ニュージーランド移住記録「西蘭花通信」

人生の折り返しで選んだ地はニュージーランドでした

輝きの連鎖:松任谷由実2002年香港公演

2002-05-15 | 香港生活
伝説に立ち合った夜でした。ユーミンが数メートルも離れていないところで歌っています。DVDでしか見たことのなかった人たちが、目もくらむような天体をかたどったセットの中で演奏しコーラスしています。5月10日、松任谷由実、香港公演。

私は中学校に入り初めてラジオを聴くようになって、すぐにユーミンに出会いました。透明で華麗な音楽は、他の曲とは違う周波数で届くような不思議な美しさでした。普通の曲が地上から発信されたものなら、ユーミンの曲だけは天空から降ってくるような気がしました。一次元空間ですらない視覚を伴わない楽曲に、歌詞という物語が乗ると目の前に立体的な三次元空間が現れ、しかもそこは時間の流れをも自由に行き交う四次元の世界でした。
「こんなに美しいものがあるなんて。」
想像が次々に裏切られていく魔法のようなからくり。それに翻弄されることを心から楽しみながら、私は彼女の迷宮に、深く、深くいざなわれていきました。

ユーミンはよく自分が巫女であることをはばからずに口にしますが、自身の才能を通じて、この世に生を受けた使命を悟っているのでしょう。謙遜してその才能を使わず使命を果たさないことも、自分の力に酔い知れて凡人以下に成り下がってしまうことも、自らに与えられた勤めへの背徳であることを理解しているからこそ、淡々と仕事やステージをこなし、アルバムを出し、ここまでやってきたのではないかと思います。この世に在る時間を惜しむように、丁寧に優しく生きる姿勢は彼女の曲やステージに色濃く映し出されています。これだけ影響力のある存在になりながらも、ひとかけらの奢りの影も見いだせないのはその使命ゆえなのでしょう。

ライブをDVDに収めた「シャングリラ」を初めて目にした時、震えるような感動に言葉を失いました。それは、大勢のロシア人による華麗で豪華なサーカスや水中バレーで再現された現世のシャングリラの中で、耳慣れたナンバーを軽やかに歌い続けるユーミンの姿に対してではなく、彼女の声に対してでした。しかも歌声にではなく、人の名前を読み上げる高らかとした声に対してでした。

「オレグ・ダニーロ」
「イリーナ・フリードロワ」
「アレキサンドロ・ベロー」
「マキシム・フローシン」
終盤に唐突に始まったのは、裏方であるはずのロシア人たちの名前を一人一人読み上げていくことでした。全部で30~40人はいたでしょうか。ユーミンの紹介に合わせて、当の本人達がステージの上で一人、また一人と深く、エレガントに挨拶していきます。彼らの顔は緊張から解き放たれている以上に、自身の名前がスポットライトの下に照らされ、自分だけに向けられた温かい拍手を受ける喜びと誇りに満ちていました。

名前を読み上げるという、いとも簡単なことがこれほどまでに彼らを輝かせているのです。ユーミンの声は彼らに喜びを与えただけでなく、読み上げられる名前を聞きながら、彫刻のように美しく逞しいロシア人たちが単なるステージの背景ではなく、血の通った私たちと同じ感情を持った人々なのだということに気付かされた観客は、新たな発見への感動とそれを知らされた嬉しさで、ユーミンに送るのと同じくらい強く、惜しみない拍手を送っていました。

ユーミンの御技を目にした瞬間です。その喜びの連鎖がDVDを見ているだけでも手に取るように伝わってきました。きっと彼らは東方の小島を回ったツアーをいつまでも覚えていることでしょうし、一座を率いた東洋人の姿をしたディーバのことを一生忘れないでしょう。

今回の香港公演もそうでした。ユーミンは日本人が9割を占めたであろう観客席に向かって、淀みない広東語で話しかけていました。ほとんどの日本人は彼女の言っていることがわかりませんから最初は戸惑い、挨拶が日本語に切り替わった時には、ほっとしたため息が会場にこだまするようでした。その後も曲と曲の合間に、彼女は広東語で語り続け、そのうちごく少数の香港人たちがそれに応え始めました。そして日本人たちも、たとえ内容がわからなくても、ここまで真摯に語る彼女のメッセージに耳を傾け始めたのです。観客の心が一つになった瞬間でした。

喜びが連鎖していくのが目に見えるようでした。
「今日ここに来て良かった。」
ずっと好きだった遠い存在の人を目に、耳にできたという現実よりも、こうして彼女の送り出す輝きを受け止められたことは、何にも代えがたい喜びでした。それを今こうして自分の言葉に置き換えて伝え、それを目にしてくださった方の心にも、小さな温かい灯が灯ったらいい。まぶたの裏のユーミンは、両手を高く差し上げ、飛び切りの笑顔で、いつまでもいつまでも、連鎖の中央に佇んでいます。


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「マヨネーズ」  

ユーミンの紹介を受けたバックコーラスやバンドのメンバーも、一人一人がステージ中央に立ち、それぞれが広東語で挨拶していました。ちょっとテレたり、すごく上手だったり各人各様でしたが、どれも心がこもったものでユーミンの情熱を十分に受け継いでました。

その後車座になって始まったアカペラの時に、観客の心が本当に一つになっているのを感じました。
「ユーミンのステージには失敗なんてものはないんだろうな」
と、つくづく思います。観客もステージのメンバーも所詮はユーミンの掌で踊っている子どもたちに過ぎないのです。なんて幸せな、一足早い真夏の夜の夢。


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