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縄文人(見習い)の糸魚川発!

ヒスイの故郷、糸魚川のヒスイ職人が、縄文・整体・自然農法をライフワークに情報発信!

春よ来い・・・糸魚川駅北火災復興支援ボランティア

2017年01月14日 17時21分57秒 | 糸魚川自慢

連休が終わって、糸魚川駅北火災の支援ボランティアに一つの節目が来た。

県外市外のボランティアが少なくなり、今後は地元企業が社員をボランティア派遣するそうだ。

私も2週間近くボランティアに携わっており、随分と仕事から離れていたので連休明けから仕事に復帰。

同時に我が家に居候していた山さんも、次の被災地に旅立っていった・・・熊本だそうだ。

2週間も苦楽と寝食を共にした戦友だから、感慨ひとしお。

世話になったお礼だと言って、最後の晩ご飯は山さんが営業再開した料亭「鶴来家」の仕出し弁当を買って来てくれて、家族全員で食卓を囲む。

 

瓦礫撤去を公的資金で賄うことになったが、私が被災地で出会った人々には、年金暮らしの独り暮らしのお年寄りも多かった。

自己負担ゼロで更地にして貰っても、住宅再建は難しい人達・・・地域コミュイニティが崩壊していくだろう。

我々が現場を離れてから急激に天候が悪化して、被災地に雪が積もった。

被災者には厳しい季節。

春が待ち遠しい。

童謡「春よ来い」は、明治から昭和にかけて活躍した糸魚川出身の歌人・随筆家・良寛研究家の相馬御風(ソウマギョフウ)の作詞。

御風の自宅は現存しており、奇しくも今回の火災でギリギリ被災を免れている。

子供時代を雪国で過ごした経験のある人なら、この唄の歌詞にリアリティーを感じるだろう。

今年ほど、この唄が身に沁みる年はない。

 

 

 


カントリージェントルマン・・・御風と石塚正英先生

2016年11月20日 20時13分51秒 | 糸魚川自慢

相馬御風(ソウマギョフウ)は、明治から昭和にかけて活躍した糸魚川出身の歌人、随筆家、作詞家、そして良寛研究家である。

新進気鋭の歌人だった若き日の相馬御風は、早稲田大学の校歌の作詞を依頼された事で脚光を浴びて、流行歌や歌謡曲、童謡の作詞と売れっ子文化人になっていった。

 

今日は旧知の東京電機大学教授の石塚正英先生が糸魚川市に来られて、御風の講演会があった。

せっかくだからと講演前に、「ぬなかわヒスイ工房」と稚児ケ池などをご案内。

石塚正英先生を稚児ケ池にご案内。小雨だったので傘と英国製ハンティングブーツを貸してあげたら、風貌と雰囲気、ツイードのジャケット姿もあいまって、これぞカントリージェントルマンと笑い合った(笑)

 

講演内容は流石で、あっという間の1時間を堪能。

御風関連の講演会というと、通常は文献の解説などだったりして睡魔との戦いなのだけど、石塚先生は御風の思想を産んだ背景を詳細に説明してくれて、ちっとも退屈しなかった。

会場は糸魚川市中央公民館で、ほぼ満席の盛況。

 

例えば、なんと若き日の御風は、アナーキスト(無政府主義者)の大杉栄に出会ってアナーキズムに共鳴していた!

石塚先生によると、アナーキズムを「無政府主義」と訳したのは誤訳で、本来は「支配を受けない人間復興主義」であるという。

しかし大杉は外的変革として社会変革を指向したに対し、御風は内的変革として自己の内面的改造を指向していった…との事。

その結果、惜しまれながらも華やかな東京での活動に終止符をうち、糸魚川に帰郷して良寛研究に打ち込んだ。

こんな御風観があったのか!と興味深く拝聴したが、話しの途中で膝を打った。

御風こそカントリージェントルマンぢゃないですか!

カントリージェントルマンはチャップリン映画の影響からか「田舎紳士」と訳されているけど、本来は社会の一線から離れた場所から中央を俯瞰して、一朝あると物申す、と檜舞台に出てくる教養人のこと。

政財界でいえば、戦前の白洲次郎がその典型だろうが、御風は思想界のカントリージェントルマンって訳って事か。

 

 

 

 

 


縄文の巨木信仰・・・長者ケ原遺跡はここが凄い!

2016年09月18日 09時02分52秒 | 糸魚川自慢

糸魚川市ライオンズクラブから、「海のヒスイ・ロード」講演会の依頼。

聞けば長者ケ原遺跡の除草ボランティアをしているとのことなので、この遺跡の見所を紹介する予定。

東京ドーム3個分の広大な敷地を持つこの遺跡は、住居区域は一割程度しか発掘されていないのだけど、中期(五千~四千年前)の関東甲信越に特有の円形集落。

ぬなかわヒスイ工房に訪れてきたお客様は、時間さえあれば長者ケ原遺跡にご案内しているので少なくとも年間三十人以上は案内しているハズ。

しかし何回説明しても飽きない魅力がこの遺跡にはある。

 復元されている長者ケ原遺跡の掘立柱建物遺構

 

具体的な見所はこのブログで紹介してきたので、おさらいがてら項目を並べると

例えば、復元竪穴住居の入り口が全て東を向いているというのは白老アイヌの民俗例と同じ!

円形集落にある広場は祖先の墓域!

ゴミ捨て場以降が集落の東の端!

そして掘立柱建物遺構の柱の異常な太さは、即ち巨木信仰だった!・・・かも(笑)

 

北陸から東北にかけての日本海側の縄文遺跡の住居は、他の地域に比べると太い柱を持つのが一般的。

それにしても長者ケ原遺跡の掘立柱建物遺構は八畳ほどの広さに不必要なほど太く、大人一抱えはある極太の柱を持っている。

哲学者の梅原猛によると、ハシとは橋や箸に代表されるように離れた二点を繋ぐもの、ラはアイヌ語で降りるという動詞だからして、ハシラとは天と地を繋ぎ神が降りてくるという意味を持つ、という解読をしている。

だとすると、長者ケ原遺跡の掘立柱建物の不必要に太い柱は、豪雪に耐える神宿る憑代たるチカラのあるもの、という想いが籠められているのかも。

10月27日のライオンズクラブでこんな話をしたい。

考古学に民俗学的な視点を加えると、より身近な興味が湧くのだよ。

 

 

 

 

 


糸魚川市に誕生した「ゲストハウス山楽」・・・1泊1,000円から!

2016年05月01日 07時18分30秒 | 糸魚川自慢

糸魚川市能生町柵口といば、俗に能生谷と呼ばれる温泉の沸く地域。

権現岳に登山する玄関口と近くにシャルマン火打ちスキー場がある立地から、大きな旅館がいくつかあるのだが、設備が老朽化して使われていない旅館を買い取ってゲストハウスを作った友人がいる。

オーナーは縁あって糸魚川市にIターンした榮君で、ゲストハウスの名前は「ゲストハウス山楽」である。

http://www.sudomari.net/

ゲストハウスにしてはやたらにでかい規模だから冬季の暖房も大変で、温泉無しという条件なのであの手この手の集客に懸命だ。ロビーの真ん前に溜め池と渓流があるので、テッピー作りや竪穴住居作り、ボートハウスをご提案(笑)

 

なんと寝袋持参から1泊1,000円、布団付きなら2,500円という国内きっての格安料金!

今時は東南アジアやインドでも1,000円以下で泊まれるゲストハウスが少なくなってきているのだよ。

彼は音楽好きだから取敢えずミュージシャンを呼んでのライブ企画なんかしているが、その一環として私に民族楽器作りワークショップを依頼してきた。

私も元バックパッカー・・・格安のゲストハウスにはノスタルジーを感じるし、何より多くの仲間ができるこんな企画は大賛成!

この5月連休には初めてのライブ企画で勝負だ。

5月3日は私とも縁のあるジュンノスのライブで、私は前座でワークショップを務める予定。ワークショップは18時から1時間前後、参加費用500円で作った楽器をお土産にできる。とりあえず前回は受けていたようだし、フェイスブックで紹介したら市外の友人達が駆けつけてくれるそうだ。

県外市外から音楽好きが集まって盛況のようだ。酔っぱらってやって来た地元のオジサンたちも喜んでいた。

ガンバレ~!

 

 

 

 

 


そんな訳でそんな事になったのでヨロシク!・・・今年のけんか祭りは特別ぢゃった。

2016年04月12日 06時44分57秒 | 糸魚川自慢

四月十日の「けんか祭り」終了。

今年は六年毎の諏訪大社の御柱の開催年と重なったので特別な年。

諏訪大社下社の神様は我らが奴奈川姫の子供の建御名方神。

下社の木落しが今年は丁度四月十日だそうで、諏訪の友人達と同じ日に祭りを祝った事になる。

因みに諏訪市には、「スワミイズム」という縄文文化と諏訪の民俗学を研究する市民文化団体があり、交流があるのだ。

そして今年の祭りが特別なのは・・・ちょっと一身上の都合もある。

そんな訳で、今年の祭りは友人のアマチュアカメラマンの赤野さんが、私と寺町区に密着取材してくれる事になった。

また首都圏を始めとして糸魚川市外、県外の友人達もお祝いに駆けつけてくれたので、何時もより沢山写真を送って貰った。

今回はその抜粋。

祭の朝は禊から始まる。海に入る直前。(赤野さん撮影)

祭の最前列で神の到来を告げ、場を祓う「除魔・・・ジョウバ」が獅子を被っていない状態の珍しい写真(赤野さん」撮影)

ジョウバに頭を齧られると賢くなるのでR。(赤野さん撮影)

けんか神輿のスタート!疾走する寺町(赤野さん撮影)

神輿の激突!(新潟市の椿さん撮影)

数度に渡る神輿の競り合いと競争を終えた後、男たちは東西に位置する「踏ん張り桟敷」に駆け戻り、勝ち名乗りを挙げる。押上区は祭り装束が派手なので満開の桜が似合う。(東京在住の幼馴染、中村直子さん撮影)

祭直後に市役所にある重要書類を提出・・・帰りに糸魚川市長に会ったので、糸魚川市に人口が増えた事を報告したら、フェイスブックに上げていい?って聞かれた(笑)

遠路はるばる駆けつけてくれた友人達、新たに親戚になった人々と祝杯を挙げた。中央の美人は柏崎市宮川の「うみカフェDONA」のマダムで、たった今私の義理の姉になったばかりの女性(笑)

 

普段は会えない友人達よ・・・そんな訳でそんな事になったので、そこのとこヨロシク!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


奇跡の晴天後、猛吹雪・・・あんこう祭り

2016年01月25日 18時34分11秒 | 糸魚川自慢

1月24日は「糸魚川荒波あんこう祭り」。

前日からの雪景色が、あんこうを吊るし切りする時だけ奇跡的に晴天となった。

現在は閑散としたシャッター街になってしまった本町通りが賑わったし、大勢の友人知人達もボランティア参加していた。

富山湾の中でも糸魚川沖だけが、何故かあんこうの漁場だそう。

日頃は魚市場でセリをしているKさんは包丁を持たないそうだが、各地のイベントであんこう吊るし切りの実演をしている。インカムを付けてのMCも「あんこうは鮟鱇と書きますが、安くて健康にいい魚という事なんです!」と堂に入っていた。

 

小学校の帰り道、駅前の食堂の裏であんこうの吊るし切りしている場面に出くわして、しゃがみ込んで見学してたっけ。

第1回目の吊るし切り実演が終わった後くらいから曇り出し、やがて猛吹雪になってしまったけど、熱い仲間たちに声援を送りつつ帰路についた。

一の宮も雪の中・・・熱い男たちの「けんか祭り」まであと三ケ月だ。

 

あんこう自慢より、吹雪に敗けず糸魚川を盛り立てたいと集う仲間たちが自慢・・・。

 


縄文以来の能生川の鮭掴み取り

2015年11月23日 07時51分46秒 | 糸魚川自慢

糸魚川市能生谷地区在住の友人、イギリス人のマットから鮭掴み取りイベントのお誘い。

糸魚川在住20年近いマットは翻訳が仕事。イスラエル人の奥さんのタルは英語の先生だ。築二百年の古民家で、田舎暮らしを楽しんでおり、和食に造詣が深いし、自然農法の田んぼもやっている。

 

サーフィンポイントで有名な能生川河口には鮭の簗場(ヤナバ)があるのだけど、毎年鮭の掴み取りイベントをやっているのだと初めて知った。

糸魚川市の縄文遺跡から出土する動物遺体には、鮭の骨が多いと聞く。

もちろん鯛の骨やサメの骨も出土するのだけど、鮭の骨が圧倒的に多いのだそうだ。

ヤナで獲った鮭は、選別してメスはイクラを取った後に加工用、オスを掴み取りに回されていた。

老いも若きもスエーダー(胴まである長靴)を借りて掴み取り。子供用サイズも揃っている。浅瀬の鮭を掴むのがコツのようだ。参加料1500円は安い。

狩猟本能が目覚めてしまった女の図(笑)

 

鮭は海で獲ったほうが脂がのって美味いのだけど、恐らく縄文人達も現在の能生のように遡上した鮭を捕まえていたのではないだろうか。

アイヌ民族の民俗例では、燻製保存して主食にする場合は、遡上して産卵を終えた後の鮭の方が脂が抜けていて具合がいいそうだ。

私は縄文人も同様に燻製や乾燥加工などをして、冬の保存食にしていたのではないかと推測している。

もちろん、産卵を終えているので幾ら獲っても乱獲にはならないという良い事づくめの漁法なので、縄文以来のアイヌ文化の知恵と言える。

 

縄文遺跡の70%が東日本に集中しているという事は、ドングリ類や栗、トチなどの賢果類が豊富な落葉広葉樹林帯であった事と、わざわざ海に出なくても簡単に捕獲できて保存食に向いたシャケの存在も大きいと思う。

能生川河口左岸には、縄文遺跡もある・・・鮭の掴み取りで歓声をあげる風景は、この地区の縄文以来の風物詩なのかも知れない。

 


週末は糸魚川一の宮(天津神社・奴奈川神社)の秋の例大祭

2015年10月22日 22時21分30秒 | 糸魚川自慢

毎年10月24日は、曜日に関係なく糸魚川一の宮(天津神社・奴奈川神社)の秋季例大祭である。

春の「けんか祭り」は、激しい男祭り。

友人撮影のけんか祭り・・・よか写真

これも友人撮影。私は祭りの最中は写真撮ってる場合じゃないからね。因みにけんか祭りの写真は、大和川地区のペンションクルーの若旦那である岩崎さんの撮影です。

 

対して秋祭りは、巫女舞の奉納のみの女祭りである。

アルバイトと言えども、別嬪ぞろいの巫女さん達

スマホで撮影したのだけど、カメラ好きの友人から褒められた写真です(笑)

ジョウバ(除魔)も出ます。基本的に春祭りでジョウバだった人は秋にもジョウバで参加するので、私も獲物を探して境内をうろついています。ジョウバは厄除けに参拝者の頭を齧って歩くのが仕事・・・妙齢のご婦人の尻も齧るのは安産祈願の呪術・・・役得、いや、地域発展のための重要な任務なのです。

 

朝10時から式典が始まり、午前中には終わってしまうので、糸魚川市の人でも知らない人が多いようだ。

今年は珍しく土曜日なので、観たことない人は是非見学に来て頂きたい。

 

 

 


バリ島が糸魚川にもあった・・・グランフォンド糸魚川

2015年10月04日 21時35分21秒 | 糸魚川自慢

今年で11回目の開催になる「グランフォンド糸魚川」は、海抜ゼロの海岸から500mの高低差のダウンヒルコースを120キロの距離で駆け抜けるサイクリングイベント。

毎年参加募集と同時に定員を超えてしまう人気イベントである。

 

事務局の小島さん(タツミサイクル社長)には、日本海縄文カヌープロジェクトの活動で色々お世話になっているので、私は恩返しのつもりでボランティア参加して4年目になる。

今年の私は、広報車に乗ってサイクリストに先駆けてコースを走りながら、大音量の音楽を鳴らしてクマ除けするという係(笑)

冗談抜きに人気のない山間地が大部分なのだ。

そこで観た風景・・・感動した。

地元の私でさえ初めて観る山間部の景観は、バリ島の棚田、雲南省の集落、ネパールの丘陵そのまま。写真だと迫力が半分も伝わらないのが残念。

標高500m近い所から日本海が見える。海だけが糸魚川の魅力じゃないぜ!と実感。

 

しかしそれ以上に、小雨が降る人気の無い山奥で、何時来るかも知れないサイクリスト達を立って待ち続ける道案内のボランティア達の姿に感動した。

手がかじかむほど寒かったが、3~4時間は立ち続けていたのではないだろうか。

自分達は雨に濡れて立っているのに、車に乗った私にでさえ、笑顔でご苦労様!と労ってくれた。

我が故郷の人々は、なんて素朴で実直な愛すべき人々なのだろう。

インドネシアにあってバリ島は日本人に人情や情緒が似ていると感じるのだが、糸魚川の人々だってバリニーズみたいに素朴で実直だと思った。

 

どこの市町村でも似たようなもんだろうが、糸魚川で開催されるイベントは、行政主催・主導だと税金の無駄遣いと批判されるようなショボイ内容が多い。

ところが民間主催だと、全国から人が集まる人気イベントが多いのだ。

この差はなんだろう?

いっその事、行政はヘタにイベントを主催するより、有意の民間人にその分の予算を使わせたほうが耐費用効果は上がるのじゃないだろうか?

と、何人かの人が言っていました!(笑)


緊急事態発生!岩牡蠣・栄螺連合がやってきた

2015年08月03日 21時09分18秒 | 糸魚川自慢

盛夏である。

夕方、汗だくになって帰宅したら、友人から岩牡蠣と栄螺が10キロほどド~ンと届いていた。

糸魚川市の岩牡蠣は今が旬。でっかくて甘い。

 

持つべきものは友!豊穣の海に感謝!!

しっかしよう、我が家は三人家族だから、こんなにあってどうすんだあ・・・。

お裾分けしたいので、欲しい人、手を挙げなさ~い!