![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/1c/ebfb3cb482067b75c353d82408beb96b.jpg)
よく食べます。
何とかしないと!と思って試しにやってみたこととは?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/04/ec38cb14a9cd981af1c64643fabcd054.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/28/7ebdfffd0d66be9e1437e8965281c832.jpg)
エサ入れの皿をかたずける
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/12/e2abecb197885498b1d10e1571906e9f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/4e/7988452078292b288ebcaa574a9fe8a8.jpg)
エサ入れの皿をかたずける
たったこれだけの事で我が家の猫たちは、あまりエサー!エサー!と泣かなくなり、またあまりつきまとわなくなってくれました。 私の人気が落ちただけだったりして、、。
太り過ぎで苦労している方は、是非ためしてみて下さい。
昴(すばる)も「のはら幼稚園」の卒園生だ。
幼稚園の時から宇宙人的な感覚?で、みんなを驚かせていた。宇宙人的というと本人に失礼にあたるかもしれないが、どんな感じかというと、いろんなことを考えて空想して視野の広い頭を持っていたようだ。
昴が入門した頃(平成17年)の日本の柔道はアニメ「Yawaraちゃん」のブームもあり、又かっこう良く外人選手を投げる日本人選手がたくさんいたおかげで各道場も入門者が多かったようだ。女子では田村亮子さん、谷本歩実さんとか、男子では井上康生さん、鈴木桂治さん、野村忠宏さんなど他にもたくさんいらっしゃった。
舟川柔道塾もその頃、園児年長ー7名、小1ー5名、小2ー6名、小3ー3名、小4ー8名、小5ー9名、小6ー5名、、、合計43名の小学生がいた。(そのうちの23名は経営する「のはら幼稚園」の卒園生・在園生でした) 在籍する保護者の方から、先生は何人まで入門をさせるつもりなのですか?とお叱りを受けたこともあるくらいに活気づいていました。 そういえば中学生も19名いたのですね、驚きます。いったいどうやって道場を割り振っていたのか?
「しゅばるね~、、、、。」といって私に話しかけていたころです。
近隣の大宮同好会さんが主催する「蓮見杯ー北関東少年柔道大会」で小2で出場した昴が大活躍で準優勝しました。
県大会小3の部で3位入賞しています。何気なく入賞しているところがお兄さんの翼(つばさ)そっくりで可愛いですね!お兄さん(目標)をおっかけていたみたいです。
醍醐杯で準優勝した時、お母さんは朝流れ星を見て何か予感がしたそうです。
昴、自信をもってやってほしい。
小さな頃は醍醐杯で準優勝に導いたり、6年ではキャプテンをして、誠錬館杯で入賞に導いたり、少年錬成大会でも入賞に導いたりしたのは何か宇宙の法則みたいなものを自然と会得しているのではないだろうか。自分にきびしく、仲間にやさしい性格がみんなを頑張らせていたのだろうか。
「しゅばるね~、勝ちました!」という報告を待っています。
初めて大きな大会で入賞したのは、平成18年11月に長野県で行われた醍醐敏郎杯でした。
先に紹介した今入晃也が入門した頃、ひと学年下にバケモノのような大きさで入門したのが「大野啓輔」です。
醍醐杯は低学年の部は先鋒から、小1・2・3・4・4という並びです。
ですから先鋒にバケモノの大野啓輔、次鋒にオオモノの今入晃也、中堅は八木沢昌也、副将は河野 光、大将に歴代キャプテンで紹介したの吉田 翼。これは頑張れば何とかなるんじゃないか?と思っていた大会3日前、、、。晃也が足に包帯を巻いてあらわれ、遊んでいて怪我をして試合に出られないと。
醍醐杯には2チーム出られるがBチームからの変更はできないので、Bチームの次鋒で出ている三男の広夢と五分五分の実力があった小川裕仁郎を抜擢しましたが、先鋒の大野啓輔の全勝のおかげで醍醐杯3位に初めて入賞したのです。小川裕仁郎も小さな体で大きな相手と引き分けたり大活躍でした。
遅くなるので早めに帰ることを告げると、醍醐先生が直接表彰して下さいました!
(左から、吉田 翼 河野 光 八木沢昌也 小川裕仁郎 大野啓輔)
(前列右から3人目が大野啓輔)
大野啓輔は個人でも頑張り、全国小学生学年別体重別には2年連続埼玉県代表で出場しています。
(小5の時、北海道にて)
先輩の今入晃也が全国大会に行かれなかったが、大野啓輔は全国ベスト8まで勝ち進みました。小5でベスト8で小6では全国優勝するくらいの素質はあると思いましたが、やはり私の指導不足でかないませんでした。
現在激戦区である東京の中学に行き、練習相手にも恵まれた環境で元気にやっていると聞きます。きっと良い報告をしてくれると信じて待っています。
みんなで頑張って、頑張っても優勝できなかった埼玉県少年柔道選手権大会の写真です。でも舟川柔道塾二度目の準優勝の立役者が大野啓輔でした。 2010年(平成22年)3月
(左から 折原精吾 大崎哲徳 大野啓輔 野原広夢 今入晃也)
岩井柔道塾は5月5日に行われる全国少年柔道大会で準優勝2回という凄い成績をおさめていますし、皆さんご存知ロンドンオリンピック女子57kg以下で優勝した松本薫さんの出身道場です。
私が通っていた頃はまだ小学生の大会にはあまり出ていなかったので、大会の思い出はほとんどありませんが、とにかく厳しい道場でした。
しかし岩井先生も病気をされ思うような指導をできないことと、沢山の道場を呼んで練習試合会をした方いいよと、石川県立工業高校の後輩で松任柔道スポーツ少年団の渡辺守君を紹介して頂きました。
また松任柔道スポーツ少年団には高校時代の恩師である埜谷勉先生が指導にあたられ、岩井先生も練習会場の啓武館に足を運ばれ、毎年二人の恩師にお会い出来る幸せな日々が続いています。
そしてこの練習会には年々強豪道場が集まるようになり、沢山の経験を積ませて頂いています。
(松任啓武館道場にて)
(バードハミング鳥越にて)
ですから小学生からの故郷である石川県の方にも頑張って欲しいと心から願い、心から感謝しています。このブログ投稿が間に合うなら、来たるマルちゃん杯中部大会で、松任柔道スポーツ少年団には是非全国出場を決めて欲しい思います!
(岩井柔道塾にて)
(岩井柔道塾にて)
(松任青少年宿泊研修センターの電車宿の中にて)