10月26日(火)のつぶやき

09:45 from jigtwi
先日触れたモルドヴァの件。英語版Wikipediaのモルドヴァの項目をエルジャ、モクシャ、ショクシャの3つに分割するのに協力して、という話。やはり当事者にとってはソ連が人工的に作ったもの、となるのですね。 http://ow.ly/19BTBS
by north_eurasia on Twitter
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ユーラシアの考古学・民族学・人類学 Vol.38 (2)

四半期に一度の楽しみが届く。ちょろんと目次の訳っぽいやつを。

Archaeology Ethnology & Anthoropology of Eurasia 38(2) 2010

1.古環境、石器時代
 (1)ムステリアン期におけるNakhicheven地方(註:アゼルバイジャン)の環境
 (2)南ヨーロッパへの人類の最初の進出の証拠:ドン川下流域から発掘されたラクダの骨の加工品

2.金属器時代、中世
 (1)Mergen-6遺跡(註:イルティシ川支流イシム川のイシム市付近)から見つかったコシュキノ文化の骨角器
 (2)イルティシ川中流域、17-18世紀のロシア人村落から発見されたガラスビーズに見る交易ネットワーク(超訳しすぎ>俺)
 (3)Oglakhty墓地(註:イェニセイ川上流、ハカス共和国のタシトゥイク文化期の遺跡)からの遺物のWiggle Matching法による放射性炭素年代測定
 (4)ノイン=ウラ遺跡(北モンゴル)から発見された植物性遺存体
 (5)土器の装飾塗料(註:釉薬ではなさそう)の元素分析から見た先史時代のカルパティア盆地における文化の長期継続性
 (6)ウラル東部から北欧、北東ヨーロッパの古代人の文化に見るエルク(註:ヘラジカ)の頭を模した棍棒について
 (7)北ユーラシア中世文化に見る「動物と騎乗者」のイメージを模した遺物群
 (8)Khar Chuluu:モンゴル西部アルタイの新たな岩絵遺跡

3.民族学
 (1)シベリアのブハラ人の系譜学:Imyaminov家
 (2)ヤクートの伝統的な結婚儀礼における服装(19-20世紀)
 (3)伝統的なハカス人の信仰におけるYzykh
 (4)ダフール人とバルガト人:民族史の諸問題

4.写真民族学
 (1)コミ=ペルミャクの伝統文化

5.人類学
 (1)朝鮮半島における人口史
 (2)Naberezhnye Chelny(註:タタールスタン共和国の都市)におけるロシア人、タタール人の子供の出生と成長


2の(1)(4)(6)(7)辺りがおもしろそうですねぇ。意外と3の(1)も面白そう。
ブハラから来てシベリアに定着し、シベリア=タタールになる人も多かったわけですが、それを一族の歴史から眺めてみるということのようで。

ブハラから来てシベリア=タタールになった一族というと、20世紀初頭の汎イスラム主義者、アブドュルレシト=イブラヒムの出身がそれですね。彼の先祖はブハラの羽振りのいい(?)商人だったという話ですが、彼のお父さんの頃にはうらぶれて寺子屋(笑)の先生かなんかやって食いつないでいたはず。

4の(1)の写真群も数は多くないけどコミ=ペルミャクの特徴がうかがえていいですね。
偶然にも最近、コミの伝統建築の解説書(写真集、図面集)を手に入れたところだったので、両方見比べてえへらえへらできそうですね。
結構大きくて立派なんですね>コミの家

と、書いては見たもののまだ読む時間が無いのでした。

P.S.タイトルがおかしかったので修正(2010.10.27)
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