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ETV特集「言葉で奏でる音楽 ~吉田秀和の軌跡~」

2007-07-03 00:18:04 | その他の映像
 構想に十分に時間をかけ、原稿用紙に万年筆で書いた初稿をまた何度も最初から書き直しながら推敲する。譜例も楽譜をコピーして切り貼りするのではなく、自ら五線譜に筆写し、鋏と糊をつかって原稿用紙の余白に貼りつける。あの優美でありながら無駄のない磨きぬかれた文章はそうした手仕事によって生まれてきたのだった。

 堀江敏幸との対談は雑誌『考える人』をこれから読めばよいとしても、もう少しじっくりと見せてほしかったとも思う。それでも言葉と言葉との間を切り詰めずに編集していたせいで穏やかで品のよい話しぶりが印象に残り、そうした話しぶりと悠揚迫らぬ佇まいからにじみ出てくる明晰な知性や深い教養が印象深かった。

 中原中也や小林秀雄らとの交流はもう少し詳しく掘り下げてほしかったし、晩年のホロヴィッツの評価にしても氏自ら語ってはいたが、二度目の来日の評も紹介すべきではなかったかと思う。ただ日常生活の様子を詳しく紹介していて、半熟ゆで卵にドイツパンと紅茶、それにコーンフレークとヨーグルトの朝食へのこだわり、ハム、ソーセージを含め今も毎日肉類は食卓に上るとのこと。文人という言葉を想起する簡素な住まいも印象に残った。

 インタビュー中、例の「~か知らぬ」から転じた「~かしら」という終助詞が一度だけ出てきた。そういえば吉田秀和の隣人であったと記憶する小林秀雄は同じ語源の「~かしらん」の方を用いていた、という印象がある。(たとえば、手近にあった「ランボオII」には「そして今、私の頭にはまだ詩人という余計者を信ずる幻があるのかしらん。」とある。)


 NHK教育テレビ 2007年 7月 1日(日)午後10:00~午後11:30(90分)放映 


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 そういえばリスニング・ルームにあったスピーカーはドイツのELAC社の FS207.2 だろうか。すでに生産完了となっているようだ。


 2007.7.3 追記 2007.7.5 修正 

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 雑誌『考える人』2007年夏号の堀江敏幸によるインタビューを読む。

 ETV特集の収録と同じときのもので、NHKの番組の制作意図が吉田秀和という(他のジャンルに関する批評にも取り組みながら、音楽批評をより高めようとした)音楽評論家を取り上げることにあるのだとすれば、その素材として用いられたこのインタビューはフランス文学の翻訳者でもある作家による、翻訳者として出発した現存するもっともすぐれた日本語の書き手へのインタビューとしてなされたものだった。

 したがって吉田秀和の主要な著作や文章に触れながら、その文体とリズムがいかにして形成され、どのような姿勢で評論活動を行ってきたのかという点に焦点があてられている。

 なおETV特集について「言葉と言葉との間を切り詰めずに編集していた」と書いたが、実際にはカメラの切り返しでうまく編集していたようだ。放映されたものは、ホロヴィッツに関する発言に関してNHKに対するさりげない嫌味がカットされていた。

 2007.7.4 追記と修正 





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2 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
吉田秀和氏のスピーカー (Taru)
2007-07-05 09:18:33
先日のテレビを見て吉田秀和氏のリスニングルームのスピーカーが気になって検索をかけたらたどり着きました。
ドイツ製のスピーカーだったんですね。質素な和室においたシンプルなオーディオセットが印象的でした。イメージ通りの文人らしさでした。
大豪邸の広い一室でハイエンドオーディオで大音量で聞く吉田秀和。演奏評をパソコンで作ってメールで入稿する吉田秀和。そんなだとイメージ狂っちゃいます。
ちなみにあのスピーカー、どんな音かお聞きになられたことはありますか?
堀江氏のインタビューはこちら以外では浅いという批判もあったんですが雑誌の取材にNHKがついていったものだったんですか。放送でカットされたNHKについてのいやみがどんなだったか気になります。
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コメントありがとうございます。 (nocturnes_1875)
2007-07-05 21:58:58
 コメントありがとうございます。

 テレビを通じてクラシック初心者を含む不特定多数に向けて吉田秀和という批評家の人となりを伝えようとすればあれはあれでよかったのではないかと思います。仮に専門家による音楽批評に関する専門的なインタビューを行ったとしてもそれがテレビという媒体にふさわしいのか、むしろそれは専門的な雑誌に掲載するか単行本の形で出すべきものではないかと思うのです。

 そして7月4日付の追記に書いたような理由で、雑誌『考える人』に掲載されたインタビューの完全版にしても、熱心なクラシック・ファンにとっては物足りないものであるかも知れません。しかし、私には興味深い話題はいくつもありました。体験を言葉に翻訳するということに興味がおありでしたら、読むことをお薦めします。

 ELAC社のスピーカーについては最初に挙げた限定ヴァージョンではなく、通常ヴァージョンのチェリー仕上げかと思われるので訂正してあります。ただ、残念ながら私もこのモデルは聴いたことがないのです。

 
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