limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 72

2019年12月08日 13時39分24秒 | 日記
田納取締役の“光学機器事業本部長就任”の話は、瞬く間に国分派遣隊の全員に知れ渡った。妻帯者や4直3交代勤務従事者からは、歓迎する声も上がったが、僕や鎌倉の様に“国分移籍”を密かに画策する者達は、不安と疑心暗鬼に陥った。「折角、“自分の居場所”を見つけたのよ!それを“任期満了”を盾に取って“帰って来い”は無いでしょう?!」美登里もそう言って憤慨した1人である。「まあ、まだ2ヶ月の猶予期間はある。国分側だって“阻止運動・工作”を展開するだろう。そうしないと、根本から“目論見”が潰えるだけで無く、マスタープランに対しても影響は不可避だ!安易に白旗を挙げるとは思えんな!」僕はそう答えた。「O工場に戻れば、“年功序列”で元の木阿弥にされるだけ。ここなら、自分の努力と実力で戦える!何か手は無いのかな?」美登里も必死に思案していた。「誰にも“代わりの利かない人材”になる事、実績を積む事、職場・上司から信頼を勝ち取る事、そして、これが一番大事だが“残ると言う意思を明確に伝える事”だろうな。岩留さんが“ああ、そうですか”って簡単に折れると思うか?」と指摘すると「あの人は、折れないわ!安田順二だって、折れる訳ないでしょう?」と美登里は返して来た。「そこまで見えてるなら、揺らぐな!グラついたら付け込まれて終わりだよ。“しっかりと前を見据えている者”は、周囲も黙って離さない。総務には、鎌倉が目を光らせてる!情報は直ぐに掴めるから、安心しな!僕達は“安易な妥協”はしない!そうだろう?」「はい、来た以上、簡単に諦める事はしません!」「ならば、不安は振り払え!前を向いて戦え!結果は自ずと付いて来るさ」僕は、ゆっくりと社食へと歩き出した。鎌倉は、総務に潜っての“情報収集”に出向いていた。美登里も付いて来る。「先輩は、不安になりません?」「無い訳無いだろう?なにしろ、相手が悪い!会長がバックに居るんだから、余程の事が無くては“強制送還”にされちまう!“安さん”だってその点は心得てるだろうから、手は回してる筈さ。まだ、内示もされてない段階だし、O工場側の都合もある。1%でも可能性があるなら、それに賭けるしかなかろう?それよりもだ、来月、再来月をどうやってクリアさせるか?そっちの方が頭が痛い!」「その思考、どうすれば身に付きます?」「岩留さんに聞いて見な!“どうすれば、残してもらえますか?”ってな。僕は“安さん”に“このまま留めて下さい”って伝えてあるし、“思う存分腕を振るえ!”ってお墨付きをもらってる。だから、好きな様に暴れてる。“錦の御旗”を手にすれば、怖いものも無くなるさ。おう!鎌倉、こっちだ!」社食の入り口で、鎌倉と落ち合った。「珍しい取り合わせだな!」「まあ、成り行きさ。ともかく、メシを食いながら情報を共有しようぜ!」僕ら3人は、トレーにメニューを取ると、テーブルを囲んだ。「O工場の最新の状況が割れたぞ!ボディの材質とレンズの設計で手こずってるらしい。マウントやミラーボックス、レール周辺は金属に決まったが、それと樹脂をどうやって合体させるか?で揉めてるよ。レンズは全て新設計になるから、従来のレンズ群との“互換性”をどう取るか?アダプターで切り抜ける方向らしいが、F値が3.5より暗いレンズは、動作保証がとれないで困ってるとさ!」「問題山積じゃない!しかも量産以前の問題ばかり。9月末に第1次隊が引き上げても、仕事あるの?」美登里が首を傾げた。「レール部分をどう言う材質にするか?も疑問だらけだな。ダイキャストにするか?プレス板にするか?この選択だけでも結構な難題だよ。ダイキャストだと“ス”があれば歩留まりが落ちるし、プレス板だと強度に問題が生じかねない。ネジでプラボディと合わせるか?鋳ぐるみにするのか?加工技術も確立されてないとしたら、帰っても意味は無いな」僕も推測を述べた。「だが、その他部分は、ほぼ固まったらしい。サブアセッンブリーなら、先行させるつもりかもな。電子回路なんかは、半導体部品の発注に踏み切った様だぞ!」鎌倉が言う。「ICやカスタムCPUの量産には、2ヶ月から3ヶ月は時間がかかる。タイミング的には、ギリギリまで粘った結果の判断だろうな。しかし、ボディが決まらないと、フレキ基盤や補助基盤は図面すら引けない。まだまだ、先は長そうだな」「お盆休み返上で、そこら辺はケリを付けるらしいぞ!Yが本来戻る10月の末には、量産試作も終えて最後の詰めに向かう算段らしい。3機種のウチ、トップ機種で量産をスタートさせて、3ヶ月遅れで下位の2機種も量産に向かう計画だ。田納さんが来る手前、チンタラしては居られないぜ!」「でも、間に合うのかな?」美登里が遠い目をする。「意地でも間に合わせるだろうよ。年末の商戦に国内投入する予定なら、時間的にもギリギリだろう?場合によっては、見切り発車もあるんじゃないかな?」「それって、半導体が間に合わなくても“白ROM”で書き込みを入れるって事?」組み立てに居た美登里が推論を言う。「あり得るな!ボディの見込みが付けば、他は一気に動き出せる。サブ・アッシーを先行させて、1ヶ月遅れで一気に組む事も想定してるだろうよ。そうなると、兵隊が足りなくなるな!第2次隊までは“強制送還”にせざるを得ないかも知れない。国分が何と言おうが、田納さんが押し切ればあり得ない話じゃない!」僕は、そう言いつつも“希望”は捨てていなかった。これまでの情報を総合すると、今回の新機種に使われる金属部品は少ない。外装も含めて樹脂部品の割合が高いのだ。だとすれば、プレス部門はさして忙しくはならないだろうと。美登里の仕事にしても、サブ・アッセンブリーを先行させれば、兵士の数は急な問題にならない。鎌倉は管理部門だから、勉学もかねて留め置かれる可能性は高い。反対に、克ちゃんや吉田さんは“喉から手が出る程欲しい人材”として呼び戻される確率が高いのだ。それを告げると「そう言う事になるわね!」「妥当な線になるな!」と2人が返して来た。「これまでの仕事の事を考慮すれば、2手に分かれる可能性はあるだろう。準備段階で早期に戻さなきゃならないヤツと、量産の目鼻が付くまで留め置かれる連中にな。少なくとも、年内は、僕等3人は“見送られる”確率が高い!その隙を縫って“残留工作”が実を結べば、留まれる線は残されてる!諦めたり、悲観するには、まだ早いよ!」僕がそう言うと2人は黙して頷いた。「8月の“一時帰国”で探りを入れれば、なおハッキリするだろうが、ともかく、落ち着いて冷静に対処しようや。当て推量は墓穴を掘るだけだ!」「Y、強くなったな。安田順二の薫陶の賜物か?」鎌倉が言う。「それは、大いにあるが、自分で掴み取った“地位と実績”もある。伊達に過ごして来ては居ないぜ!」と返すと「あたしも“やりがい”を感じてるし、“使命感”も芽生えたの!ここは、実力の世界。自分を信じれば手にできないモノは無いもの!」と美登里も言う。「俺も“かけがえのない場所”を見つけちまった。今更引けるかよ!」と鎌倉も笑う。僕等3人は、改めて自分の立ち位置を確認して、“生き残り”に向けて歩みだした。

週末の金曜日、本来なら“地獄の金曜日第1弾”の筈だが、ピリピリした空気感は皆無だった。急がなくてはならないのは、GE関係のみ。それさえ無事に通過すれば、先行している関係上、焦る要素が無いのである。だが、前工程は180度違っていた。整列は外注も含めてフル回転を続行していたし、橋元・今村のご両名率いる塗布工程も、1枚でも多く炉の前に積み上げようと必死になっていた。「基本、通常体制。GEのみ最優先。午後は治工具のメンテナンスに当てます」僕が“おばちゃん達”に出したのは、“ゆっくり確実に”の指示だけだった。午後は、治工具の手入れと、倉庫の棚卸を先行して進める予定だ。この知らせに驚喜乱舞したのが、下山田さんと橋元さんだった。「“信玄”が陣列・軍容を整えている今が好機!地板1枚でも構わん!次工程へ送り込め!」と言って作業を督励したのだ。2週連続しての“休日返上フル稼働”により、整列・塗布工程にも休暇を出さなくてはならない。月末にも関わらす、土日を止めると言うのは勇気がいる事だが、カードを先に使い切っている現状では、当然の選択だった。最終週を前にして、月次予定の達成は見えており、生産は、既に8月分にまで食い込んでいるのだ。焦る必要は無かった。ただ、“田納ショック”が薄っすらと影を落としていた。午後のメンテナンスの時間帯、神崎先輩と恭子、ちーちゃん、千絵の4人がやって来た。「Y、8月のお盆休みなんだけど、帰郷せずに、国分に残ってくれない?」恭子は意外な事を言い出した。「何故?」「新谷さんと岩元さんからの最新の情報だと、帰ったら最後、2度と戻れなくなるわよ!そのままO工場に留め置かれて、新機種の“ボディ開発チーム”のリーダーにされちゃうわ!午前中、総務に届いた書面にYの名前が載ってて、新谷さんが知らせて来たの!今、“安さん”が抗議に行ってるの!」ちーちゃんが青ざめた顔で言った。「Y先輩、あたし長野に行くの諦めます!あたしだけ帰るなんて出来ません!嫌です!」千絵も帰るなと言う。「任期途中で“強制送還”とは、O工場も相当焦ってるな!しかし、僕の元々の専門は、金属加工だ。それを樹脂加工へ転属させるとは、何故だろう?」「交代勤務に就かせるためよ!24時間フル稼働させる腹づもりじゃない?」神崎先輩が答えた。「あたし達の“信玄公”をかっさらわれて、黙っていられると思う?まだ、あなたには“使命”があるの!“事業部を立て直す”と言う大目標が!あなたの代わりはあなたを置いて誰も居ないの!やっとここまで来たのに、O工場の論理で取り上げる何て許せないわ!せめて、任期が来るまでは、“残留”してもらわなくては、また、闇の中へ真っ逆さまよ!」神崎先輩が唇を噛んで悔しさを露わにした。「“安さん”は何と言ってます?」「当然ながら“そんな強引な手口に乗るものか!”って湯気を立てて、総務に“怒鳴り込み”をかけに行ったわ!徳永は、管理室で責任者達を集めて善後策を検討してる!全員が反対側に付いてるわ!Y,帰ったらダメ!永久に戻れなくなるの!悔しいけど鹿児島から出たらダメ!お願いだから、“残る”と言って!」恭子は必死に止めようとしていた。「答えは最初から決まってるさ!“我はこの地に根を降ろす!”今更、帰るだと?みんなを置いて帰れるか?向こうが、そのつもりなら、帰郷を見合わせて“籠城”するまでさ!こんな“汚い手口”に載せられてたまるか!」僕が怒りを口にすると「そうだ、こんな“汚い手口”に載せらるものか!Y!本部長に光学に対して抗議を依頼した!“任期満了までは手を出すな!”とな。口頭と文書の2段攻撃だ!合わせて、“Yは帰さずに転属させる!”とも伝えさせる!夏季休暇中、戻る事は許さん!鹿児島に残れ!何なら、俺が実家で面倒を見てやる!貴様には、やらせる課題が山積しているんだ!途中の停車駅で下車するのは、“主義”ではあるまい!」“安さん”が現れて言う。「勿論です!手を染めた以上、最後までやらせて下さい!お願いします!」僕は“安さん”に願い出た。「俺もそのつもりだ!まだ、“見た事もない景色”は、まだハッキリ見えておらん!Y,貴様の意思は何度も聞いた。そして、全く揺らいで居ない事も、今、確認した。どうやら、貴様を奪い取るためには、全勢力を注がねばならん様だな。来週の製造営業会議を手始めに、サーディプ事業部の国分工場の威信を賭けて戦う時が来た!貴様以外の指名者連中が居る各事業部も、全部門がO工場の申し出を蹴るつもりで動く!工場長も総務部長も反対だ!我々は、全勢力を持って貴様等を守り抜く!覚悟はいいな?」「無論です!異議などありません!」「良く言った小僧!覚えて置くぞ!引き続き後工程を頼む!勝負は最後まで分からん!だが、貴様は“帰さずに残す!”俺の意思も変わっておらん!全力で付いて来い!攻めて来い!先の事には心配に及ばん!思うままに突き進め!」“安さん”は、僕の肩を叩いて言い含めた。「お前ら!“信玄”は渡さん!安心して職務に戻れ!」恭子達にも“安さん”は言った。神崎先輩達もホッとして、検査に戻った。固唾を飲んで見守っていたおばちゃん達も安堵の表情を浮かべた。定時で上がってから、僕は田中さんを総務管理棟に訪ねた。「O工場は狂いましたか?現場は猛反発してますよ!期限前に“強制送還・留置”とは、呆れてモノも言えませんよ!」と噛みつくと「安田順二も岩留さんも、同じことを言ってたよ。“こんな汚い手口が通用すると思っているのか!”って大喝を喰らった。O工場には、“性急な事は通用しない。最低限、任期満了まで待て!”と言い返してある!盆休みに帰郷しても、“強制的に留置”される事は無いぞ!それに、“国分工場側のヘソを曲げた罪は重い!本部長が謝罪して今回の件は取り消せ!”と釘を刺してある!来月は、順次休みを取れよ」と言うので、「帰りませんよ!誘拐されたらそれまでですからね!任期はまだあるんです!これは、既に“信用問題”に発展してます!身分の保証が無い限り、帰るつもりはありませんから!!旅費もいりませんよ!それぐらい、ここで稼いで見せますから!!」と大声で言い放つと、椅子を蹴って管理棟を出た。総務の連中が騒めいていたが、気にもしなかった。「これで、義理が1つ減った。道理の分からない連中の相手はしないに限るな!」僕は憤然として寮へ戻った。

「ごめんなさい。神崎先輩と千絵の手前、ああするしか無かったのよ!」助手席から恭子が詫びを入れて来た。「気にするな!これで、義理が1つ減ったよ。向こうが“手段を択ばずに強引に事を起こした”事に意味がある。約定を違えた罪は重い!O工場としては、今後下手に出るしか無い。しばらくは、静かになるさ。それに、僕も帰郷は見合わせる。“誘拐同然”に拘束されに行くのは危険だ!」「じゃあ、寮に“籠城”するの?」「基本的に、九州から出なければ問題は無い。必要なモノは、宅配便で送ってもらう!寮の車も空きが出るだろうから、気ままにドライブに出るのも悪くはないさ!」「あたし達も帰らないとマズイから、3日ぐらいはYを“1人で放り出す”けど、大丈夫?」「僕以外にも、盆の内に帰れないヤツは数多居るさ。第1次隊の4直3交代のヤツらは、9月の末にまとめて休むつもりだろう。帰れるヤツは、その時に引き上げるだろうよ」「あたしは、前半に実家に帰って、後半の3日間は寮に戻るつもりよ。他の子達はどうするか?調査しないと何とも言えないけど、後半の3日間は空けて置いて!あたしが“独占”するから」恭子はそう言って意気込んだ。「さて、今日はどっち方面へ行く?」「鹿屋へ。牧之原から山道で行ってよ。たまには、ルートを変えてみようよ!」「了解だ」スカイラインは、国道10号の坂道を苦も無く駆け上がった。「ねえ、O工場の開発状況はどうなの?」「難航してるらしい。肝心なボディが決まっていない。骨格が定まらなくては、神経系に当たる電子回路の基板の図面も引けないし、電池の選定も出来ない。外装は決まっているから、どうやって詰め込むか?が最大の問題だな!ただ、ICとCPUの発注はもう済ませたよ。納期の関係上、最低でも2ヶ月前には仕様を決めないと、量産できないからな!」「年内に発売するとしたら、もうリミットでしょう?」「ああ、盆休み返上で骨格を決めると言ってる。後は、微調整だな。カバーを薄くするとか、材質を変えるとかだよ。基本は固まってるから、ミリ単位での調整だけだろう。電子回路の基本設計は完了してるから、基板を作って実装して、こっちも微調整だけだろう」「その、微調整が大変でしょう?」「ああ、如何に“限られたスペースに押し込むか”だからな。組み立て工程にも左右されるし、治工具も改良が必要になるだろうよ。ともかく、組んでバラしての繰り返しさ。10月からは、量産に載せないと年末商戦に間に合わなくなる」「それにしても、Yを“帰せ”には参ったわ。完全に“圏外”だと油断してから、余計に堪えたわ!」「それは、こっちも同じだよ。10月にならないと“具体的な話も無いだろう”って油断してたからな。幸いにも“撃退”出来たからいいが、危うく持ってかれる寸前とは、思いもしなかったよ」「Yの計算では、どうなのよ?」「2手に分かれると踏んでるよ。期限満了で引き上げて、量産に携わるヤツと“軌道に乗るまで見合わせる組”にね。僕は、後者に属すると思ってたから、今回の件は驚いたさ!今回の新機種は、樹脂部品が8割を占める事になる。金属部品、それもプレス加工品の数は少ないはず。だから、ある程度落ち着くまでは、お呼びは来ないと踏んだのさ。その間隙を縫って、立ち位置を確保してしまえば、呼び戻す理由が減る。国分だって、現状の200名が“居る前提”で計画を組んでるだろう?恐らく、年内一杯は我々も含めた計画を設定したはずだ。それらを総合すると、約3分の1に当たる70名前後は、越年させるだろうと読んだのさ。量産に乗っても、トラブルや設計変更はあり得るだけに、一気に大量生産って訳には行かない。市場投入にしても、国内が最優先だから、コンスタントに流れるまでは、時間は必要だ。そこから逆算して見ると、12月に発売するとしても、必要な部品に限りがあるだけに、発売延期を考慮して3月まで待つ事も考えられると読んだ。2月の投入は、まず有り得ないからな!」「どうして2月はダメなの?」「2月と8月は、鬼門なのさ。卒業・入学シーズン前と、夏休み期間はどうしても商品の動きが悪いんだよ。1年を通して売り上げベースの数字を追うと、2月と8月は、全体的に売り上げが落ちる傾向が強い。だから、この期間に作り貯めをして、3月や9月に備えた方が無難なのさ。売りたいのに“タマ”が無ければお客は取られる!商機を逃さない戦略も必要さ!」「ふーん、あたし達には分からない事も多々あるのね。そうか!9月は、運動会シーズンだものね!」恭子がやっと納得した様だ。「そう言う事。2月と8月は、業界にとっても難しいのさ。そろそろ、分岐点だ。どっちへ行く?」「お腹を満たしてからよ!市内へ乗り入れて!食事が済んだら、ここまで戻って逆へ出ればいいの」「今晩は、帰れそうもないな?」「ええ、“お泊り”のつもりよ!だって、誰も明日の指名をしてないでしょう?」恭子が笑う。食事の後は、“誰にも見とがめられない部屋”で、ゆっくりと恭子を抱いた。「眠ってるヒマは無いわよ!」恭子らしからぬ過激な下着姿を見せつけられて、時間を忘れて営みに励んだ。疲れると、全裸で抱き合って眠った。恭子の素肌は、誰のモノでも無い僕のものだった。

土曜日の早朝、見慣れたローレルが寮の前に停まっていた。「鎌倉も朝帰りか!」「お友達も新谷さんの餌食になったみたいね!」と眠い目を擦って恭子も言った。「今日は、動かんぞ。昼までは寝る時間だ!恭子、おやすみ!」「ええ、あなたも休んでね!」別れのキスをして、車を降りると鎌倉もフラフラと歩いて来る。「よお、お疲れー!」「生きてたか?全く、激しくて腰が痛いぜ!」鎌倉は、腰を擦っていた。「新谷さんは、余程お気に入りの様だな。ロクに寝てないんだろう?」水を向けると、「とにかく、寝たいが、その前に相談がある!“重要極秘事項”だ!」と鎌倉は勿体ぶる。取り敢えず、部屋へ雪崩込むと、TVの前に座った。克ちゃんと吉田さんは、勤務中らしい。「新谷さんからの“極秘情報”だ!田中さんもまだ知らないヤツだ!」「総務の“極秘”と言えば、人事だよな?」「ああ、帰り際にチラッと見たらしいが、田納取締役の光学機器本部長就任が、8月に前倒しになるそうだ!」「何!それは確かか?!」情報の内容は、僕の想像を遥かに越えたモノだった!「九分九厘、間違い無いそうだ。Y,ヤバくないか?」鎌倉の表情も暗い。「ヤバイなんてもんじゃないぞ!だが・・・、ちょっと待てよ?あの人、確か“事業本部持つの初めて”じゃないか?」「そう言われると、そうだな。子会社のトップの経験はあるが、本体の事業本部は、確か初めてだよな?」鎌倉も記憶を総動員して、首を傾げる。「だとすると、まだ隙はあるな!どの道、赴任先は原宿か用賀になる。着任しても、まずは、関係各所への挨拶回りに追われるだろうから、東京に釘付けになるのは間違い無い。事業本部会議にしても、製造営業会議も、幹部会議にしても原宿か用賀でやるしか無い。O工場へ顔を出せるのは、早くても8月末か9月頭にズレ込むだろう。現場の実情を把握しても、実際に指揮を執れるのは、10月まで先送りになる公算が高い。そうすれば、こっちに実害が及ぶとしたら、第2次隊の帰還時期まで引き伸ばせる。後、1ヶ月は時間稼ぎが出来るな!」「その間に何らかの手を打つのか?」「やれる事は、全てやり尽くすしかあるまい。国分工場にしても、“僕達ありき”で算段を立ててるはず。当然ながら、“反対や期間延長の嘆願の類い”は出したりするだろう。特に、半導体事業本部と総務部は、徹底的に抵抗するだろうし簡単には白旗は上げないだろうよ。田納さんよりは、本部長が“格は上”だし、発言力もあるはずだ!」「しかし、大半の連中は、引き上げさせられるぜ!余程の理由が無い限りな!」「それは、否定しないさ。4直3交代勤務従事者や、妻帯者は時期が来れば、否応なしに“帰還命令”は出るだろうよ。だが、鎌倉と僕と“スッポン”は職務が他の連中とは、全く違うだろう?僕と“スッポン”は、事業部の“中核部分”を担ってるし、鎌倉は職務自体が“特殊”だ。単純に生産ラインに送り込まれてるヤツとは立場が違う。岩留さんや安田さん、総務部長が、易々と簡単に折れると思うか?」「そうか!3人とも簡単には引き下がるとは思えんな!つまり、3人は“はい、そうですか”と簡単には引き渡しに応ずる理由が見当たらないって事か!」「そうさ。“自ら指揮を執る立場に居るか居ないか?”この差はデカイぞ!僕は、先般の騒動の際に、キッパリと拒んである。“安さん”も“心配は要らん”と言ってた。レイヤーだって、同じはずだ!“スッポン”が使えると読んだ岩留さんが、“はい、そうですか”何て言うはず無いだろう?他の事業部にしても、後任が確保出来なければ、穴を開ける様な真似をするか?第1次隊、2次隊の4分の1は、残れる可能性はあるぞ!中途採用は限りがあるし、新卒の採用者が来るのは、来年の4月以降だ。それまでは、既存の勢力の範囲内で回すしか無いんだから、まだ粘れる余地はあるな!」「だとしたら、具体的にどう動くんだよ?」鎌倉が問いかけて来た。「“態度を鮮明にして置く事”だよ。“俺は帰らない!”って宣言して、周囲の援護を得易くして置くに限る。漠然と“援護射撃”を期待してても、届かなきゃオシマイさ。その点、僕等3人は、共通の背景がある。自らの意志が固まっている事、職場や周囲の援護が得易い事、そして、トップがキッパリと拒む意思を示している事さ。後は、何があっても揺るがぬ事だろうな。当然、これから揺さぶりは激しくなるし、尾ひれの付いた噂も飛び交うだろうが、それに乗らずに、確固たる意志を示せばいい。そうすりゃあ、“何があっても帰すものか!”って運動が立ち上がる。背後が固まってりゃあ、迂闊な手出しは出来ない。逃れるとしたらそれしかあるまい!」「成程、確固たる姿勢で居れば、自然と周囲が担いでくれるって事か。だが、それは、俺達だからこそ出来る戦法だろう?他のヤツらはどうするんだよ?」鎌倉が更に突っ込んで来る。「大半の連中は“逃れる術は無い”のさ。多少は足掻けるだろうが、僕等の様に、長期に渡って残れる保証は無いんだよ。田納さんの出現に寄って、情勢は大きく変わった。具体的に“ビジョンも目的も無く残ろうとする”ヤツが居るとしても、田納さんは甘くは無い。だが、僕等には“明確な理由”がある!目的意識が無けりゃ、否応無しに引き上げさせられるだけさ!」「じゃあ、これから“大規模な振い落とし”が来るのか?」「多分な、派遣時期は、最早関係無いだろう。向こうは、かなり焦っている。田納さんの手前もあるし、早期に“決着”を付けたがるだろうな」「それをどうやって“引き延ばし、抵抗するか?”は、国分側の各事業部の意志で決まるか?こりゃあ、相当に揉めるぞ!自動車部品にしても、機械工具にしても国分の各事業部は、慢性的な人手不足に喘いでるんだ!総勢200名が順次抜けて行くとなりゃあ、“黙って見送る”とは到底思えん!来月から、戦争になるぞ!」「ああ、“大義の無い”戦争さ。あるのは、“人員争奪”と言う醜い争いさ!国分側は“帰すにしても、時間をくれ”と言うし、O工場としては“速やかに帰して下さい”と粘るだろう。だが、この前の一件で、O工場の“常識の無さ”は、国分側全体に知れ渡ってる。国分側が“強気”に出れば、引かざるを得ない部分もあるだろう。僕等は、そうした喧噪からは身を引いて、黙って待てばいい。持久戦に持ち込めれば、勝機はある!鎌倉、この話は僕等だけの胸の内にしまって置けよ。月曜日なれば大騒ぎなって、田中さんからも何かしら言って来るだろう。それまでは、地下深くに埋めて置こうぜ!」「ああ、勿論だ。何せ“最高機密”だからな!」鎌倉は不敵な笑いと共に同意した。「さて、少しばかり寝るとしよう。いい加減にブッ倒れちまうぞ!」「言えてるな。Y、起こすなよ!」僕と鎌倉はベッドに潜り込むと、直ぐに寝息を立てた。

誰かが肩を揺すっている。声もしている。「Y、悪いが起きてくれ!Y、起きろ!」揺すっていたのは、田尾だった。「うーん、どうした?」僕は、半寝ぼけながらも何とか反応した。「電話だよ!それと、相談がある!談話室へ来てくれ!」田尾はマジな顔つきで言った。顔に平手を入れて起き上がると、午後1時だった。電話の相手は、みーちゃんだった。「ごめんなさい。寝てた?」彼女の声はハッキリと聞こえた。「うん、疲れてたから。みーちゃん、何かあったの?」「夕方、出て来れる?迎えに行くから、付き合って欲しいの!」「断れないな。分かった。午後4時でどう?」「OKよ、寮の前に車を着けるから、お願いね!」みーちゃんと約束が出来た。受話器を置くと、談話室の田尾の元へ行く。何やら難しい顔をしていた。「田尾、また、鹿児島日電の連中か?」と言うと「相変わらず鋭いねー!招待状が来ちまった。だが、今は勝負してるヒマはねぇよ!どうやって切り抜けたらいい?」と困惑気味だ。「相手は、前回対決したヤツらだろう?」「ああ、面子は同じさ」「厄介だな。出て行かないとなると、こっちが“卑怯者”の汚名を被っちまう!」「それだけは、勘弁ならねぇ!何か手は無いか?」「ふむ、“戦わずして勝つ”としたら、手間はかかるが、手はあるぞ!“敵国流言作戦”だ!鹿児島日電だと相手が割れてるなら、向こうに鉄砲を撃ち込めばいい!“お宅の社員に因縁付けられて困ってます。しつこく付きまとわれてるので、警察に通報しても構いませんか?”って手紙を送り付けるのさ!それも、工場の上に宛ててな!」「どうやって書くんだ?字でバレたら元も子も無いぞ!」「世の中には、ワープロがあるだろう?宛名も含めて、機械に頼ればいい。差出人は書かずに作ればいいし、投函先も加治木当たりにすれば、足が付く恐れは半減するだろう。相手の氏名が分かるなら、直訴しちまえばこっちのモノだろう?時間はかかるが、確実に足止めするならこれしか無い!」「Y、ワープロ持ってたよな?作ってくれるか?」「やってもいいぞ!その代わりに“情報”を寄越せ!氏名や所属部署が分かれば尚更いい!後は、投函だけやってくれ!」「よっしゃー、乗ったぜ!直ぐにも調べ上げてやる!“情報”は、Yのベッドに置いとく。日曜日の内に作ってくれ!」田尾の表情が引き締まった。「了解だ!たまには、“情報戦”も悪く無いだろう?」「“腕力だけが武器じゃない”ってアンタ言ってたよな?向こうにすれば、手の内を暴露されるんだから、たまらないだろうな!これで、また、時間を稼げる!Y、この手の策は幾らでもある見たいだな。これからも頼んだぜ!」田尾は椅子から立ち上がると、“情報”の収集に急いだ。「やれやれ、喧嘩を止めるのも職務の内か!」と呟くとシャワーを浴びに行く。次なる問題は、みーちゃんだった。彼女は何を持ち掛けて来るのか?予想も出来なかった。

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