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<The Wonder 500> ものづくり 128 銅 珈琲ミル缶

2022-01-19 07:12:23 | The Wonder 500

 「128 銅 珈琲ミル缶」

商品サイズ:高さ114mm × 直径92mm

商品名の数字はコーヒー粉での内容量を表しております。
中フタは「口止」で筒の口を塞ぐタイプのものです。

スプーンは中フタの上に収まります。(真鍮製スプーン付)

 株式会社 開化堂 京都市下京区河原町六条東入梅湊町84-1

 

 時は文明開化の明治八年(1875年)、開化堂は英国から輸入されるようになった錻力(ブリキ)を使い、丸鑵製造の草分けとして京都で創業しました。以来、一貫した手づくりで一世紀を過ぎた今もなお、初代からの手法を守り続けてまいりました。

 私たちはなぜ一世紀以上茶筒づくりを続けてこられたのでしょうか。それは、初代がつくり出した茶筒の価値を知り、守り、つくり続けることが一番大事であると理解しているからです。それを時代や状況が変わっても代々受け継いできました。

 第二次大戦時は、金属類回収令が発令される中、道具を土に埋めて守りながら隠れて茶筒を作っていました。しかし、それが元で三代目は投獄されたこともありました。終戦を迎えてからは、日本は高度経済成長期を迎え、海外製の工業製品に人気が集まり、手づくりよりも機械製がよいとされる風潮の中、機械製造に移行することはしませんでした。しかし、状況は厳しく、生活していくために薬屋を営みながら傍らで茶筒づくりを続けました。

 応援してくださるお店様もあり、そういった時期を乗り越えてようやく茶筒づくりを専業に戻すことができ、さらに、天皇陛下献上の機会もいただきました。しかし、京都だけでなく、名古屋から西の山陰や瀬戸内地方にも範囲を広げて茶筒を売り歩かなければ、なかなか売れない時代でもありました。

 時代はさらに大量生産・大量消費の時代に入り、大口の取引も増え、売上が上る反面、生産力を求められるようになります。それでも変わらず手づくりを続けました。機械による大量生産ではどうしても品質が落ち、開化堂の茶筒ではなくなるからです。そのうちに、バブル崩壊の影響などで景気も下向き、度重なる値引きを余儀なくされる厳しい状況が続きました。この頃、五代目は自分の代で茶筒づくりをやめることも考えていました。 その頃、六代目は海外旅行者が開化堂の茶筒を買い求める姿をみて、やはり茶筒には価値があると感じ、状況を変えるために卸売のみとしていた販売方法を見直し、一般のお客さま向けの店舗を構え、国内をはじめ海外での実演販売も行うようになり、多くの方からご注文をいただくようになりました。 それは、茶筒づくりをやめることなく続けてきたからこそ、できたことです。

 開化堂の茶筒は、へこみや歪みができても修理することで使い続けていただくことができます。それは、手づくりだからできることです。大変有り難いことに、二世代、三世代にわたり弊堂の茶筒をお使いのお客様がおられます。それは、もちろんお客様に大事にしていただけたからこそですが、この先、もし修理が必要になっても、弊堂職人によって修理することができるよう、これからも絶えることなく技術を繋いでいきます。

 開化堂は、これからも百年使える暮らしの道具を皆さまにお届けします。

 

 「推薦コメント」

 一枚の金属板の切り出しから始まる缶作り。研ぎ澄まされた感覚を活かし筒の上下がぴたりと合うように仕上げる緻密な作業が、この缶に詰まっています。素材の経年変化を楽しみ、物を大切に使い続ける文化も感じてください。-川上典季子-


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