大きなかぶ農園だより

北海道マオイの丘にある大きなかぶ農園からのお便り・・
※写真はsatosi  

ビックリしたーーー!!

2020-10-19 | 日記
金曜日朝、家の前の道に何かの塊が現れ、(なんだ?)
二階の窓からよくよく見れば、キジの父さんだ。
じっと見ているこちらを、あちらから首をかしげながらじっと見ている。
すぐ近くに繋いである雄犬のクロベはキジに気付かないのか吠えもせず。
キジは(ごめんください、会いに来たんですけど、ご在宅でしょうか?・・)
と言っているかのように全く動かず、とにかくジッとこちらに視線を向けている。
「はいはい、今行きます」と玄関を出て近寄ると、くるりと翻って歩き出した。
国道に向かってトコトコと道の端を進んでいく。そういえばいつかの年もこんな光景に出会った。
毎年隣の牧草地横の藪の中でオクサンと雛を育てていたが、2-3年前から子育ては別な場所に移したようだ。
(藪の横に棲んでいた変な生き物、どうしているか??)と散歩の途中で気になって見に来たのか?

土曜日快晴、支笏湖畔を抜け北湯沢方面に走る。木々は黄色や赤に染まってきた。
山々は織る錦。美しすぎる。長い間農作業に気を取られ紅葉を観に行く発想は無かった。今その時が来た。
途中、三階滝公園の標識案内を見て、ふと行ってみたくなる。こういう事も今までは全くなかった。
日常の気分転換に暗くなるまで作業して、それから登別、洞爺湖、定山渓等と温泉に車飛ばし、朝一目散に戻る。
温泉で疲れた身体を緩め、家に帰る心配をせず酒が飲めるという、たったその一点の為のささやかな温泉1泊。
年取るっていいな。モミジ見に行く心の余裕。快晴に遊び呆けても罪悪感なし。だって年寄りなんだも~ん♪
三階滝公園の駐車場は大型観光バスも止まっていた。滝までの数百メートルを思い切り深い呼吸をしながら歩く。
熟した木々の香りが身体中を駆け巡った。細胞が喜び踊る。 滝も踊っている。ずっと見ていると心が滝になる。
滝のすぐ横に『全国に類なき甘露法水』と立て札。子孫繁栄の文字。全ての若い夫婦に成り代わり飲んでみた。
こんな大自然のエネルギー満々の場所でも、老若男女皆一様にマスクをつけている。不思議だ。。何しに来た?
向こうから大型バスから降りた30人くらいのマスクの団体さんが歩いてきた。すれ違いざま(ううう!!)息が止まる。
整髪料臭、化粧臭、香水臭、ニンゲン臭等々それらが混じり合って滝の周りは香害汚染の極地と化した。
大慌てでマスクをする。スタコラ遠ざかる。アアビックリしたーーー!!

衝撃に備えて!

2020-10-11 | 日記
「オレじゃあだめなんだ」 電話の向こうで夫がつぶやいている。
「なに??」  「今、代わるから。。」  電話口に男の人が出た。
隣町にフリーWi-Fiの申し込みに出かけた夫だったが、65才以上の人の場合
家族の同意が必要な決まりになったのだと丁寧な説明をもらう。
ギリギリ64才の妻に『Wi-Fiのご利用にはご異存はありませんか?』と確認。
「はい」と答えると、本来なら店頭で直筆のサインをしなければならないそうだが
お店の常連Tさんの紹介につき免除され、昼ご飯までご馳走になってきた。
ボケた年寄りに要らない物売りつける防止法は要るかも知れないが
これから先、80、90、100でも元気な老人社会にはもっと本質的なポイント押さえて見極めた応対してほしい。
上からのお達し文面の文字面だけなぞるなら、いつまでたっても成熟した社会は実現されず、、、、
夫、運転免許証の書き換えの前に高齢者講習の案内状は来るし、いよいよ本格的に「高齢者」
社会に手厚く守られて、真綿でぐるぐる巻きにされてぬくぬくボケボケ生きるも良し、最後の一暴れするも良し。

夫と同い年のY女史が朝早く札幌から車を飛ばしてやって来た。
女手一つで娘2人を育て上げ、仕事一筋、5月に仕事を辞めたとたんに無気力になった。
兎に角不安で誰かの側に居たい、大かぶの暮らしがニンゲンとして一番理想的、しばらく置いて欲しいと言う。
「70過ぎていきなりここの暮らしはどうかな?マンションでゴロゴロしていられるならそれが一番だと思うよ」と断る。
何でも手伝うから、と言われても段差だらけの敷地内で転んで骨でも折られたらと思えばじっとしてて欲しい。
虫だらけ、蜂も居る、ネズミも、蛇も、狐も鹿もアライグマも居る。それらに犬が吠えまくる。夜は暗い。
夜明けと共にオンドリが雄叫び上げる。頭の中の理想の暮らしはあっという間に木っ端微塵だろう・・くっくっく
何も無いプレハブでトイレは外だよ。それで良ければ2、3日だけ体験してみる?
「感謝!いいのいいの、誰かの側に居るだけで良いの。」と寝袋と水と食料を持ち、愛猫を連れてきた。
開口一番 「さみしいの、不安なの、ご飯が喉通らなくて1日600g痩せて今30何キロ」と元気に力強く言った。
毎晩眠れなくて薬飲んでるという。「眠れないなら好きなだけ起きてれば、会社行くわけじゃ無いんだし・・」
ご飯一日三食食べなければ痩せ細って死ぬんじゃ無いかという恐怖で無理矢理三食流し込むという。
ご飯よりその恐怖心だけで神経詰まって病気になれる。網に捕まったネズミは犬が近寄り吠えただけで死に至る。
そうして、あちこち動き回る私についてきて、「何がしたいのかな、わたし。なにが。。。」と何度もひわに聴く。
「あのさ、何百人に聴いてもYちゃんがやりたい事Yチャンにしか分らないよ、自分に聴かなきゃ」「それが難しい」
「肝心要の自分の腹の中にアクセスせずに、よくそれで70年も生きて来れたね。」「そうだねあはは!」
ひわの本気の本気愛のカミソリ毒舌も他人事?、、幸せなのか不仕合わせなのか、、、全く不明。
あの本もこの本も読み、あっちこっちのセミナーも受け、頭の中にはお役立ち情報がぎっしり。
なのにまだ納得がいかず正解を探している。あの人にもこの人にも相談し「最終的にひわさんなの」といわれても、、
超ノー天気に見えていても、悩み苦しみ七転八倒の若き日々を超えて現在に至る。答えは自分の中にしかない。
翌朝5時。彼女の車は無かった。「猫がさわいで一睡も出来ず、夜中に何かが外に来た、、」夢は爆破。

そろそろ地球もひっくり返る。衝撃に備えて!顔を上げて♪呼吸を深く♪地に足つけて♪新地球へGO!

受信完了

2020-10-05 | 日記
金曜日、ふと思い立って富良野の美術館を目指す。
8月に十勝岳温泉に行ったとき立ち寄ろうとして美術館の名前が思い出せず、グーグルに聞いても分らず、
昔その美術館の存在を教えてくれた友人にも電話したが覚えていないといわれ、、、もうやっていないのかも知れない 、、
以前、女友達とふたりで十勝岳温泉の帰りに立ち寄った畑の中の美術館。
廃校になった小学校が個人美術館として蘇り、多くの観光客で賑わっていた。
絵は、十勝の山々や畑や木々がモチーフになっていた。最初の部屋の大きな2枚の絵に釘付けになった。
懐かしいような、包まれるような、寂しいような、ずっと見ていたい絵だった。
あの絵にはもう会うことが出来ないのか、、一瞬心の中にぽかりと穴が開いたような気持ちになって家に戻った。
その後もう一度落ち着いて検索したらあった!
奥田修一 北海道風景画館。 よかった。今度こそいつか再び訪ねてみよう。
と思っていたら金曜日昼過ぎに突然衝動が来た。3時までに入館と書いてある。夫の運転ならギリギリ間に合うか。。。
駐車場にちょうど3時に着いた。まだOPENの札が掛かっている。「先に早く行け」と夫が言う。
助手席から急いで降りて建物の玄関に向かって走った。正面から男の人が歩いてきた。(奥田さんだ!)
歩き方、服装、纏っている空気から直感的に奥田修一さん本人だと感じたが、ドキドキして尋ねられなかった。
奥田さんはにこにことまた引き返してカギを開け、たった今照明を消して帰り支度をして出て来たばかりの
館内に灯りを付けてくれた。入館料400円を二人分払い、心を掴まれたあの絵の場所に向かった、が、無かった。
「ここにあった、あの、大きな、木の、夜の、、、宮沢賢治の世界のような、、あの絵はどこですか?」と尋ねたら
「・・・・・・ああ、、どれかなあ、、、、毎年新しいのに入れ替えているから。。。」と言われてよくよく考えたら
ここでその絵と出会ったのはもう15年も昔だった。ついこの間のことのような気がしていたが。。。。
15年前はスタッフの若い女性達が数人居て、中にある喫茶室でコーヒーを飲んだ記憶があるが、
喫茶室は今は使われていないようだった。自粛モードがこんな田舎にも浸透しているのを感じた。
スタッフの若い女性達がいる風景も華やいでいて悪くなかったが、今回はそれとは比べものにならないほどの贅沢な時間だ。
私たちふたりが一枚一枚の絵と出会っている時間を、奥田さんは受付にちょこんと座りずっと待っていてくれた。
もっともっと、今度こそ奥田修一という人を本気で知りたくなって、画集や書籍を買い込んだ。特典満載の会員登録もした。
帰り際、握手して下さいと頼むと、私の右手を両手で包んでくれた。涙がダラダラと流れた。

ここ数日、突然父を思い出し、もうこの世に居ない父に会いたいという気持ちがこみ上げてきた。
小さいときに別れて顔も声も覚えていない父。
3才くらいの自分が父に肩車をされ、たわわに実った柿の木の横で夕日を見ている一枚の絵のような記憶だけ。
が、特別に寂しいと思ったことはなかった。子供心に母の心中を想像し父を否定さえしてきた。
なのにこんなに年をとって突然無性に父が恋しくなった。
父は日々何を思い、考え、どんなことを美しいと感じる人だったのだろうか、娘を思い出すことがあったのだろうか。。。
会いたい。会えるはず。。。。量子レベルで会えるはず。。。。もうすぐさまざまなエネルギー情報も開示される。
そんなことを急に思い始めた時に長沼から100k離れた小さな美術館に引き寄せられた。
奥田さんに会って(ああ。。父だ。。)と感じた。自分より肉体年齢4っつも若い奥田さんの中に父が居た。
父は奥田さんの手のひらを借りて、明日を生きる愛と勇気と希望を娘に伝えようとしたのだな。。。。受信完了。