【時事(爺)放論】岳道茶房

話題いろいろだがね~
気楽に立寄ってちょ~

6/28産経抄

2010年06月28日 | コラム
6/28産経抄

 浅草を愛した永井荷風が、いつものように劇場で踊り子たちと歓談して帰る途中、顔見知りの街娼(がいしょう)に会った。昭和24年6月18日のことだ。隅田川のほとりに連れ出してしばらく話を聞き、謝礼のつもりで、百円札3枚を渡そうとした。

 「そんなに貰(もら)つちやわるいわよ」。若い娘は遠慮して受け取ろうとしない。荷風は、その日の日記『断腸亭日乗』に感激してつづる。「年は廿一二(ににじゅういちに)なるべし。その悪ずれせざる様子の可憐(かれん)なることそゞろに惻隠(そくいん)の情を催さしむ」。善良な娘の身の上話を小説の種にして、原稿料をむさぼるのは、売春行為より浅ましい、とも。

 先週、各地で開かれた株主総会や公開された有価証券報告書によって、1億円以上の役員報酬を得ている企業トップの名前が次々に明らかになった。「そんなにもらっちゃ悪い」と突き返す人はいなかったのか。もちろん、高額報酬と縁がない小欄からの、単なる言いがかりである。

 ところで、暮らしぶりこそ質素だったものの、荷風は大変なお金持ちだった。印税収入のほか、投資家としてもすご腕だったらしい。いつも持ち歩くボストンバッグに入っている預金通帳には、約2000万円の記入があった。

 今の物価で換算すると、1億円を超える額だ。荷風がそのバッグを電車の網棚に置いて盗まれ、ニュースになって世間に知られてしまった。幸い米兵が駅で拾い、中身もそのまま返ってきたものの、それからが大変だった。

 金を無心する手紙が、全国から自宅に殺到したのだ。「私のところは銀行じゃありません」。荷風がうんざり顔で語る、古い新聞記事も残っている。高額報酬を公表された方々にも、苦労があるのかもしれない。なんだか気の毒になってきた。


最新の画像もっと見る