富田林百景+ 「とんだばやし」とその周辺の魅力を発信!「ええとこ富田林」

大阪の東南部に位置する人口10万ちょっとのごく普通の町、富田林。その魅力を、市民の手で発見していきます。

《リバイバル・アーカイブス》富田林といえば、まずは寺内町ですか?

2014年07月22日 | 私の富田林百景

〈リバイバル・アーカイブス〉2021.5.31.~6.14

原本:2014.7.22.

 

 

 

 

 

 

 重要文化財 旧杉山家住宅の入口でくつろぐ猫

 

 カバちゃんのような煙出し 

 

 残念! 角の折れた鬼瓦・・・寺内町のどこかにありますので探してみてください。

 

 興正寺別院 鐘楼の装飾

 

 寺内町にゃんこ・・・最近子分ができて3匹です。早朝より西方寺前にいます。

 

 毎年 また出て来る 橋本家住宅の 

 

 同じく橋本家住宅の駒つなぎ・・・ヌートリアかウォンバットに似てるでしょう

 

 いつもお行儀の良い柴ちゃん。ときどき、吠えます。

 

 すばるホールの緞帳(どんちょう)・・・図柄は江戸時代の地誌「河内名所図会(ずえ) 冨田林 」より

 

 今は造られていない富田林最後の地酒「万里春(ばんりのはる)」

 

 犬矢来といいます。

 

 富田林はこんなんも多いです。

 

 忍び返しで忍ぶ猫・・・この後、屋敷内に忍んでいきました。猫には通用しない?

 

 雪でもスイスーイ!

 

 米蔵前のミステリーサークル・・・雪の日に突然出現します。2014.2.14.には別の場所でもう一つ見つかりました。

 

 塔塔忍(とうとうにん)・・・NTT電波+PLの+び返し

 

 寺内町交流館前のお蕎麦屋さん 赤ねこ餅もおいしいです。

 

 佐藤家の駒つなぎ 石造のものは珍しく、富田林町に3つ、本町に1つあります。うち2つは新しい?

 

 2013.5.23. 4:56 早起きすると見れますよ~

 

 2013.6.1. 4:54 

 

 道草

 

 

 

 

 

 

 

 東高野街道入口 向田坂口の道標「くわえきせる...無用」で有名。

 

2014.2.07.23:16 雪が積もりだしました。

 

 虫篭窓(むしこまど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「紋屋(もんや)」さん

 

 

 

 

 

 

街の中で「あてまげ」になっている景観は少ないです。

街の あちこちであてまげになっている寺内町は、富田林と今井町。

 

 背割井路(水路)も、背中合わせのおうち(隣家)との境界に引かれ、悪水(生活雑排水)を排水していました。

 

 

忍び返しは街により、いろんなかたちがありますが、これは富田林型。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この柱に金具の駒つなぎ(ポジションが高いのは牛用・低いのは馬用、どちらも「駒つなぎ」と総称した。)をつけた跡があり、駒寄せや犬矢来で防御していなかったため、牛が体が痒いときに、この柱でゴシゴシして柱がすり減ってしまった。牛をつないでいた根拠資料です。貴重です!寺内町に2本しか残っていません!!

 

 2014.2.14.7:52 こんな日もありました。

 

 2012.9.19.18:24 宵の口の城之門筋

 

 

 古地図にも描かれている竹藪

 

 旧家の煉瓦壁!  なんと高い!! 猫も登れません!!!

 

 雨の日も風情があります。

 

亀ケ坂   じないまち富田林は河岸段丘面にのっかっているので崖があり、いくつかの坂があります。

 

 

 山中田坂

 

山家(やまが)坂 

 

 城之門筋・・・日本の道百選に選定されています。

 

 富田林御坊・・・興正寺 別院 本堂は寛永15年(1638)に再建されたもの。城之門筋の真ん中にあります。

 

 狩野寿石の襖絵 
狩野寿石秀信は幕府御用絵師として、御所、東福門院御所、東宮御所、仙洞御所、江戸城、大坂城、二条城等の公の画業に携わり、江戸城本丸”刃傷松の廊下”で、この廊下の”松”を描いたのも寿石という。

 

 

 

 

 

 

 

 国の重要文化財 旧杉山家住宅

 

 じないまち富田林に残る最後の辻井戸・・・今も水をたたえています。

寺内町は中位河岸段丘面にあり段丘堆積物の粘土層により、7mほど掘ると井戸が湧く(浅井戸)です。

旧家にはほとんど井戸があります。 この井戸は共同井戸です。

 

 きれいな「あてまげ」 1間(約1.8m)程ずれています。ガートされていないあてまげは、よく脱輪します。

 

 金属製の駒つなぎ 寺内町にはたくさんあります。今井町に比べ位置の高い駒つなぎが多いのは、江戸時代に周辺の農村をヒンターランドとした在郷町として発展し、農村の耕作牛や運搬牛を軸とした牛文化であったからであろうかと思われます。現に江戸中期以降の周辺の「村様子明細帳」をみても、圧倒的に馬より牛の飼育が多いのもうなずけます。

 

 江戸時代、今井町や古市には両替商がいましたが、お武家様が馬で来られてちょっと御用達されるのに比べ、富田林では両替商がいない。白木の代官所や狭山の陣屋など離れたところにしかお武家様はおられない。よって、馬の存在は希少であったと考えられます。

 

 いつのまにか、雪がずいぶん降り出しましたが、

牛は馬に比べ通常低い位置に顔があります。よって、高い位置にくくりつけられると、とても苦しい。これが駒つなぎの原理です。苦しいので、あまり動かずじっとしている。

馬は逆に低い位置でくくりつけられると苦しいから、じっとしている。両替商の多い今井町では、低い位置の立派な金属製の駒つなぎが多いのは、この理由によるものですね。

 

 いつのまにか、こんな状態になってしまいました。( 2014.2.14. 7:56 )

 久しぶりの大雪です。15cmはつもりました。サンパチ豪雪(昭和38年、1963)以来だとおもいます。50年ぶりですね。あのときは私は小学三年生で、20㎝以上つもり、かまくらを作りました。くずれながらも、1か月くらい残っていましたね。

 

 まるで、雪国です。

 

 雪地蔵がたくさん出現!

 

 「くわえきせる...無用」の道しるべも、こんなんです。

 

 雪がやんだら、やたらこんなんが出現...

 

 

 

 これくらいなら、風情があるのにね。(2014.2.7.22:13)

この帰宅を急ぐ女性の自転車の荷台の乗っかっているのは、雪だるまです。

 

 2014.2.7.22:57 夜もふけると、足跡も消されて、ごらんの通り。

 

 

 

 (南)葛原家 三階蔵

  

 

 

 じないまち展望広場より ( 2013.5.14. 5:05 )

 

 おもしろい形の忍び返しです。

 

旧 杉山家住宅

 

 

 

 文化文政の頃、江戸時代の狩野派画家 狩野杏山守明筆の水墨画が描かれている。

 

 裏庭 ここに井戸があり、良質の井戸水で江戸時代に酒造業をされていました。

 

 お庭にはかつて使用されていたと思われる唐臼が...

 

しゃれた螺旋階段 改装した時に取り付けられました。

 

 石臼も酒造業のなごり

 

 

 

寺内町の西部にある 浄谷寺(融通念仏宗)

 

 応長元年(1311年)造立の地蔵菩薩立像や西国三十三度行者のオセタ(御背板)などの貴重な文化財があります。

 

 境内の立派な五輪塔 数基

 

 牛カイカイ柱 (旧杉山家住宅)

駒つなぎにつながれた牛が体が痒いのでスリスリして、柱がすり減ってしまった。

本来は、駒寄せでガードします。牛がつながれた証拠。

 

 

 

 牛カイカイ柱 (奥谷家住宅)

駒つなぎの跡が見える。

 

 

 

 

 

 富栄戎 千早街道への出入り口、山中田坂の傍らにあります。

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうど100枚みていただきました。

 

関連の「じないまち富田林」の記事も見てくださいな。

☆ 私の富田林百景+  「 旧杉山家住宅にたたずむ猫 」 2013.11.03.

 突然ですが、「  富田林寺内町 クイズ 」 ! 2013.11.06.

☆ 私の富田林百景+ 「 マイペース AT 橋本家住宅 」 2013.11.25.

☆  富田林寺内町の戎っさん 2014.1.11.

☆ バレンタイン豪雪 ( 総集編 ) 2014.2.24.

 

このブログはいままで撮影した「じないまち富田林」の写真をまとめたものですので、すでにアップした写真が含まれています。ご了承ください。

2014.7月22日 ( HN:アブラコウモリH ) 


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1 コメント

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地内町 (kusu)
2021-06-01 07:05:06
四季を通じてポイントを上手くまとめてありますね、
カテゴリー別、タイトルごとに一度皆でまとめても面白いかもしれませんね。
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