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春の雪溶けて流れて蝉しぐれ

2005年11月01日 | 映画
「蝉しぐれ」と「春の雪」といういわゆる文芸もの映画を観ました。
 藤沢周平、三島由紀夫のそれぞれ代表的な小説の映画化だけに、それぞれのファンはそのできに注目し、いろいろな感想をおもちでしょう。私自身どちらの小説も大変好きな作品で、いわば読んでから観た一人なわけです。ただ、映画と小説とは別物と考えていますから、やはり映画としてどうだったのか、物語なのか哲学なのか原作の何に光をあてるかが問題だと思うのです。

 たとえば、北野武「座頭市」は按摩のやくざ者で超人的な居合いの達人というほかは、もはや原作など見事に解体されていて、それでも原作と違うなどという文句はあまり聞いたことがないし、何より映画的な魅力にあふれています。

 では、この2本はどうなのか。どちらも純愛、悲恋といったラブストーリーに原作を特化して映画化したわけですが、それはそれでよいとしても、「蝉しぐれ」は脚本、キャスティング、カメラワーク、演出、いずれも映画的な興奮とはほど遠いものでした。
なぜアレほど赤茶けた色で夏を表現しなければなければならないのか(映画館が明るいので、こんないらいらするような色なのかと思ったのですが、同じ映画館で観た別の映画はきれいな色を出していました)。なぜ清流にほど遠い苔で濁った川を濁ったままで写したのか。何よりも夏のつややかな緑や熱していても澄んでいる夏の光がない。最良の基調音であるべき蝉しぐれが効果的な音楽として聞こえてこない。壮年にいたるまで愛を貫き通す理由が、ラブストーリーのエピソードとして欠けている、などなど上げればきりがありません。

「伊豆の踊り子」が何度も映画化されているように、この黒土監督作品をもって映画「蝉しぐれ」である必要はないわけで、他の監督が何度でもこの原作にチャレンジしていただきたいものだと思うのです。いまは、加藤泰ならどのように撮っただろうともはや不可能な願望をもって諦めるほかはないのでしょうか。
 藤沢ファンはきっともう映画化なぞしてくれるなといわれるかもしれませんが、ぜひ再度映画化の声をあげるべきだと思います。

 一方、「春の雪」は、カメラマンにリー・ピンビンを起用したことにつきるのではないでしょうか。あの横移動のカメラがなかったら映画「春の雪」は、観るべきものは若尾、岸田、大楠の老いた(でも美しい)大映女優トリオくらいになっていたのではないか。原作のもつ物語としての俗悪性に侵食されるほかはなかったのではないかと思います。舞台装置やロケーションもがんばっていたし、「瀬をはやみ」の百人一首の挿話など映画としてのラブストーリーを強化するための脚本の工夫があったり(最後に2人を蝶に化身させて輪廻転生にもっていったのはおとぎ話になりすぎですが)、原作のラブストーリーだけ抜き取って作った映画としては、それ故にうまくまとまっているのではないかと思いました。ただ、主人公の清顕が夢を見たあと、TVのサスペンス劇場のごとくうなされたようにガバっとおきるシーンや聡子役の竹内が、振袖の着物を重たそうに背中を丸めて歩く後ろ姿はなんとかしてほしかったし、海をストーリーの転調の重要なモチーフとして描いてほしかったと思います。原作で最も映画的なシーンと思われる転生の符丁ともいうべき腋の下の三つの星のような黒子が垣間見える場面を省いたのは、このラブストーリーには不要との判断でしょうが、映像としてみせてほしかった。

 いずれにしろこの「春の雪」は原作の持つ毒気、悪意、死への衝動、輪廻転生などはとりあえずはしょって映画化したわけで、こちらにもっと視点を移して作るためには、「天人五衰」の盲目になった美少年透が醜い狂女と結ばれるような「豊饒の海」4部作の他のモチーフがいかがわしく挿入されるとか、全く違った脚本が必要になったでしょう。 

 そんなわけで、「蝉しぐれ」と「春の雪」という文芸もの映画2作品をあえて比較すれば、「春の雪」に軍配をあげます。もちろん、これには何の意味もありませんが。どちらの原作ももっと違う映画になる可能性はあるだけに、これをもって唯一の映画作品にしてはならないと思います。プロデューサーは、きっと「春の雪」を市川雷蔵、若尾文子、増村保造監督で実現したかったのでしょうが、もはや不可能なら、ぜひ鈴木清順の荒唐無稽な「豊饒の海」を観てみたい。これを願うばかりです。
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