出生2

一方祖父は焦っていた。

いつまでも預けておくわけにはいかない。

信次郎一人では子育てはできまい。

早くかか(嫁）を見つけないと。

長女（姉）を先頭に嫁探しが始まった。

しかし簡単なことではなかった。

２度の離婚は信次郎の性格を疑問視させた。

しかも子持ちである。

二つ返事で受けてくれる女（ひと）などいなかった。

信次郎は市役所職員として働いていた。

半年たってもメドは立たなかった。

そんな時長女（姉）は一人の娘さんに目を付けた。

実家の隣の駄菓子屋の娘だった。

器量もよく長女として妹や弟の面倒を見ていた。

この娘さんを知っていた。

長女(姉)がこの娘さんに目を付けたのは

こんな理由だった。

家族が礼儀正しく優しいこと。

ここならば徹を大事にしてくれるだろう。

幼い娘を手放している。徹が代わりになる。

何度も足を運んだ。

最初は断っていたが、

長女（姉）の粘りで承諾した。

娘さんの両親はこの話に賛成だった。

すぐさま信次郎が呼ばれた。

長女（姉）が祖父の前で結果を知らせた。

信次郎は否応もなかった。

これが最後だよ。短気を起こさず我慢するんだよ。

わかった、そうする。

結婚式など行わず、籍だけ入れることにした。

とにかく母ができたのだった。

それは徹が一歳になった頃であった。

もうすぐ離乳食が始まるころだった。

ある日信次郎が迎えに来た。

おばさんは徹のおむつを替えていた。

いらっしゃい、今おむつを替えてますよ。

信次郎はその様子を突っ立って見ていた。

はいこれでだいじょうぶよ。

そういっておばさんは徹をだいて

元気でね、さようならといった。

徹は何だか緊張した顔でじっとおばさんを見ていた。

信次郎は徹を預かり乳母車に乗せた。

長い間世話になった。ありがとう。

また後でお礼に来るから。

そういって外に出た。

雪がちらついていた。

10分ほどで実家についた。

こんばんは、徹を抱いて家に上がった。

祖父が待っていた。

おうおう元気なわらし（こども）だなあ。

ニコニコしながら頬っぺたをつついたり頭をなでたりした。

その間信次郎は夕食によばれていた。

食事が終わり祖父と少し話をしていた。

さあて行くか。

今日からか。

うん、もう話はついてる。

又な、徹。

また外に出た。

寒いなとぶるっと震えた。

早く行け、寒いぞ。

うんじゃあまた。

着いたのは母の家、駄菓子屋であった。

ここに預けられることになっていた。

母も働いていたのだ。

日中の面倒をおばあさんに頼んだのである。

お姉さんやお兄さんがたくさんいた。

母を筆頭に弟３人、妹５人の大家族であった。

徹がおばあさんの前に置かれたとき

バタバタとみんながきた。

ちっちゃいな、元気だな，かわいいな。

いきなり大勢が来たので驚いて泣いた。

ほらほらびっくりしてるだろ。

おばあさんが皆をどけた。

おばあさんは優しい顔をしてた。

ほれ、セツ子、と徹を隣に座っていたお姉さんに渡した。

こんにちは徹君。優しい声だった。

この女（ひと）が母になった。

徹はここの家族になったのである。

ご飯は食べたかい、

おばあさんは信次郎に声をかけた。

うん今実家で食べてきた。

じゃあお茶でもあげようか。

はいすみません。

膝でも崩しなよ。

おじいさんが声をかけた。

丈夫そうだな、いいことだ。

そういって徹の顔をのぞき込んでいた。

皆はかわるがわる見に来た。

日中はばあさんが面倒みるから心配いらないよ。

よろしくお願いします。

母はそのころタイピストとして働いていた。

父の給料だけでは生活が苦しいので

暫く働くことにしていた。

ここの家族は一様に優しかった。

徹はばあちゃん、じいちゃんと言って思い切り甘えた。

２歳ごろになると徹は母を追いかけるようになった。

出かけようとすると追いすがるのであった。

異常なほど泣きわめいた。

母は仕事に遅れるといって振りはらって出ていった。

それでも泣き続ける徹を3男のおじさんが

ひょいと肩車をして外に連れ出した。

父の実家の前を過ぎて4～5件目に

父の兄が駄菓子屋を開いていた。

おはよう。

あれ徹か、また泣いてんのか。

おじさんがお菓子を一つ買ってくれた。

徹は泣き止んだ。そして母の家に戻った。

それからしばらくは母が出かける寸前に

徹は連れ出された。

しかし気が付いてすぐ泣くのであった。

実家の前を通るとき祖父に会うことがあった。

うるさいなと思ったら徹か、よく泣いてるな。

徹はなきむしだった。