師と名乗るおばちゃんがいきなり言った。「あんたのゴセンゾさんに謝って感謝しなさい」 と。  
素直に聴けて、ついでにこの土地の先祖にも水をあげ、手を合わせ、なんとなくその水を鉢にまわしていたらいつの間にか習慣となり、一年すぎ
ふと気付いたら、息子は硬い硬い心の殻を自分で割って飛び出した。
(ごせんぞさまが息子の背中を押してくれたんだ・・・)と心底思う。
御先祖様の小さな湯飲み一杯の水が鉢植えを育て、わたしの心も前より育った。。。。。

 なんと美しい 雪女の遊び

 皆様 明けましておめでとうございます
    私は、大きなかぶに家族の雌山羊の”レモン”です。妊婦です 豆がらが大好き!
 1月の日曜喫茶は ”御餅つき”
 美味しい物には 笑顔が出ますね!!

2010 ごあいさつ

2010-01-10 | 日記
  明けましておめでとうございます
  本年も どうぞよろしくお願い申し上げます
”大きなかぶ”を私たち夫婦が細々と始めたのが 約12年前になります。
サラリーマンだった諭が、その頃、日本の食の行く末に不安を感じ「百姓になる」と決心しました。
作り手から食べる人へ、直接手渡してゆく、顔の見える関係を築きながら、思いを同じくする仲間を
得たい、心身共に心底豊に暮らしたい   そのためにはなにをどうする・・・・・と夢中で手探りしてきました。
10年前なら「玄米を食べている」「無農薬野菜を売っている」イコール「宗教?」とも言われる時代を経て
ようやく 今 「食べる」ということが栄養の摂取にとどまらず、健全な精神の糧であることを体感し
家庭の台所が担う役割の真価を知った人たちによって、大きなかぶは 今 支えられています。
当たり前の(農薬・化学肥料を使っていない)野菜を食べていのちそのものである「食生活の豊かさ」を理屈抜きに
体得してゆく人たちとのかかわりが私たちに勇気と希望を与え続けてくれて、ここまでやって来れました。
そして、 ”人参から宇宙へ”の著者、循環農法の赤峰勝人さん
命を懸けて自然分娩を勧める”お産の家”の吉村正先生とその意志を受け継ぐ助産師の岡野真規代さん
この美しい地球の自然と共に本質的に生きる人たちを紹介する映画”ガイヤシンフォニー”シリーズ・・
ドキュメンタリー映画「天国はつくるもの」「奇跡は連鎖する」監督のてんつくまん、
「からだの自然治癒力を引き出す食事と手当」の著者大森一慧さん
半世紀をかけて食と人の関係を実践において解明した一慧さんの夫、故大森英桜氏
『世界平和は家庭から、家族の愛・平和・調和によってのみ実現する』と何度もなんども
くり返し静かに語ってくれたジュセリーノ氏。 
この方々との直接的間接的なめぐり会いも決して偶然ではなく、大きなかぶの野菜に託された
町内、道内、日本全国で心ある「農」の営みを続ける生産者の方々の思いとひとつに重なり合って
静かに静かに熱い熱いうねりとなって2010年にバージョンアップされる勢いを感じています。
大きなかぶの野菜をとおして繋がったご縁は、新しいいのちの生まれ出る場「お産の家」、そして生き切ったいのちが
最後の旅立ちを迎える場「看取りの家」 への具現化にも向い始めました。
          全てのいのちの平安を祈りつつ、年頭のご挨拶とさせていただきます。
                         平成22年1月   大きなかぶ  

年末 噴火!!

2010-01-09 | 日記
      新年あけましておめでとうございます
大きなかぶは毎年の事ながら、お正月はゆっくりと休養させていただきました。
一年間、無事故で走り通せて、元気に過ごせたことだけで充分満足して、
他には何も望むものが無いと思う今日この頃に、(としとったなあ・・・)と感無量・・
からだはショボショボ下る一方でも、日常の当たり前のことに感謝が湧き上がる
自分が妙に誇らしく(ようやく大人の仲間入り)と腹の中がにやにや笑う。
しかし、そうかと思えば自分の身体のどこにそんな思いや火種が残っていたのか
と、思うほどのエネルギーが突然大晦日の午後に噴出した。
いままで、背伸びをして分かった振りをしていたことなのかなんなのか、
夫の何気ない言動が引き金となって、細胞の1個1個が命がけの自己主張を展開した。
もう一人の冷静な自分が一部始終を見届けながら(あ、振り切った・・・)と感じているのを確認。
出すだけ出された格好となった夫はさすがに「ムッ」として、風呂道具を持って家から出て行った。
出すだけ出した自分の腹は空っぽとなり、あとは野となれ山となれ、の心境となる。
(いくら鈍感な夫でもここまで言われちゃ家には帰れまい。うひひ、父ちゃんもたまには旅すればいいんだ)と
暦を架け替え、正月飾りを終えた清清しい土間の火の傍で缶ビールを開けて編み棒を持った。
この顛末が果たして何処にどう向っているのかは天に委ね、無心に帽子を編み続ける・・
少しの間シーンと時間が止まった。静まった腹の奥にプラスの予感を発見。なにがどうなっても「良し」だ。
『寿司買った。お袋宅で年越し』と出て行ったはずの夫からメールが入り日常が戻った。これで良しかあ?