ロシア日記

~ペルミより愛を込めて~
日本語教師と雪のダローガと足跡

~サンクトペテルブルグ~
雪の上の足跡

雪まつり

2012年12月31日 | 日記
 今日は、大晦日。記念すべきロシア初の大晦日は、生徒と一緒に第二回目のバレエ鑑賞へ行ってきました。その前に、ペルミの中心街を散策しました。私の住むところからバスで30分かけて行く中心街は、雪と建物が交互に十分な感覚をもって建てられている地です。そこから派手さや煌びやかさは一切見られることなく、余裕をもって作られたバスのロータリーの空きスペースに植えられた木にはクリスマスよろしくとってつけたような電飾がされています。けしてセンスがいいとは言えないその緑色の光は白い雪の中で小さく静かにぼおっと浮き出ています。
そもそもロシアのレストランや旅行代理店や事務所は開いているのか閉まっているのかわからないと前に書きましたが、どの建物も二重扉になっており、その奥で物事が機能しているものですから、表通りから中を覗こうとしても様子がわからないのです。
そのそれぞれの建物と雪が立ち並ぶ道を抜けた広い一角に作られていたのは雪の彫刻です。札幌の雪祭りは一度も行ったことがないけれど、ロシアのペルミで札幌の雪祭りを体感できるなんて感激です。巨大なクリスマスツリーの下には、彫刻のお城、雪の精や風車小屋、滑り台では子供たちが遊んでいます。小さなそりのようなものに跨って勢いよく上から滑ってくるのですが、なかのスピードと伸びで、人にぶつかる可能性もあり、スリリング満点で楽しそうです。ロシアの子どもはモコモコ着こんで丸々していて本当に可愛い(*^-^*)でも子供も例外なく無表情です 笑
 こちらの写真の彫刻はロシア版サンタクロースで、正式名称は『ジェットマロース』です。そしてロシアのジェットマロースにはなんと孫娘の『スニェグルーチカ』がいます。そしてロシアのクリスマスは、『ラジストヴァ』といい、こちらも日にちは12月25日ではなく、1月7日なのです。生徒の説明によると、昔ロシアではロシア正教もカトリックやプロテスタントと同じ日にちを使っていたらしいのですが、ある時から西ヨーロッパが新しい暦を取り入れたのに対し、ロシアだけそのまま古い暦のままだったからだそうです。
たくさん情報が入ってくる西ヨーロッパと違い、ロシアはまだまだわからないことだらけです。未知のヴェールに包まれたロシアを少しずつ知っていくことはとっても楽しいことです。バレエの話はまた今度😊♪
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ロシアまでの道

2012年12月20日 | 日記
 単一色の白い森をひた走る無機質なトラックの後ろ姿。きっと、運転手は骨抜きのアル中ドランカーで…毎日ウォッカばっかり喰らって…。と、どうしても暗いイメージの付きまとうプーチン率いるロシア大国ですが、この空港までの白一色の道が美しかったこと。森と雪のほかには何もなく、木は-20度の世界では、雪が留まり凍り付いて白い木に変えられ、思わずあーこれがロシアの原風景なのだとため息が出ました。人間は、あまりにもシンプルで美しいものを目にするとずっと見つめていられるのですね。私たちの世界が物で溢れすぎ、溶け合わない色で彩られすぎているせいでしょうか。煌びやかな都会も素敵だけど、ペルミの森に魅了され言葉を忘れた瞬間でした。
 
 
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冬の道

2012年12月15日 | 日記
今日は巡り巡って第2週目のお休みの日です。
昼2時過ぎまで寝て、少々、遅めの朝食を取り、突然やってきたセールスマンを追い返し、日本語文法と取っ組み合いをしていたらあっという間に夜になってしまいました。
思い切れば、町の中心街でもバレエ鑑賞でも行けたのに、やっぱり私ってどこまでも出不精なんだなと再認識し、でも1日1回ぐらいは外に出よう、外に出て、新鮮な外気を感じよう、体も動かそう、でも寒いし、特に出る必要もないしとさんざん迷った挙句、いつものように24デニールの厚手のタイツを履いてズボンを履き、セーターを2枚着て、マフラーで顔を覆って思い切ってスーパーへ行きました。
昨日から行きつけになったDVDショップへ入ると、昨日と同じ女の店員がいました。「ズラーストウィーチェ」挨拶をすると「ズラーストウィーチェ」とニコリともしないで返事が返ってきました。昨日買った『プラダを着た悪魔』が英語音声一切なしのロシア語ヴァージョンだったことを考慮し、ヒーロー、ヒロインがアニメだったらまだ違和感ないかなと思い、舞台もちょうどロシアのディズニーの『アナスタシア』にしてみることにしました。けれどそれを手に持ち、狭いビデオ屋を徘徊していると、もう一つディズニーの同じようなパッケージで、『アナスタシア』の他に『ムーラン』や『ポカホンタス』などが拍子に書かれているDVDパッケージを見つけました。これは、一つのDVDに6種類のディズニー映画が入っているようで、しかも値段も一つの『アナスタシア』と同じです。ためしにカウンターのお姉に「こっちのDVDは6つのストーリが入っているのですか」と聞いてみると、「ダー(はい)」という何とも素っ気ない一言が返ってきました。そうなのです。ロシアの店員は、これがロシアの文化かというくらい素気なく愛想がない。レストランのウェイターもデパートの売り子も、職場の警備員もバスの中の人々もみんなそう。も、どうしてロシアの人々はこんなに無表情なのだろう、これじゃ商売あがったりだよなぁ、やっぱり雪深いロシアの地が人々が笑うことを妨げてしまうのかな、などと考えました。でも今は、自然体の彼らにも慣れ、必要以上にニコニコしなくていいなんてなんて楽なのだろうと思います。ちなみに、日本へ行ったことのあるロシア人から「日本の対応は愛想が良すぎて機械的で気持ち悪い」と言う声もありました。(^^;) 所変わればですね。
DVDを購入した私は、次にスーパーへ向かいました。かねてより欲しかったワイン・オープナーを吟味し買いカゴの中へ入れ、一人鍋でも作ろうかと野菜を物色していると、ゲゲッ、何とも高い!ではありませんか。小ぶりの白菜が50ルーブル(150円)もする。そして隣の果物も、例えばリンゴ一つは普通の大きさで200円もします。やはり奥深い雪の地は、青いものが一切取れないから輸入するしかないのでしょう。
結局、鍋はやめて、今夜は軽く、ビールとつまみで済ませようと考え直し、魚のオイル缶を探しました。すると同じ段に、黒いつぶつぶのいっぱい入った瓶を見つけました。もしやこれはキャビアでは!?と思い手に取り、じーと眺めるのですがイマイチ判然としません。値段を見たら80ルーブルです。日本円にして約240円です。白菜ですら150円もするのに、キャビアがこんなに安く買えるだろうか、という疑問をいだきつつ、とりあえず買ってみることにしました。
そして最後に、ロシアで唯一の好物である黒パンを買って帰りました。こちらは小ぶりの一斤18ルーブル(54円)と安いです。さすが内陸のロシアだなぁと食べ物一つひとつにいろいろ考えが過ります。この黒パンは普通のパンよりギュッと身が引き締まっていて、味は少しすっぱいです。素朴ないいだと思います。
レジヘいくとけっこう並んでいます。私がふだん学校帰りに寄って帰るときよりも、だんぜん人々が多く、スーパーなのに華やいだ雰囲気です。観察して見ていると、人々が購入しているのは、シャンパンの瓶を数本、ビール、ワイン、もちろんウォッカもあります。きっと、ロシアも日本と同じで、年末も押し迫った師走、皆で集まりワイワイガヤガヤとパーティーをし楽しく過ごすのでしょう。対照的な彼らと少し寂しさを感じスーパーを後にしました。
家へ帰る途中、犬が広場で遊んでいるのを見かけました。雪の上を元気に駆けています。大型犬なのに洋服を着ているのは、やはりロシアは犬でも寒いから!?
それにしてもこの真っ白な景色は本当に綺麗。雪が小枝の末端まで降り積もり、目に映る景色の隅から隅まで白色に染まっています。『冬の道』というプーシキンの詩を思いだします。主人公の『私』は、鈴をなびかせ、広大なシベリアの地をトロイカでひた走ります。胸の奥で恋人のニーナのことを考えながら。行けども行けども立ちはだかるのは、雪に覆われた真っ白な大地。主人公は叫びます。おぉ、ニーナ胸がふさがる!私はこれを日本で読み返しては、ロシアの大地へ憧れたものです。今こうしてその大地を踏みしめていられるなんて本当にうれしいです。あまりにも冬の大地が綺麗なので、家を通り越し、もう少し先まで散歩してみることにしました。先に行ったからって何があるわけじゃありません。行けども行けどもロシアの真っ白な雪があるのみです。と、あっと息をのむ光景に出くわしました。雪が積もった木々の枝がしだれ桜のようにしなり、まるで雪の華をつけたように、それが街頭の淡い光に照らされています。思わず見とれてしまいました。日本の軽井沢あたりならちょっとしたデートスポットになりそうです。
家に帰り、さっそく電子辞書片手に黒いつぶつぶの正体を確かめます。『ЗАКУСКА』と書いてあります。どうやらイミは『前菜』、キャビアではなさそうです。今度は逆に和露辞典で『キャビア』から引いてみることにしました。出てきたのは、『チョールナヤ・イクラ』、黒いイクラという文字です。買ってきた瓶には、この黒いイクラという文字は一切載っていなかったのでどうやらキャビアじゃないようです。半分納得した気持ちでとりあえず食べてみることにしました。黒パンの上に載せて食べます。白いクリームもついて、味は、ウゥ、大丈夫!な感じ!? 前菜としてはそれなりにイケルような気もしないでもありませんが、ここはやっぱりロシア料理、私にはやっぱり味が判然とせず、奇妙に思えて仕方がないのです🐈(/ω\)
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国境を越えて・・・

2012年12月13日 | 日記
 授業の後、生徒に「先生、私たちの好きなものを見てください」と声をかけられ、見せられたのは、日本のジャニーズの雑誌です(*_*)!『嵐』『カトゥーン』『ハンジャニエイト(!?)』、気になっていた『山下智久ことヤマピー』『錦戸亮』もお目にかかりました。これらを紹介してくれたのは、イリーナさんとマリナさんという双子の生徒で今年の春に日本へ行き東京ドームのコンサートへ3回も行ってきたそうです。「ロシアのアイドルは?」と聞くと「全然好きじゃない」という答えが返ってきました。日本のジャニーズたちは、まさか遠い白銀の世界に住むロシア美人に好かれているなんて、思ってもみない光栄でしょうね(*^^)v


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ウォトカ!!!

2012年12月12日 | 日記
 本日、とうとうロシアへ来て、ウォッカを買って帰りました。授業の後の10時過ぎ、家の最寄りのバス停に降り立ち、ほっと一息つきたいのと寒いのとでウォッカを買って帰ろうと思い立ったのです。寒いとウォッカを飲みたくなる、このロシア人の鉄則が理解できてしまったわけです。言うまでもなく、ロシアは、本場ウォッカの国ということでスーパーマーケットはウォッカの宝庫です。種類がありすぎて瓶に反射する透明の液体がキラキラしすぎて何を選べばいいかわかりません。順に値段を見ていくと、小瓶は、だいたい80ルーブル。これは日本円で約250円です。さすがにウォッカ大量生産の国、安いです。結局、冷やされたウォッカはトロトロして美味しいかなぁと思い、冷蔵庫に並べてあったものを一瓶手に取りました。
 家に帰ってさっそく、お湯を沸かし紅茶を作り、その中に少々ウォッカを入れて飲んでみました。言うまでもなく、心身温まりホッとしました。ウォッカ天国にハマりそうです。
写真は、赤い紅茶の中に混ぜたものです。いかにもロシアっぽいでしょ!?
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ペルミの目抜き通りへ

2012年12月09日 | 日記
 今日は、ペルミに来て初のお休みの日です。本当は昨日の土曜日もお休みだったのですが、1週間の慣れない授業を終えたらぐったりして朝から昼まで、昼から晩までずーと眠ってしまったのです。
 次の日、同僚の日本語教師クセーニャ先生と生徒のオリガさんに町の中心街へ連れて行ってもらいました。だだっ広い雪の降り積もった地に、ポツンポツンと建物が建っているようなペルミの地です。中心街といってもあまり期待しなかったのですが、あれ意外、カムサマリスキー大通りを中央に、両脇にはレストランや映画館が何軒もあったりして思ったより大きいです。イタリア料理やアイリッシュ・パブ、日本料理店もあります。クセイニャ先生に、日本人が働いているのか尋ねると、従業員はすべてロシア人でペルミの町で日本人に会うことはないとのことです。『ツモ』というモスクワにもあるデパートもあります。試しに中へ入ってみると、売られているものは、モコモコのあの例の毛皮、1万円くらいのものから7万円ぐらいまで、もしかしたらもっと高いのもあったかもしれませんが、これはもうロシア独特というしかなく、妙に感慨深かったです。クセイニャ先生いわく、普通の店に比べて、デパートは少し高いとのことです。モスクワへ行った時も、同じ『ツモ』のデパートがなんとも腰を抜かすほどの値段でこんなの誰が買うんだ!と驚いたことを覚えています。でもモスクワの『ツモ』はもっとおしゃれでいかにもデパートという感じがしましたが、さすがペルミは三階建てのイトーヨーカドーみたいです。
 ところで、マイナス16度(今はまだ—16)の世界は、やっぱり寒い。20分と外を歩いていられない、15分あるけばどこか室内の温かいお店へ入りたくなります。ということで私たちも外の寒さに耐えきれず、レストランへ入ることにしました。ロシアのレストランは、日本のように「商い中です」という感じではない。なんだかやってるのかやってないのかわからない、外から見ると、閉まっている感じなのです。
クセイニャ先生に連れられて入ったお店は、感じのいい西洋風のレストランでした。学校給食のロシア料理を食べ続けた私の舌は、慣れ親しんだ西洋の味を追い求めます。思わずボリューム満点のスペアリブを頼んでしまいました。飲み物は、クセイニャ先生とオリガさんおすすめのロシアの飲み物。ホットワインにコニャックをたしてオレンジを浮かべたもの。サングリアに似てるけど、コニャックというところがなんともロシア風でしょ。寒いから温かいもの(酒付き)が欲しくなるんですね。運ばれてきたお酒を前に「乾杯しないの?」と言うと、「これはお酒というよりジュースみたいなものでしょ。だから乾杯しないの」という答えが。さすがウォッカの国。女の人も飲める量が違うのかもと思いました。

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ロシアへ行ったら、ウォッカを飲みたい

2012年12月06日 | 日記
 今日の構文は「~たら」です。
ロシアの生徒が作った構文はこれです。

お金があったら、日本へ行きたい。
明日とっても寒かったら、学校を休みたい。

どうです?とってもロシアらしいでしょう。(*^-^*)
そして次に聞かれた質問がこれです。

お金があれば、日本へ行きたい。
明日とっても寒ければ、学校を休みたい。

「この2つは何が違うのですか?」と…(◎_◎;)。先生、絶句してしまいました。
とりあえず、「次の授業までに調べてくるね」と言って逃げの姿勢へ。
日本人のみなさん、わかります!?
帰って調べたところによると、下の「~ば」の方は、「お金があれば、日本へ行きたい」の文の中に「お金がなければ日本へ行けない」という意味も含まれているということのようです。言われてみればそのような気もしますが、でも「お金があったら、日本へ行きたい」という文の中には、本当に「お金がなかったら、日本へいけない」という意味は含まれていないのでしょうか?そうなのですか?I先生、ヘルプです(;’∀’)💦
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ドタバタショッピング♪

2012年12月05日 | 日記
「先生」初心者の私は、ロシアの冬の寒さのことばかり考えて、ユニクロでヒートテックを買い込み、モコモコの靴下を揃え、160デニールの厚地のタイツ及び内側がふさふさの雪国用ブーツ、長らく袖を通していなかった厚手のセーターを箪笥の奥から引っ張り出し、この遠いペルミの地へ携えてきました。なので、すっかり稼働時の服装のことを忘れていたのです。むしろ、フランクにジーンズでいいいかなぐらいに考えていたのですが、これが大間違いでした。人にもご自分にも厳しいルドミーラ校長先生から「この格好は先生じゃない!」と一蹴されてしまったのです。さあ大変!かくして、私のお世話担当(!?)のエレーナ先生に連れられ一路、全身ショッピングへ。ショッピングと言ってもペルミのスーパーですから、日本のイトーヨーカドーより小さい、どちらかというと武蔵小金井駅の長崎やにより近い、けれどそれよも更に規模の小さい三階建ての『キット(イミはクジラ)』とうスーパーへ買い出しへ行ったのです。
 まずは靴探しから。言っちゃ悪いけどロシアはダサい。イタリアや日本に比べるとまだまだダサい。だって、ほらオリンピックの時のロシアの公式ジャージを思い出してください。私はロシアが好きだから着目して見ているのですが、赤地にクロコダイルのように波打つ線が白くプリントされている、さすがのプルシェンコ王子もあのジャージのダサさには勝てない、隣にいたフランス代表のユベールがどれだけあか抜けて見えたことか。愛するロシアではあるけれど真実は否めない、本当にダサい、と言ってしまいましょう。当然、私の靴選びも難航いたしました。
スーパーの2階の、日本の駅の商店街のような靴やへ直行したエレーナ先生と私です。エレーナ先生が「さやは座ってなさい。私が靴を持ってくるから」というのを制して私だってダサい中でもどうにかまともなものを探し出そうと必死です。だって教壇に立つのですから。「日本から来たあの先生ダサイ」と思われたくないのです。けれど、無駄に煌びやかな飾りのついた靴や、黒一色だと思っても、☆が一面にちりばめられていたりなどシンプルな靴を見つけ出すのは至難の業です。それにもう一つ、ロシアの靴はむだにヒールが高い。モスクワへ行ったときも思ったのですが、ロシアの女の人は、12センチはあろうかという、とーっても高いヒールの靴を履くのです。もともと美しい顔立ちとスーパーモデルのような体形をもっているのだから、そんなにがんばらなくてもいいのにと思います。その点、イタリアの女の人たちは、ちょこんとしたフラットシューズを履いていて自然体で可愛いいなあと思ったのを覚えています。こんなことを考えながら、私はだんだん悲しくなってきました。だって本当に気に入った靴がないのですから。だけどエレーナ先生もルドミーラ校長先生の命を受けてここに来ているわけだし、どのみち一足は絶対に買って帰らなくてはならないわけですから、もうこれ以上血眼になって探しても見つけ出さないことを悟った私は、潔く妥協いたしました。一足、ましな黒のフラットシューズを選びだし、変なお花がついていることには目をつぶりました。心はチーンという感じでした。
そして、お次はお洋服選びです。心はすでに恐怖で凝り固まっています。状況は、『プリティーウーマン』のジュリア・ロバーツにちょっと似ているんだけどなぁと思いました。
 ロシアの女の人の服はこれまたすごい代物です。80年代のジュリアナのボディコンのような服が所狭しと並んでいるのです。どれもこれもピチピチです。これもまたモスクワへ行ったときに思ったのですが、ロシアの女の人の通勤服は本当に「スゴイ」のです。ツルツルのサテンの生地のブラウスに、やけに胸が空いていたりとどうも水っぽいのです。一言でいうと、品がない。どうもセクシーさをアピールしすぎなのではないでしょうか。余談ですが、今年の夏、イタリアで過剰にオープンTシャツの女の人に出会いました。胸の谷間から形まで何から何まで丸見えで(見えないのは○○○だけというような状態です)私は女にかまけてずーっと見てしまいましたが、あれはやり過ぎ感を否めませんでした。
私は奥ゆかしく慎ましい正真正銘の日本人、肌の露出は控えたいと思います。よってエレーナ先生の選ぶ洋服をどうにかして退けなければなりません。足の一角の靴はまだ我慢できても、ボディコンで教壇に立つのは何がなんでも避けたい、もうこうなったらこっちも必死です。何か代案を出さなくてはと、黒い提灯型のシンプルなスカートを選び出し、これに自分の持ってきたセーターを合わせるからと教師たるものの清楚さをアピールしました。清楚さがアピールになったのかは疑問ですが、エレーナ先生は納得してくれ、けれども引き続き上着を探し始めます。ロシアの上着は肩パッドが入ったやけにオーバーサイズだったり、ブラウスは変にフリルがついていたり、リボンがあったり、刺繍があったりします。でももうここまでくると私の抵抗する力も薄れ、これがイタリアだったら選び放題なのに、国が違うとここまで違うのだなぁとぼんやり考えます。苦笑いと諦めが交互に胸に押し寄せ、そうこうするうちに、授業の時間も迫っていたということもあり、プリティーウーマンどころか、アグリーウーマンになるところをどうにか免れました。学校へ向かい、ルドミーラ校長先生の満足げなお顔を拝見したときは、胸をなでおろし、もうこれ以上ショッピングしなくていいのだと思うと心底ほっとしました。(;´∀`)
 翌日から着物を着て教壇に立ちました。今回の持ち物で一番役立ったのが、一組持ってきた着物です。ロシアの皆さんは着物が大好きで、皆一様に美しいと言います。ルドミーラ校長先生も大喜びです。
日本人は西洋人と違い、過剰に肌を露出するのではなく、襟足だけを少しのぞかせていたりなど、過剰に露出しない奥ゆかしさが返って美しく色気をそそるのではないでしょうか(○´ω`○)!
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第一日目

2012年12月04日 | 日記
 今日は、記念すべき第一回目の授業です。
まずは自己紹介から。にこやかに「こんにちは」というとたいてい「こんにちは」という生徒の声が返ってきます。次に「私の名前は…」とここまで言い、黙ってホワイトボードに『田口紗綾』と書き込みます。「読めますか?」と苗字を指さし尋ねると生徒の間から口々に「タグチ」という小さい声が上がってきました。「そうです。そうです。タグチです。みなさん、知っていますね。すごいですねぇ。」と言って次に「これは?」と言って名前を指さします。さすがに読める生徒はいなく、読み方を教えた後、田んぼの絵を描き、田口の名前の由来、この字から私の祖先は百姓だったことがわかること、紗綾は紗綾織りという着物一種の名前であることを説明します。みんな興味深げに聞いてくれました。音だけを表すロシア文字やアルファベットに比べ、その意味までを表す表象文字は、新鮮で興味深いものなのではないでしょうか。私も記号みたいなロシア文字に惹かれているわけですから、きっとロシアの生徒は私以上に日本の文字に興味を惹かれているのではないでしょうか。私自身、日本語は3種類も文字のある、世界にまたとないユニークで美しい文字として、とって誇りに思っているのです。
 午前中に即席で作った日本紹介のパワーポイントを教室に持ち込みます。金閣寺の写真を1ページ目に持ってきて、隣に『日本』という文字を入れておきます。これはこうやってつかいます。「みなさん、これは何ですか?」「金閣寺」と答えられる生徒もいれば「京都の…」という生徒もいます。すかさず「そうです。これは京都の金閣寺です。とってもきれいです」と言えます。続いて『日本』という文字を指して、「これは読めますか?」と聞きます。これはみんな知っています。たいてい元気のいい「日本」という答えが返ってきます。すかさず私は言います。「そうです。そうです。日本です。みなさん、すごいですねぇ」。2ページ目には『私は日本から来ました』という文字だけを入れておき、これを読ませます。そのあと「みなさんは、どこから来ましたか?」と聞き、「私はロシアからきました」と答えさせます。続いて『私は日本が大好きです。みなさんは日本が好きですか?』という課題に移ります。当然「私は日本が好きです」という答えが返ってきたらそのまま「大好きです」を導入します。『大』という文字をさして「みなさん、これは何ですか?」と答えさせ「そうです。これは大きいです。好きが大きいです。だからとっても好きという意味です。『私は日本が大好きです』となります」。
 私が教える学生はこの学校へ通う小学生から、仕事帰りに通う大人まで様々です。レベルもまちまちで小学生の経験者もいれば初心者もいます。けれど初心者も9月から授業をしてきたということで、ひらがな、カタカナ、簡単な自己紹介はできるようです。
初めは、それぞれのクラスのレベルもわからないため、とにかく日本案内ということで日本にトリップしたような新宿のビデオを見せたり、私が埼玉の伊勢屋清龍酒造へ見学へ行った時の三味線の中でお酒を飲んでいる宴会のビデオを見せたりしました。プレゼンを行う中で、生徒の反応の言葉を聞き語彙力を確かめ、実際にテキストはどこまで終わったのか聞き、授業の進め具合を判断していきます。救いは、どの生徒も日本が好きで日本語を選択授業としてとっていることでやる気はあることです。
 どのクラスでも生徒の自己紹介を兼ねて、「どうして日本語ができるようになりたですか」という質問をしてみたのですが、たいがいみんな、アニメやマンガ、あるいはJ-POPなんかが多かったです。たまに墨絵や芸者という旧い文化のことを言ってくれる生徒もありましたが、ロシアのみなさんはとにかく日本のアイドルなんかもよーく知っていて、『嵐』や『カトゥーン』なんかも人気です。『亀梨や松潤、二宮、赤西』も大人気で『錦戸亮』なども知っていらっしゃいます。山ピーこと山下智久なんかも出たのですが、私は全然知りませんでした。日本の皆さん、知ってます!?!?
「先生は嵐のことをどう思いますか?」と生徒に聞かれ「嵐は背が小さいと思います」と言ってしまいました。(^^;)
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朝の光

2012年12月03日 | 日記
 成田を午後1時半の飛行機で経ち、ペルミに着いたのは翌午前5時35分、一番心配だったのは、迎えが来ているかどうかです。ロシアは当然、儀礼、正確さ、効率、約束を重んじる世界でもスーパーエクストリームな位置を占める信用国、日本ではないので、この辺も踏まえ最悪のパターンも予想していなくてはなりません。前日に、もし会えなかった場合のプランBも考えておきましょう、とメールを送ったら、「必ず迎えにいきます。信じてください」という返信が返ってきたました。かくして私の道は信じる道のみ残されたわけです。信じる者は救われる!?
小さなプロペラ機がペルミの飛行場に降り立ち、タラップを出ると、乗客はバスでペルミの小さなエアポートまで運ばれました。飛行機のドアが開いた途端、冷気が舞い込んできました。あーこれがロシアの12月の寒さかぁと肌で感じ、確かに寒いけど、耐えられないということはない、東京の冬用のダウンで大丈夫です。
 東京から無事に運ばれてきたスーツケースを受け取り、ドアをくぐると「タグチ?」という声が聞こえてきました。かくして信じる者は救われたわけです。迎えに来てくれていたのは校長先生のルドミーラ先生です。ロシアの女の人特有のあのふさふさのゴージャスな毛皮を全身にまとっています。「ズゥラゥストビーチェ」本場の挨拶を交わし、飛行場の外へ出たら、辺り一面真っ白な世界が広がっていました。言うまでもなく雪が降り積もっています。
ルドミーラ校長先生付きの車に乗り込みます。
運転手は、イーゴリ。ワオ、イーゴリ!!ロシアの名前の響きって大好き。ロマンチシズムを感じます。けれどイーゴリは例によってニコリともしません。来た来た、全くもって愛想がない、これもロシアの特色です。
車はロシアの真っ暗な夜明けの中を30分ほどひた走り、ルドミーラ校長先生のお家へ到着しました。真四角なそっけない外壁の何棟もの大きな棟が立つ一角です。日本の団地を想像したら一番近いかな、おそらくソビエト時代に大量に建てられた安普請と呼ばれる建物です。壊れそうなエレベーターを昇った先に、ルドミーラ先生の住む部屋があります。大きな表彰されるほどの学校の長の割には、ずいぶんと質素なお家です。家の中へ入る前に、ブーツを脱ぐように言われました。どうやらロシアでは部屋に入る前に、靴を脱いで家へ上がるようです。ブーツについた雪を払い落とすためのようです。日本のような段違いの玄関はなく、靴を脱ぎ、所定の場所へ置くと、そのままスリッパを履き家の中へ入ります。入ってすぐの左脇にトイレとお風呂が別に別に分かれてあり、その先に台所付きの居間があります。せいぜい6畳ぐらいの小さな居間です。その隣の部屋が今夜の私の宿にあてがわれました。昔、子供部屋だったのか木馬模様の淡いブルーの壁紙のこじんまりした部屋です。ルドミーラ先生と旦那様の寝室とちょっとしたリビングルームは玄関の右奥にあります。壁には中国のお皿が飾られ、さすが中国語も取り扱っている学校の校長先生宅だと思いました。
 私はその日、ロシア特有の赤い紅茶をいただきそのままお昼まで寝させてもらいました。1時過ぎに起きるとルドミーラ先生はすでに学校へ行った後で、旦那様が簡単な黒パンにハムとサワークリームの朝食を出してくれました。どうやらここの過程は奥様のルドミーラ先生が外で働き、旦那様が家事全般を受け持っているみたいです。2時にイーゴリが迎えにくるからと言われ、私も今後自分の職場になる学校がどんなところなのかドキドキしながら向かいました。10分ほど走ると、あったあった、『ギムナジウム2』の大きな文字が躍る看板の学校が見えてきました。
中に入ると思ったよりぜんぜん大きい、薄い緑色の壁のとってもきれいな学校です。そのまま校長室に通されしばらく待つように言われました。秘書のナターシャは、丸顔の童顔で、ロシア人にしてはとっても小柄な可愛いひとです。8歳の子供がいるようにはとっても見えません。ペルミ出身ではないのだけど、結婚してここに住むことになったのだと言いました。
キビキビとルドミーラ校長先生が現れ、そのまま2階の日本語教室へ案内されました。6畳もないような縦長の細長い部屋で窓は障子のモチーフ、壁には掛け軸、棚には日本のお人形、折紙で折られた鶴が飾ってあります。机はせいぜい10個、こじんまりとしたとてもいい教室です。ちょうど前任者の先生が授業を行っている最中で、小学生の生徒たちは熱心に聞いている様子でした。私を一目見て、新任の先生だと悟った生徒たちの間から「ジェーボシュカだ」というコソコソ声が聞こえました。「ジューボシュカ」とは、ロシア語で若い女の人という意味です。そりゃあ、新しい先生には興味あるよね、と思い、「明日からの先生です」と紹介されると、さすがに内心ビビりましたが、そこはニコニコ(;´∀`)笑って涼しい顔で切り抜けました。
この日はそうそうと切り上げ、ルドミーラ先生宅へ戻ると、疲れていたのか、夕飯も少量で済ませ、ぐっすり眠りました。明日は記念すべき第一回目の授業です。ジューボシュカはがんばらなくてはなりません。
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