limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

life 人生雑記帳 - 81

2019年12月27日 18時45分47秒 | 日記
月初の月曜日の午後、僕は検査室のデスクに陣取って、“管理業務”に手を染め出した。“勤怠管理”に始まり、細々とした“決済”までをこなす。これからは、こうした“業務”がメインになるのかと思うと少しゲンナリとした。“現場育った者は、現場で育ち力を出す”と言われる中、現場から“隔離”されてしまっている様な感覚に襲われた。これもやむを得ない事なだが、“慣れて行かねばならない”現実なのだ。一区切りを付けると、僕は「神崎先輩、宜しいですか?」彼女に声をかける。「どうしました?」「お話をしたいのですが、聞いていただけますか?」「ちょっと待って、椅子を持ってくるから」と素直に応じてくれる。「先輩、僕は、あなたに、ここの“管制官”をお任せしたいと考えてます。検査室は、やはり“検査室のルール”で回さなくてはなりませんが、僕はズブの素人に過ぎません。“頭ごなしに指示を出す”様な真似は止めたいし、やるつもりもありません!ここの回しを含めた“総括担当”として“補佐役”を引き受けてはいただけませんか?」と言って依頼を持ちかけた。「本気なの?あたしは、過去に“失敗”をした女よ!それに、男性を信じられない“悪癖”もあるのよ!それを承知の上で言っているの?」「ええ、先輩には、それらを吹き飛ばす“実力と実績”があります。古今の“不良症例”や“目に刻まれた膨大なデーター”を持っておられる。その“知見”と“確かな目”で検査室全体を牽引して欲しいのです。あなたにしか出来ない事なんですよ!」「あたしを“指名”するなんて、馬鹿な事よ。下手をすれば“責任”を負わされるわよ!それでも、あたしに“託す”と言えるの?」「はい、“責任を負う”のも僕の役目です。そうでなくは、“責任者”の肩書が泣きますよ。“餅屋は餅屋”の例えの通り、“検査室は検査室で”回しと総合的な判断が下せる人材に、委ねるのが最善策なんです。拠点には“重臣”を置いて支配させるのが“筋”だと思いましてね。返しは橋口さんに、出荷は徳さんと田尾に委ねます。そしてここは、神崎先輩に託すのが自然な流れだと思いますよ!」「そうか。“自然な流れ”と来るのか。しかも、“責任は負う”と明言までしてね。あたしはね、てっきり“遠ざけられる”と思ってた。それが、“先陣を切って進め”とはね。もう一度聞くけど、本気なのね?」「はい、先輩しか考えていません!」「“後悔”しても、知らないわよ!最も“後悔”する様な事にはならないと踏んでるから、こうして依頼を持って来てるんでしょう!サブは誰?」「宮崎、岩崎、千春の3人を予定してます。不足ですか?」「いいえ、腹を括るわ!あなたの“期待”は裏切れない。“逆の意味で裏切ってみせる”から、覚悟してなさい!」神崎先輩は晴々と表情で言った。「“人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり”って書いて拡大して貼り出してよ!あたしは、それを見て日々戦って行くわ!任せなさい!必ずや答えを出してあげるから!」最後は笑顔でそう言った。「お任せしますよ!」固く握手を交わして盟約の“証”とした。こうして、要所に“重臣”を置くことに成功したのだ。各個別・場所では、数多の問題は起こり得るだろう。だが、その8割は“重臣達”で解決可能なはずだ。残りの“重大な問題”だけを僕が担当すれば、全体の回しは楽になるはずなのだ。「これで、諸城の配置は終わったな。後は、前進するだけだ。後顧の憂いは断てただろう。さて、次に矢を打ち込む先は、整列工程だな!前を煽るには、あそこを攻めるしか無い!さて、どうするかな?」進捗管理表と磁器の納入予定を見比べた。“中旬までが勝敗を決する”今月の予定は今のところ問題無く進んでいた。「もう、3日。先に回せれば、展開は劇的に変わる。それをどうやって実現するか?」僕は思案に沈んだ。

翌日の用賀事業所。田納さんも思案に沈んでいた。「半導体部品は容易に落とせん!一部の連中を引き上げさせるだけで、手いっぱいやろ。今月の“交渉”は厳しいでー!」1人で名簿を繰りながら、田納さんは口走る。「本部長、只今戻りました!」小林さんが“弾丸出張”から戻って来た。「おう!ご苦労やったな!O工場の連中は黙らせて来たか?」「はい、“余計な口出しは無用”と五寸釘を打ちまくって来ましたので、ご安心下さい!」「そうか。そんなら、ええ事や!脇から、ゴチャゴチヤ言われるのは敵わん!そうやなくてもや、難敵相手に“身も心も擦り切れる”思いなんや!小林、次の役員会では、“本丸”に仕掛けるでー!正面玄関から乗り込む!人数は少ないが、ここが第一ハードルやな!」「各事業部を刺激しない範囲の選抜に留める方向で、検討しております」「そうやな。あそこと喧嘩するには分が悪る過ぎる!ワシの地位が上向くのを、待つしかあらへんがな!熊と素手で格闘するのは、大怪我の元や。今、半導体部品と対等に渡り合うんは無理や!あそこは、ワシが担当するさかい、小林は他を順次落として行け!目標は、約30名でかまへん!高望みしたらアカン!少しでも辛抱強くやるしかあらへん!」「乗り込む時期はどうされます?」「来週早々、行脚に行く!手配を頼んだで。安田に岩留、どっちも強敵やがな。“ここまでなら譲れます”ゆうたら儲けモノや!バックが強力やから、向こうも強気で来るやろ。特に事業の中核に座ってるヤツは、離さへんやろ!併せて5人むしり取れれば上出来や!」「では、任期を迎えても帰還は見送るおつもりですか?」「そうや、例えその話をしたとしても“蹴飛ばされれば、それまで”にしかならん。時間をかけて、ゆっくりと時節が変化するのを待つしかあらへん!O工場が火の車になろうとも、やむを得ないんや!その辺は、火消しを済ませてあるやろ?」「はい、“飛車角落ち”でも、戦える体制に変更するべく鋭意動いております」「よっしゃー!背後を取られたらそれまで。今の内に動いて弾みを付けるに限るな!小林、今回の“帰還予定者名簿”を持って来い!邪魔される前にターゲットを絞る!役員会で“内諾”を得てから、国分に乗り込むでー!即決で確保せなアカン!」「はい、早速持って参ります」小林副本部長が下がると、田納さんも“算段”を考え始めた。「欲を掻いたらアカンな!最小限でも良しとせにゃいかん!」難攻不落の要塞を前に、攻め手は限られていた。

一方、国分工場の寮では、今月末を持って引き上げる部隊の“荷造り”が佳境を迎えていた。廃棄物と持ち帰る荷物の分別・梱包で、てんやわんやの騒ぎになっていたのだ。4直3交代勤務で、今月末に振替で“盆休み”を取得する連中は、特に大変で眠い目を擦りながらも支度に大わらわだった。同じ事は“借り上げ社宅”として第4次隊が使っているアパートでも進んでいた。帰還する者も寮に移動する者も、期限までには部屋を明け渡さなくてはならないからだ。田中さんは、それらの対応に忙殺されており、僕と鎌倉が寮内の“指揮”を執る事になってしまった。「ダンボール箱は、2つまででサイズは指定の通りだ。手荷物で持ち帰る分と上手く分けてパッキングしてくれ」とは言うものの、半年間に積み重なった身の回り品は、相応にあり仕分けは困難を極めた。しかも、勤務時間は変えられないから、時間も限られる。捨てる必要があるモノは山積みにならざるを得なかった。「Y、廃棄物コンテナを手配したぜ!」鎌倉が手を回して、大型のコンテナが寮の裏に据えられた。「処理料金は、重さじゃなくて“カサ”だろう?この際、他の寮生の廃棄物も受け入れるか?」「いい手だな。ガラス類や金属類は無理だが、紙やプラは捨てられる。寮長に話して置くよ」「頼んだぜ!アパートは別だろうな?」「あっちにもコンテナは据えたよ。何せ時間が無い。捨てるブツは結構な量になりそうだぜ!」「そいつらが転がり込んでも来るんだ。ダンボール箱の“取り違え”が起きなきゃいいが・・・」「それは、こっちで責任を持たなくてもいいだろうよ。送り状の有無で見分けられるし」「だといいが、どっちにしても混乱は避けられないよ。先行して帰るヤツらの荷物の発送は、もう直ぐだし、月末組もじきに期限が来る。“玄関先が狭くなる”とも寮長に警告してくれよ」「分かった。掛け合いに行って来るぜ!」鎌倉は寮内へ消えた。「Y、ダンボール箱はここでいいかい?」「なるべく隅に寄せてくれ。それと、しっかりガムテープで補強しないと持たないよ。四隅にも貼り付けてくれ」と言って補強させた。こうした混乱を治めるのも“残留者”の仕事だったのだ。

翌日、僕は午前9時半で返し作業を打ち切ると、整列工程と塗布工程へ出向いての“調整”に乗り出した。下山田さん、橋元さんと顔を合わせての“今後の流れ”を順を追って確認して行った。「Y、出荷予定は分かった。逆算すれば、どれを優先して片付けなきゃならんかは、一目瞭然だよ。待ってろ!この“新型整列機”を使って一気に片付けてやる!」下山田さんは自慢の機械を起動して見せた。これまでの倍の速度が苦も無く出る。「これは、序の口さ。実際は、これまでの4倍の処理速度が出せる!ここが、全て“コイツ”に置き換われば、迷惑はかからんよ!」と言うが、顔色が変わったのは橋元さんだった。「シモ、導入時から“全開”で飛ばすのか?」「いえ、最初はこの程度に抑えますよ。部分的に改良しなきゃならん箇所もあるんで」「しかし、本格稼働したら、俺達が煽られる番になる!現状でもかなり厳しいのに、山積みにされたら手も足も出なくなるな!」橋元さんは、先行きに不安を感じていた。「それは、ある程度“調整”する事で回避できますよ。モノが切れなくなったに過ぎません。順を追って進めてもらえれば、確実に実績は積み上げられる。ですから、今日は“出荷予定”を明らかにして、逆算値から“何を優先すべきか?”を検討しに来たんです」と言って資料を手渡す。「GE関係は、完全に“飛び込み”にしかならんぞ!それでいいんだな?」下山田さんが問うので「それは、計算済です」と返す。「スポットと金と銀が早いな。ノーマルは後回しでもいいのか?」橋元さんが問うので「その通りです。順次送り込んで下さい」と返す。「だが、出荷予定が変更になった場合はどうする?」下山田さんも橋元さんも僕に問うた。「当然、修正が入りますよ。その都度“差し替え版”を流すので、順番を変更していただければ、ありがたいです」と言うと「Y、それだけでも結構な仕事量になるぞ!返しは大丈夫か?」と橋元さんが言う。「そのために、橋口さんに来てもらってるんです。徐々に権限は移していきますが、関与は続けますよ。“飛び込み”のGEを回すには、それしか無いんですから」と言うと「お前さんの苦労は絶えんな。だが、やりがいはあるだろう?入庫から出荷までをコントロールしようとしてるんだ。並みの仕事じゃない!お前の事だから、分かってやってるんだろうが、これが上手く転がれば“画期的”な成果と数字が出る!狙いはそれか?」と核心を突かれる。「その通りですよ。“点を線で繋ぐ”簡単に見えて、実は最も難しい事ではありますが、総合力を出せれば、不可能ではありません。今月はまだテスト段階ですが、10月以降は後ろの体制整備も終わります。残るは、お2人の手腕にかかってます!連絡を頻繁にして、連携を強化したいのですが、宜しくお願いします!」頭を下げると「こっちも“情報”が得られれば動きやすくなる。“新型”で追い上げてやるぞ!」「こっちも負けてはいられない。早速、段取りを組み直す!Y、“情報”も鮮度が命だ!速やかに寄越せよ!」と同意してくれた。「了解です。これからは、定期的に協議しながら進めましょう!その方がロスも少なくて済みます。では、当面はこの予定でお願いします!」と言って協議を打ち切った。下山田さんは、“新型整列機”の稼働を急がせ、橋元さんは段取りの取り直しに急いだ。“前も巻き込んで先行させる”と言う壮大な計画は、始まったばかりだが確実に目に見える“成果”となって表れて来るのだった。

同時刻のO工場。田納本部長も出席しての新機種230AFシリーズの“生産進捗会議”が開催されていた。またしても、三井さんは“不眠不休の大車輪”で、全製造工程の見直しを終えて、最終案を提示した。“飛車角落ち”の体制下で新機種の生産を開始するのだから、必然的に“外製化”を選択肢として選ばなくてはならなかった。当初の見込みでは、全行程の5分の1を“外製化”する予定を4分の1にまで高めなくてはならなかった。結果的に、見直し案は“製造原価”にまともに跳ね返り、20%のコストアップになった。だが、他に道は無く、現状の体制下では精一杯の数字となった。三井さんが案を示すと、早速、部品製造や組立から非難の声が飛んだ。「話が違うじゃないか!国分からの引き上げ者も、随時合流して来る!仕事を削られてたまるか!」「品質保証出来るのか?ここまで外へ投げた例は、過去に無いぞ!しかも、基幹部品だ!社内でやるのが筋だろう!」「引き上げ者に仕事を与えんとは、どう言う考えなんだ?9月末と10月末に、それぞれ50名づつが戻るんだ!彼等を路頭に迷わせるとは、如何なる理由か?説明しろ!」各部門の責任者達は、次々に声を荒げた。ここでも、O工場特有の“泥縄主義”が脚を引っ張る形として現れた。帰還事業が、“順調に進んで居ない事”を下に降ろして居ないと言う“醜態”を本部長の前にさらけ出してしまったのだ。驚いたのは、田納さんだ。「なんや?知らんのか?どう言う事や?河西!下が何も知らんとは、どないなっとるんや?!」O工場製造側のトップに“詰問”が飛ぶのは、当然の事だった。「はあ、実は、混乱を避けるために“国分派遣隊の帰還事業”に関しましては、“情報規制”を取りました。現場が混乱する事だけは避けなくてはなりませんので・・・」「このどアホが!誰が“隠せ”とゆうた?誰もそないな事を命じた覚えはあらへん!“帰還事業”が暗礁に乗り上げとる事実を、きちんと説明せいや!今、直ぐや!」田納本部長が怒りの声を上げると、河西事業部長が慌てて説明を行なった。話を聞いた現場の責任者達は、啞然として顔から血の気を失った。「帰れない者が“多数居る”ですって?我々はどうなるんです?“駒”が足りませんよ!」「10月末で、何人帰るか“未定”とは、どう言う話です?半年前の“約束”を反故にされて、黙って見てるしか無いんですか!」矛先は、河西事業部長に向いた。「だから、今は現有の戦力で切り抜けるしか無いんだ!本部長も必死になって“交渉”に臨まれてる。だが、相手は国分工場なんだ!容易ならざる“敵”を刺激して、“泥沼”になるのは最悪の事態となる!故に仕事を“外”へ出して身軽にならなくては、ならんのだよ!」と必死に“外製化”の必要性を説いた。現場の責任者達は、それでも治まらない。「“虎の子”を取られては“死活問題”ではありませんか?!」と口々騒いで河西事業部長に詰め寄った。「“虎の子”を出したんは、そっちやろ?何故、“檻”に匿って置かなんだ?こうなる前に手を打たなんだ方も悪い!河西に詰め寄っても、帰らんものは帰らへん!若手を出したら、こうなるのは必然やないか?最初から間違っとったんやから、諦めるのも必要やでー!ともかく、席に戻れ!ワシが決める!ええな?!」田納本部長のドスの利いた声で、騒ぎは一瞬で静まった。「三井、20%のコストアップで、ほんまに抑え切れるんか?」「はい!精密に数字を積み上げた結果ですので、誤差は出ないかと!」「よっしゃ!この線で走れ!現有の戦力と9月末で戻る50名で、出来る範囲ならしゃあない!一刻も早く量産に乗り出せ!ワシが許す!分かったな?」「はっ!」三井さんが平伏して安堵のため息を漏らした。「次は、販促活動とTVのCMやが、予算が足りないのは、百も承知や。せやから、ワシが会長から“小遣”をもろうてやる!それで、大々的な宣伝を打て!“KYブランドを浸透させます”とゆうたら、会長かて無下にはせんやろ。幾らかはもらえるはずや!営業と企画宣伝は、いつから具体的に販促活動をスタートさせるか?考えを巡らせて置け!必要経費は追々になるが、必ず分捕って来るさかい、“売れるCM”の制作を急げ!それと、カタログも“けち臭い”もんにしたらアカン!CXブランド並みのモノを作れ!ええな?」「はい!」企画宣伝担当も平伏した。「さて、河西よ、年末商戦に間に合わすには、大車輪で作ってもらわなアカン。トップ機種である230AFだけでかまへん!それも、国内向けを最優先で作れ!海外向けと下位機種は後回しでええ!4~5万台を揃えや!一気に市場に出回らせるには、頭数が足りないとアウトやさかい、出来る限り多くを積み上げや!手段を選らんどる暇はあらへん!ケツは決まっとるんやから、貴様の奮戦に期待する!」「はい!必ず台数は揃えます!」河西事業部長も平伏した。「最後に、国分へ派遣した連中の事やが、10月末で帰還出来る見込みが立つのは、30数名になるやろ!ワシ自らが“交渉”しても、その辺が限界や。せやから、期待は出来けへんと思ってくれ!O工場の“虎の子”だけに、国分工場でも“虎の子”として扱われとる。中には70数名を束ねる“責任者”に抜擢された者もおる!向こうも、簡単には引かへん状況になっとるさかい、“長期戦”を覚悟せえや!だが、“籍”はこっちにあるんやから、必ず取り戻す!それまで、何としても持ちこたえて見せたりや!ええな?下手に騒ぐと、国分の“思う壺”にハマるだけや!慌てず騒がす、ここは堪忍してくれ!それから、この問題は随時情報を流せ!河西!隠蔽工作などしたらアカンで!新たな動きはリアルタイムで共有しろ!“泥縄主義”など今後一切認めんからな!」こうして、田納さんの決断は下った。不平不満など“どこ吹く風”で封印して、“本部長の判断”で押し切ったのだ。230AFの“生産開始決定”の情報は、会議に出ていた城田、長谷川の手によって緊急FAXが僕の手元に送信された。同時に、O工場総務も“10月末での帰還者の増員”を指示したFAXを田中さん宛に送信した。“情報”は国分工場に瞬時に拡散して行った。

夕食時、鎌倉と美登里と食卓を囲むと、自然に230AFの“生産開始決定”の話になった。「遂に始まるのか。“飛車角落ち”でどうするつもりだろう?」鎌倉が言い出した。「3分の1近くを“外製化”するらしい。城田が“原価が上がるからやりたくは無いが、他に手が無いから”って綴ってたよ。現有の艦隊と今月末に引き上げる艦隊の陣容だと、それしか無いのが本音だろうよ。依然として技術を持った“主力艦隊”は、ここ“ハワイ”に在泊したままだしな」「それに、帰っても“平社員”なら、やりがいは半減するわね。ここなら、実力次第で上を目指せるし、Y先輩みたいに“責任者”にもなれる!」と美登里が言う。「“爺さん達”の下でヘイコラしてるよりは、自分の腕で“設備更新の指揮を執る”方がマシだよ!」と鎌倉も斬って捨てる。「確かに、安易に“安売り”するつもりは無いよ。ここなら、数字さえ出せば任せてくれるし、責任も持たせてくれる。プレッシャーもあるが、嫌な空気が支配してる訳じゃない。“年功序列主義”が改められない限りは、戻る意味は薄いし、職場も期待してるから袖を切る様な真似はしないだろうな」「ああ、“自由を謳歌”した限りは、カビの生えた組織に戻る選択はしたく無いな!」「あたしも同じく。今月の実績次第だけど“本部長表彰”になるかもって岩留さんが言ってるし!」鎌倉も美登里も思いは同じらしい。「だが、田納さんが、どう動くか?未知数の部分もあるし、田中さん宛に“10月末での帰還者の増員”依頼のFAXが来てるんだろう?」「大丈夫だ!所詮は“絵に描いた餅”でしか無いよ!“今、安易に事を進めると、国分は態度を一変させる恐れあり。年内は事を荒立てる事は控えるべし!”って田中さんが返信してたぜ!“全面戦争”に突入したら、O工場側が不利なだけじゃ無く、光学全体にも不利益をもたらすだけだ!田納さんだって心得てるだろう?」「その間隙を突いて攻めて来たらどうなる?多分、蟻の穴を突く戦法で来るぞ!」僕が警戒論を言うと「ピンポイント攻撃か?それで来るなら、数名しか帰還させられないぞ!まだ、約150名が留まる事になるんだ。日が暮れても話はまとまらんぞ!」鎌倉は“それは無い”と言う。「あたしは、中間派かな?個別交渉で30名狙いで来るんじゃない?」美登里が予測を述べる。「どうも、美登里の読みが“当たり”かもな。成果に拘るなら、各事業部を回って個別に“当たり”を付けるかもな。大多数は“プロテクト”されるだろうが、“最悪の場合”を想定した“譲歩路線”もあり得るだろうよ。そうやって拾えば最低でも30名は集められるぜ!」僕は頭の中で計算を始めた。「問題は、“それで満足して引くか?”だよな!O工場の意向は50名。足りない分をどう説明する?どう納得させる?」「“伝家の宝刀”があるだろう?“本部長判断”さ。“持久戦に持ち込む!”って田納さんが宣言すれば、誰も反旗を翻すヤツは出ないだろうよ。それで、今回は引くだろう。こっちもだが、O工場からも目は離せないし、発売に向けてやるべき事は数多残ってる。油を売ってる暇は余り無いよ」「そうね、カタログに販促グッズやCMもあったわ。時間は余り無いわよ!」美登里が思い出した様に言う。「どうやら、答えは出たな。我々は揺るがなければいい!向こうが勝手に悩んでくれるさ!」「そうね、悩む前に“目の前の蠅”を追わなきゃ!」「俺も、設備更新を控えてるから、“外野”にかまけてる暇は無いからな!」3人の思惑は一致していた。

田納本部長は、O工場を去る前に総務部長のところへ顔を出した。会議室に座り込むと「何で、あないな“人選”をしたんや?普通、若手を残してチャンスを与え、ベテランを“派遣隊”に選ぶんちゃうか?若手を野に放してしもたら、帰って来んのは当たり前やろ?ここより、“自由な空気”を味わってしもたら、俄然やる気出して実績を残して、“残留”しようと考えるんは、自然な流れやないか!最初から間違いだらけにしてしもうた責任の“片棒”は、総務が担いだも同然やぞ!」と詰問した。「あ、いや・・・、“体力勝負”の世界に、ここの数倍の“暑さ”を考えれば、ベテランでは持たないと考えまして・・・、それに“順応性”を考慮しますと、若手に委ねるしか無いと・・・」総務部長は必死に言い訳を並べ様としたが「それが全て“裏目”にでとる!ここの戦力は足りんし、“経験や勘”を持った者まで、それこそ“手も脚も”送り込んでしもた!ワシなら、爺さんを送り込んで時間を稼ぎ、若手を中心に据えて力づくで、新機種を立ち上げる手を取る!今、国分で活躍中の若手は、“年寄りの圧政に喘いでいた”か、“場を与えられんかった者達”ばかりやで!これから、慎重に手を回して“取り返す算段”をせなアカンが、半年前に“逆”をやっておれば、何の苦労もせんと、国分は帰してくれたやろ。この責任の“片棒”も担いでもらうで!ええな?」と責任の分担を迫った。「はあ・・・、仰せの通りに」意気消沈して総務部長が答えると「まず、“正確な情報”を流せ!誰が捕まえられとるか?見通しはどうか?洗いざらい全部を全部門に出せ!そして、“誰を何時までに取り返す必要性があるか?”を調べて、用賀に流せ!優先度の高いヤツから、落としにかからんと、ホンマに何年かかるか?気の遠い話になるわ!正直な話、1年がかりになるヤツも出るかも知れんし、“残留と転籍”を認めなあかんケースもあるやろ!そうなる前に“決着”させるなら、手を組んで当たるしかあらへん!まず、“可及的速やか”に、帰してもらうヤツの“リストアップ”を急げ!現場は作る方で手一杯や。戦力を互角にせな、戦えんがな!専任のヤツを決めて早う動け!この1ヶ月は1年に相当するんや。遅れたら、それこそ一大事やで!約150名を速やかに戻して、売れる製品をしこたま、こさえんといかん!来週の半ばに国分へ乗り込む。それまでに早うかかれや!」「分かりました。今週末を目処に至急、調査してお送りします!」「ええか、大車輪やぞ!」田納本部長は念を押すと、駅へ向かった。総務部長は、「赤羽を呼べ!現地に精通して、現場からも信頼の厚いヤツは、あの者しかおらん!」と言って“召喚”した。赤羽にして見れば、“泥舟を修理しろ!”としか聞こえない無茶な仕事ではあったが、他に“余人を持って充てられない”と悟り、部長からの無茶振りを受けるしか無かった。国分に駐在して居る田中さんと連絡を取り情勢を探ると、かなり“危機的な状況下にある”のは、直ぐに察しが付いた。赤羽は、O工場の現場を回り話を聞き、現状を打破する“人材のリスト”を作り上げたが、明らかに“横車を強引に押さねばならない”現実に啞然とした。「とんでも無い事を引き受けちまったな!」赤羽は臍を噛むしか無かったが、この男“転んでもタダでは起きない”を地で行くしたたか者だった。田中さんから、僕のデスクのFAX番号を聞き出すと、直ぐにFAXを送って来た。“プロテクトリストに誰が記載されているか?教えてくれ”と言うのだ。「流石に赤羽の野郎だ!先を読んで手を回して来るとは、ヤツらしい手口だな」僕はクスリと笑った。如何にも、赤羽らしい手口だし、こちらの腹を見透かすかの様な“依頼”を持って来るのは、“残留や転籍”を警戒している何よりの“証拠”に他ならなかった。「ヤツに噛み付かれると厄介だな。“知らぬ存ぜぬ”では通るまい!さて、どう返したものか?」僕が知り得ている範囲は、半導体部品事業本部内の“情報”に限られていた。そして、基本的には“全員がプロテクト対象者”だった。だが、“安さん”からは“数名を盾代わりに差し出すかも知れん”と耳打ちはされていた。全てを明らかにする必要は無いが、丸っきりの“嘘”を書くのも疑われる恐れがあった。意外と赤羽は侮れない存在だった。“半導体部品に限れば、全員がプロテクトの対象者なり。他の本部に関しては不明。なお、若干の譲歩はあるやも知れず”と書き送るしか無かった。個々人毎の対応は、個々人毎に違うはずなので、敢えて記載は控えた。特に僕の事は、出来る限り知られたくは無いので、一切触れなかった。それでも、まともな“情報”を流してのは僕だけだったらしく、後刻“感謝する”旨を記したFAXが届いた。赤羽は、苦心惨憺の末に“可及的速やかに帰還させるべき人材リスト”を完成させて、用賀に送った。その中には、僕や美登里、鎌倉の名は無かった。赤羽は僕等の“意向”を汲んで、敢えて対象から外したのだった。

「来たか!どないなっとる?」用賀で待ち受けていた田納さんは、身を乗り出して小林さんに尋ねた。「ざっと目を通した範囲では、50名程度にマーキングがされています!」「さよか。それは厳しいな。30名が限度やないか?ともかく、見せてくれ!」田納さんは、赤羽が作成したリストを睨んだ。「ダイキャスト関係と樹脂成型関係が急務やな!基幹部品の加工を優先させるのは、ある種必然性がある!これはええ。問題は、O工場が欲しがっとる人材が、軒並み“プロテクトリスト”入りしとる事や。これは、骨やぞ!」田納さんは、策を巡らせ始めた。出来れば“避けて通りたい”半導体部品に“総突撃”を敢行する必要があるからだ。第2次隊の主力の大半。それも、鍵を握っている人材全てが、“半導体部品事業本部”の“傘下事業部”に属しているからだ。「安田に岩留が相手か?差し詰め“難攻不落の要塞”に挑まにゃならんな。正面からは“落ちない”だろうが、203高地から砲撃出来れば、活路はあるやろ!各1名でも取れれば、今回は万々歳やろな!」「しかし、それでは、戦果が少なすぎます!納得させられますか?」「“させられる”では無く“させる”んや!強敵相手に“善戦したで!”と言えれば、それでええ。あそこを攻略するには、どうしても時間が必要や。一辺に“落とせる城”ではあらへんがな!じっくりと相手の出方を伺い、こっちも兵力を整えてから、“総攻撃”に移るしか無い。最後は、会長に頼ってでも“落としにかかる”が、今は“小競り合い”に終始したかてかまへんがな。半導体以外は予定通りに進めるが、多少のゴタゴタはしゃあない。それで30名が揃えばええんや!O工場には、“我慢”の2文字と“実力主義”ゆう“言葉の意味”を知らしめんとあかん!そうやないと、誰も帰って来なくなるだけや!」夕方の陽を浴びて田納さんは言った。「放牧した者を捕まえるんや。ある程度の苦労は仕方ないやろ?」タバコの煙が揺れた。

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