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ハイビジョン特集「漂泊のピアニスト アファナシエフ もののあはれを弾く」

2008-06-01 23:50:41 | その他の映像
 体制の抑圧という地獄を逃れて西側へ亡命したものの、そこでも商業主義による大衆化というもうひとつの地獄に行き着き、それらに背を向けて「隠者」として生きることを選んだメランコリックな芸術家の肖像。番組は自らを政治的亡命者であるともに、美学上の亡命者であると規定するヴァレリー・アファナシエフ自身のインタビューや自作の詩の朗読、それに簡単なバイオグラフィを素材として、このピアニストの特異な芸術観をまとめている。

 アファナシエフは幼少期に道に迷ったときに森の中で聴いた静寂の響きに深く心を捉えられてきたのだという。アファナシエフにとって静寂を感じることとは、世界と一対一で向かい合うことであり、それゆえ自らを存在者として存在せしめるのだという。とりわけ、音楽を学び始めた頃にソフロニツキイのピアノに沈黙の響きを聴きとって以来、静寂の中から立ち上り、静寂の中へと帰っていく音楽を奏でるとき、たとえフォルテシモで弾いているときでさえ、静寂を感じ続けることが大切なのだ、との認識に到ったと語っていたのが印象に残っている。

 こうした静寂への感受性が、やはりモスクワでの学生時代に読み耽った日本の古典文学にあらわれる「間」や「もののあはれ」の美学と出会う。「もののあはれ」とは、(アファナシエフによれば、)人生には出会いと別れ、幸福と不幸が入り混じっていて、それらは決して切り離しえないものであることによる感情に関わるものであり、『源氏物語』はそのことを何よりも美しく語っているという。そうして番組の終わりにアファナシエフ自身が「もののあはれ」の美学を体現する音楽であると語るシューベルトの最後のソナタの第一楽章が演奏される。

 演奏はこのほか、郷愁に満ちたシルヴェストロフの「オーラル・ミュージック」から第一番と第四番の2曲、ブラームスの三つの間奏曲から嬰ハ短調、それからシューベルトの「楽興の時」第二番変イ長調の5曲がこの番組のために収録されていて、いずれも秋が深まった京都の古刹の書院で、夜の闇に浮かび上がる紅葉を借景として弾かれる。余韻に溶けこむように幽かに聴こえる自然音も美しい。(但し、途中でフェードアウトされたり、ナレーションが重ねられたりしているものもあり、いずれ「クラシック倶楽部」の枠で完奏したものが放映されないものかと思う。)

 そういえばナレーションでは、アファナシエフが私淑する思想家として、ミシェル・フーコーやジャック・デリダの名が挙がっていたが、むしろウラジミール・ジャンケレヴィッチの方がしっくりとくるように感じた。この二人には何か接点があったのだろうか。アファナシエフの著作は邦訳も出ているようだし、調べてみようと思う。

 それから印象に残った言葉をひとつ。
 
 いつも心の中に持ち歩いている最愛のものを失うことはないのです。
 
これはピアニストが愛してやまないという京都の景観について述べた言葉だが、亡命者の口から漏れるとき、そこに深くノスタルジアが滲んでいるように感じ取れる。

 


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2 Comments

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番組を見ました (だーまだむ)
2008-10-30 22:50:25
はじめまして。
NHKハイビジョン特集の再放送を見て、ネットで調べていたらこちらにたどりついたものです。
拝見したブログの内容がとても素晴らしいと思って、勝手ながらリンクをはらせていただきました。
もしご不快などありましたら、すぐにやめようと思いますので、ご連絡頂ければと思います。

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こういう番組もあるようです (nocturnes_1875)
2008-11-03 23:09:08
だーまだむさん、こんにちは。

12月のハイビジョン クラシック倶楽部で「ワレリー・アファナシェフ in 京都」という番組を予定しているようです。

http://www.nhk.or.jp/bsclassic/hvcc/index.html

楽しみですね。
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