縄文人(見習い)の糸魚川発!

ヒスイの故郷、糸魚川のヒスイ職人が、縄文・整体・自然農法をライフワークに情報発信!

国内最大級の縄文丸木舟が糸魚川から出土したって?

2020年02月23日 22時20分21秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

糸魚川の「寺地遺跡」から出土した3,000年前の木片が、新潟県内2例目となる「国内最大級の可能能」のある「縄文丸木舟と断定」と2月23日付けの朝刊に出ておりましたが・・・。

国指定縄文遺跡「寺地遺跡」は、晩期を中心にしたヒスイ加工遺跡。

出土した6本の杉柱の柱痕は国内初の木柱列遺構とされておりますので、県外から訪れるスピリチャル系の方も多いのですが、案内すると復元状態が中途半端過ぎてみなさんガッカリされますのデス(笑)

朝刊には、糸魚川市文化振興課による「・・・海用の大型縄文丸木舟が出土し、縄文時代におけるヒスイ交易の具体像を知る上で画期的な発見」とのコメントが出ていた。

これが報道されていた木片だが、たった90×38×10㎝の木片が出土しただけで、国内最大級の丸木舟の可能性も、海用であった可能性も「断定」できないでしょうに( ´艸`)

私は福井県「鳥浜貝塚」出土の幅60㎝クラスの丸木舟レプリカを漕ぎ、自作した幅60㎝の丸木舟で検証実験と長距離航海をした経験があるが、そのクラスで海に漕ぎだすとアウトリガーを付けるか双胴船にしないと転覆しやすく荷物も積めないので、例えばシーカヤックで「海のヒスイロード検証航海実験」の一環として、2か月半も掛かった糸魚川~青森県「三内丸山遺跡」までの780キロ航海は無理だと身に染みて実感している。

鳥浜貝塚での漕航実験をしたが、静水面であっても座って漕ぐとグラグラと転覆しそうになるので、SAP(マリンスポーツの一種でスタンディング・パドル・ボードの略称)のように立って漕いでいる所。

糸魚川市文化振興課はずいぶんと思い切ったコメントをしたもんだが、希望的観測が過ぎるのではないだろうか?

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旅する月光仮面は75歳!・・・自立自律の旅人

2019年09月02日 08時14分24秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

8月最後の週末は、たて続けに3組の来客で相変わらずの千客万来のぬなかわヒスイ工房。

金曜の午前中は大雨の中、突然にずぶ濡れの男性が工房にやって来て「どちら様で?」と聞くと「山形で会った沖縄の片山だけど、覚えてる?」

「え”~、スーパーカブ乗りの片山さん?!」

5年前の海のヒスイロード検証実験航海の時に、山形県遊佐町ののキャンプ場で会ったスーパーカブで旅する沖縄の片山さんと解り。工房に招きいれる。

酷い天気なので自宅に泊まっていったら?とお誘いしたが、小一時間ほど旧交を温めただけで、先を急ぐからと颯爽と西に去っていった。

北九州生まれで長年に渡り沖縄で海人生活、子供が巣立った後は沖縄を拠点に旅暮らしという人生経験豊富な男性だから、聞きたい話は山とあるのだが、恰好良すぎるぞ、75歳の片山さん!

さっと来てさっと帰っていく月光仮面や仮面ライダーかというくらいの潔さ!男らしいなぁ・・・。

自立・自律して人生経験豊富な逞しい人、こんな人に縄文なるものを感じる。

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梅雨入り前の嵐・・・五千年前の海のヒスイロードを偲ぶ。

2017年06月02日 08時36分47秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

昨夜来から梅雨入り前の暴風雨。

3年前の今頃は、海のヒスイロード検証実験航海で、青森を目指して単独シーカヤックを漕いでいた。

出航は天気晴朗なれど波高しという海況だったが、出航2日目に暴風雨で6日間の停滞。

 

出航は5月前半で、新潟県内は西風が吹くと時化模様になり、そのまま暴風雨に成長というパターンが多く苦労した海域。

人家まで歩いて30分以上かかる、遮るものの何もない海岸に限って、暴風雨に遭遇してしまうのは何故?(笑)

大河津分水河口にて。無人の海岸で5日前後の停滞キャンプを四回経験した。

度重なる暴風雨で、新潟市目前でついにテントが破れ、ポールも折れた。愛艇の赤い旗が真横になびいていることに注目して欲しい。

暴風雨でテントが飛ばされないように、重石になる漂着物を拾ってはテントの杭の上に置いた。

やむなく廃屋で野宿した事も、今となっては懐かしい思い出。

 

新潟県内だけで1か月もかかるような航海では、先がどうなる事かと心配になった。

ところが新潟県最北の村上市から東北は晴天、無風という有難い海況が続き、航海は順調。

東北の梅雨の海は穏やかなのだ。

五千年前に青森の三内丸山遺跡までヒスイを運んだ海のヒスイロードの航海者たちは、梅雨時期に航海していたのではないかと思っている。

 

 

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縄文女子増殖中!

2017年03月16日 08時15分34秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

南魚沼のカフェ「GaiA」の主、原君夫妻が、夏休みの縄文イベントの相談がてら新顔の縄文女子を連れて来訪。

原君は南魚沼出身の朴訥とした天然ユルキャラで、奥さんのユキちゃんは東京生まれの聡明なバイリンギャル。

出自がまったく違い、対照的な個性なのに、今や同じカラーの南魚沼原人系で、夫婦って面白い(笑)

敬意を持ってハラ原人と呼んでいる。

長者ケ原遺跡に案内したら、フキノトウが今が盛りと咲き誇っており、早速採取する当りは、流石に原人のユキちゃん。

 

さて、新顔の縄文ガールだけど、大学時代から遺跡発掘に明け暮れていた本格派で、今も介護の仕事をしながら縄文女子仲間と縄文土器を作っているらしい。

つい最近も、富山の意欲的な女性学芸員さんと友達になったばかりで、世の流行とは無関係に縄文女子が増殖している事が頼もしい。

秋には世界を股にかけて活躍するクリスタルボウルの伝道師、牧野持侑(まきのじゅん)さんが糸魚川に遊びに来てくれる。

クリスタルボウルを演奏する牧野持侑さん。

 

牧野さんは昨年に糸魚川ヒスイ製のクリスタルボウルを開発して、横浜でのお披露目コンサート「縄文の響き」を開催した。

私が縄文の伝道師であり(笑)、石笛作りを得意とするヒスイ職人という噂を聞きつけて、ゲスト出演者として招かれて以来のお友達。

願わくば、糸魚川ヒスイ製のクリスタルボウルの里帰りコンサートを長者ケ原遺跡でやってもらえたら、と思っている。

この件は牧野さんからは快諾して頂いているので、後は行政の許可と仲間作りと具体的な計画作り。

幸いにもノリのいい縄文仲間が増えているのだ。

世界に誇る糸魚川の文化遺産、長者ケ原遺跡を大いに活用して糸魚川ここにありを示したいし、併せて縄文文化を広めていけたら幸いである。

 

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主役はあなた、私はお手伝い・・・原子力から原始力へ

2017年03月12日 23時35分07秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

6年前の3・11の後、「原子力から原始力へ!」という言葉が閃いた。

プリミティブな生活技術の復興、そして自立・自律した生活態度の復活、すなわち人間復興・・・。

それはUターン帰郷した翌年の事だったが、日本海縄文カヌープロジェクトを開始した直後の出来事で、その活動の存在意義を見出したのである。

以来、縄文文化の体験会を主宰したり、各種団体から頼まれて企画したりしていたのだが、人集めや準備まで全て自分でやっていたので、多忙過ぎて体調を崩したり、仕事も満足にできずに経済的にも深刻な状態になってしまい、現在は休止している。

糸魚川が誇る国指定縄文遺跡の長者ケ原遺跡で縄文キャンプをした時の写真

 

手伝いたいという仲間がいても、縄文体験会に必要な資材を用意するのはそれなりの知識や技術も必要であり、残念ながら糸魚川にはそんな人はおらず、また体験会の存在意義を痛切、熱烈に感じている仲間がいなければ、人集めもおざなりとなり、準備も含めて私一人が背負ってしまう事になるのだ。

助成金や寄付金で予算があるので企画と当日の講師だけを頼むという事で了解して、蓋を開けてみたら参加者ゼロという事もあった。

宣伝告知に多大なお金をかけているのに・・・この時は私の個人的な友達ネットワークだけで30名ちかい参加者を集めて事なきを得た。

実際に煮炊きできる縄文土器を作っているので、縄文料理体験会だって可能。

火起こしは定番。写真は原始技術研究家で私の恩師の関根秀樹先生を糸魚川での体験会に招いた時のもの。

 

お金があればいいってもんじゃない。

主催者が必然性をどれだけ感じているのかの熱意が問題なのだ。

ところが・・・。

縄文やヒスイに興味を持った人が年々私を訪ねてくるようになり、現在は年間で50名前後も糸魚川の縄文遺跡などを案内したり、市外や県外から体験会や講演会を頼まれるようにもなり、これはこれで愉しいのだけど本業のヒスイ仕事が疎かになりつつある。

糸魚川産の鉱物と植物だけで11色の顔料も作った事もある。すなわち縄文絵具!

取材にきた新聞記者さんを血祭りにあげてやった(笑)・・・赤い色は、「もののけ姫」のフェイスペインティングと同じベンガラ(酸化鉄)である。

 

そこでだ、今後は縄文体験をしたいという人がいれば、その人に仲間を集めて貰い、私がプロデユースと、望まれれば体験会の講師をするという方針にすれば負担が少ないと気が付いた。

必要な資材の調達や人集めは主催者に任せて、私は企画のサポートとガイド役に徹すればいい。

主役はあなた、私はお手伝い。

そんな提案でも是とする仲間のネットワークが広がっているのである。

 

 

 

 

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硬派なアウトドア雑誌「Fielder」・・・編集部探訪!

2016年08月29日 22時56分29秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

日本海縄文カヌープロジェクトの丸木舟作りの記事を掲載してくれたアウトドア雑誌「Fielder Vol,29」の献本が届いた。

今月号のテーマは「原始遊戯」で、友人の石川仁さんが関係している葦船プロジェクト記事や、石器の作り方などが紹介されている硬派なアウトドア紹介記事満載。

日本海縄文カヌープロジェクトの紹介記事では、クルーのR君もばっちり写っている。

葦船紹介記事・・・知人の顔がチラホラ見えます。

石器作り記事には?という部分もあったが、相当に手間暇かけて作っているのが解る内容。

 

献本が届いた時は折しも上京する間際だったので、上京ついでに上野にある笠倉出版編集部を訪ねて記事を書いてくれたTさんにお礼をしてきた。

私の東京での定宿は浅草の友人宅で、編集部の入っているビルまで自転車でほんの10分ほどの距離なのだ。

電話やメールでやり取りしていたけど、Tさんに会うのは初めてで同じ新潟県人だった。

締切当日は徹夜した様子で、早朝6時に校正原稿がメールされて、その後の最終確認は朝8時前の電話(笑)

雑誌編集者って本当に大変だ。

売れて欲しいし、同じく硬派なアウトドア雑誌だった「out door」のように廃刊にならないように応援したいもんである。

 

 

 

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硬派なアウトドア雑誌「Fielder」にエールを!

2016年08月18日 08時32分44秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

本日は取材されている雑誌とネット記事の校正締切日が二つ重なっている。

18日は出版業界の原稿締日という掟があるらしい(笑)

一つは某旅行ウエブ雑誌のカタログに糸魚川ヒスイの紹介で、こちらは写真と短文だけ。

一つはコンビニで売られているアウトドア雑誌の「Fielder」からの丸木舟作りの記事で、送られてきた見本雑誌は廃刊になったアウトドア雑誌「outdoor」や創刊時の「ビーパル」を想わせる硬派な内容。

「Fielder」で紹介されている虫の獲り方と食い方記事(笑)

テント無しの野宿方法紹介記事は、創刊時のビーパルがサバイバル記事をよくやっていた。

 

バブル期の頃から「ビーパル」はカタログ雑誌やアウトドア入門者向けに方向転換して生き残ったが、硬派な雑誌作りを貫いた「outdoor」、それに「ナイフマガジン」は廃刊となり残念。

硬派な本が売れない時代に、「Fielder」の雑誌作りにエールを送りたい。

今朝は6時から編集者とメールと電話のやり取りをしていたが、雑誌編集者って大変だ。

 

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縄文人にとって特別だったイノシシ・・・お盆特別投稿(笑)

2016年08月12日 12時03分39秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

長野県で害獣駆除でイノシシを狩猟をしている女友達のMさんが、イノシシ肉の販売許可を取得した。

このたび上越市で自然食品をしている「八百屋の土田」でも販売できるようになり、好評のようだ。

ルックスややっている事から縄文女子に見られているM女子は、実は縄文時代に詳しくないのだけど、興味深々。

彼女のために縄文時代のイノシシについてのウンチクネタを披露したい。

左は狩猟犬らしい。奥は熊?

 

縄文時代は土偶が作られていたのだけど、その多くは人間とも動物ともつかない姿をしており、精霊などではないかとされている。

稀に動物そのもの土偶もあり、多くはイノシシである。

縄文時代はイノシシやシカ、ウサギなども食っていた筈だけど、何故か土偶はイノシシだけしか出土していない。

恐らく、鋭い牙を持ち勇猛で精強・多産・美味いと三拍子揃っているから縄文人にとって特別な獣であったからと推測されているが、毛皮も温かそうだから防寒着に活用されていたに違いない。

そして多くのイノシシ土偶には模様が線刻模様が施されており、その模様から子供のイノシシ(ウリボウ)であるらしい。

写真は青森県立郷土博物館のイノシシ土偶。

お盆のお供えのナスやキュウリにマッチ棒で脚を付けた馬に似ていないか?

お盆時期にイノシシ土偶を祭壇に飾って、先祖へのお供え、あるいはイノシシが沢山獲れるように祈っている縄文人の姿を想像すると楽しいではないか。

右がステゴザウルス・・・ではなく、狩猟の際に追い詰めた獲物に毛を逆立てて威嚇している犬と推測されているが、ステゴザウルス説も捨てがたい(笑)

左の白いのは、獲物に飛びかかる直前の身構えた犬かな?

 

 

 

 

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夏が来れば思い出す・・・工業高校のコンクリートカヌー

2016年08月02日 09時19分08秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

三年程前の夏、上越市の工業高校の先生から頼まれて、全国の工業高校や大学が参加するコンクリートカヌー大会出場のためのカヌー作りを頼まれた。

私は丸木舟なら作った事はあるが、コンクリートカヌーなんて作った事はない。

かろうじて大会に間に合ったコンクリートカヌー。精度が・・・(笑)

 

それでも船の事なら多少の知識があるし、しかも1級土木施工管理技士とコンクリート技師の資格を持つ元橋梁設計士!

早さと安定性という相反する性能を持つ船型や、コンクリート配合設計、施工方法などアドバイスした。

ところが肝心の高校生にその技術を理解できるほどの知識の受け皿と、もの作りノウハウがない(笑)

出来上がったカヌーを見て暗然とした・・・船型も酷いが精度が悪過ぎる・・・。

進水式は校舎裏にある高田城のお堀。

船縁が浅すぎて乗るだけで水が入ってきたが、設計時にはその事へのアドバイスはしてあったのでR。

「こら~!沖にでるな~!沖は慣れてからにしろ~!」という私の怒鳴り声が聞こえたのか聞こえなかったのか、漕ぎ手の高校生は冒険心を押さえ切れずに沖に漕ぎ出したのであった・・・この直後に悲劇が・・・。

 

ハシャグぐ高校生に「真面目にやれ~!」と怒鳴っても、まだ子供の高校生達はキャーキャー言いながらお堀の真ん中あたりまで漕ぎ出して見事に沈没!

水没して見えなくなったカヌーをどうする?すぐ近くの自衛隊に出動要請するか?高田城の管理事務所に水を抜いて貰う???

1週間後の迫った大会をどうすんだあ????指導の先生と鳩首会議。

私の車には素潜り道具とロープ類は常備してあるので、お堀に潜ってカヌーを引き上げることに成功して、大会に出場できた。

城のお堀に潜った事のある人って、滅多にいないだろうねえ(笑)

あの時の高校生たちは今頃どうしているだろうか。

夏が来れば思い出す、暑くて熱い夏。

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いざ広島・・・十日間の講演会の旅

2016年07月15日 17時45分19秒 | 日本海縄文カヌープロジェクト

広島の市民グループから招待されて、十日間の予定で講演・体験会講師の旅に出ている。

出発する直前の午後11時まできっちり仕事して、自家用車を運転して徹夜で800キロの移動。

有難いことに移動日の夜のみ、招待先が予約してくれた広島駅前の「ニューヒロデン」に宿泊させて貰った。

 

安宿専門のバックパッカーの私は自腹ではまず宿泊しないシングルルーム1泊12,000円からという高いホテルなのに、宿泊客は外国人ばかりでロビーは英語やフランス語、アジア各国の言葉が飛び交っている国際的な雰囲気。

このホテルが素晴らしいのは、ロビーに置かれた両替機でドルやユーロだけではなくアジア各国の現金が両替出来るサービス。

今時の海外旅行ではATMさえあれば両替に不便はないのだけど、外国人旅行者にとっては手持ちの自国現金が気軽に両替できるのは結構有難いサービスなのだ。

特に国際的にマイナーなアジアの現金が外国で両替できるという事自体、長年に渡ってバックパッカーをしていた私でも初めてみるサービス。

例えばタイバーツといったマイナーな紙幣を日本で両替してくれる金融機関は少なく、手数料もそれなりに発生すると思うので、ニューヒロデンさんに置かれた両替機は利益を得る為というより顧客サービスに徹しているのではないだろうか?そうだったらエライもんだ。

広島に来ると必ず食べさせてもらうのがお好み焼き。東日本だと一つのお好み焼きを仲間で切り分けて食うのが一般的だけど、西日本だと一人で一つのお好み焼きを食うのである、という大きな違いがある事に気が付いたのはつい最近。

 

東京のホテルでも両替機が置かれているようだが、こんな外国人観光客受け入れのノウハウ・・・我が新潟も見倣った方が良い。

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