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風に吹かれて~撮りある記

身近な自然の撮影
詩・雑文・ペット・簡単料理レシピ等

名主の滝

2009-12-15 17:53:25 | 旅行
こんばんは

日曜日は用事で王子に行きました。

ここには「名主の滝」があります。

線路沿いを行って中央工学校、王子稲荷の先です。

飛鳥山とは反対です。

名主の滝の紹介  ネットより

北区岸町1-15-25

江戸時代の安政年間に王子村の名主「畑野孫八」が屋敷に開いたのが起源。

“名主の滝”の名前の由来もここから来た。

庭園として整備されたのは、明治の中頃、垣内徳三郎所有になってから。

昭和13年、株式会社精養軒が買収、食堂やプールを作り公開。

昭和20年4月空襲により焼失、東京都により昭和35年11月再公開

武蔵野台地の突端である王子近辺には滝が多く、

かつて「王子七滝」と呼ばれる7つの滝がありました。

このうち「名主の滝」だけが現存する唯一の滝となっています。

「名主の滝」は、都内でも有数の8mの落差を有する男滝(おだき)を中心とする

女滝(めだき)・独鈷の滝(とっこのたき)・湧玉の滝(ゆうぎょくのたき)の4つの

滝からなります。

名主の滝公園は、これらの滝とケヤキ・エノキ・シイ、

そして100本余りのヤマモミジが植えられた斜面を巧みに利用して自然の風景を取り

入れた回遊式庭園です。

以前赤羽に住んでたときにきたことがあります。

こんなところに滝があるなんてと思いました。

あれから二十数年、久しぶりでした。

9時半ころ入ったのですが、滝は流れてません。

乳母車を押したおばあちゃんが、来ました。

滝はまだだよ。10時くらいかね。

いい時に来たね。ここの紅葉は最高だよ。

廻りが変わってさ、自然の水は流れないんだよ。

深い井戸を掘って、今はその水を流してるんだ。

入園は無料だけど、滝は時間制限になっちゃったんだ。

そうなんだ。昔来た事があるんだ。

よく覚えてないけど。でも紅葉はきれいだね。

また仕事が終わったら来てみるよ。

ああそうだね。滝が流れるのも見ていきなよ。

しばらくしてからお呼ばれしました。

ここの紅葉はいろんな色が重なってきれいです。

都会の真ん中なのに静かです。

もっと大きかったようなんだが。

ご覧ください。もう終わりかけているのもありますが。

平地の紅葉です。何度かに分けてお送りしますね。

      

      

      

      

      

      

      



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静御前

2009-08-02 15:27:12 | 旅行
こんにちは。今日も雨ですね。

昨日の栗橋の続きです。

利根川を見てきました。大きいですよ。

別名「坂東太郎」です。流域面積日本一です。

坂東太郎    Wikipediaより

• 利根川の別名で、「坂東(関東)にある長男格の川」という意味である。

弟が二人いるが、名字は異なり、筑紫次郎(つくしじろう=筑後川)、四国三郎(しこくさぶろう=吉野川)。

ただし、弟二人の順番については争いがあり、四国次郎―筑紫三郎とされる場合もある。

なお「次郎」「二郎」どちらの表記も存在する。



鉄橋と道路橋です。ここは埼玉。

向こうは茨城県古河市です。

あいにくもやってました。

霧や暴風雨の時にはこの鉄橋付近が大きな影響を受け

宇都宮線の遅延につながります。

大利根町のほうに行くともっと景色はいいかもしれません。

葦等が護岸を守ってます。小鳥の声はたくさん聞きました。

鶯、カワラヒワ、ホオジロ、四十雀など。姿はなしでした。

ぶらぶらしたのちに、駅まで戻ってきました。

駅の近くに「静御前の墓」がありました。

義経に会いに行こうとして、旅の途中のこの地で倒れた静御前の墓だそうです。

歌が2首ありました。

「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」(右)
「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」[左]

をだまきは「苧環」で、紡いだ麻糸を巻いたは毛糸玉みたいなもの。
歌の意味は、

「古い織物を織るのに使う苧環、あの苧環の糸を繰るように、昔を今に引き戻せたらよいのに」


静御前が舞上手だという話を聞いた頼朝が何とかして彼女の舞を見ようとする。

最終的に舞わざるをえなくなった静御前は、この歌をうたいながら舞ったそうです。

「しづやしづしづのをだまきくりかえしむかしをいまになすよしもがな」

「しづ」には静御前の名前を掛けているともいわれます。

ここでいう「むかし」は義経が追われる身になる前の、都でももてはやされていた時のことであって、

これを聞いた頼朝は怒って帰ってしまったそうです。

もうひとつはこういう意味です。

「吉野山の峰の白雪を踏み分けて姿を隠していったあの人(義経)のあとが恋しい」。吉野山は静と義経が別れた場所。

10月にはお祭りがあるそうです。

とても美しい、舞の上手な女性だったらしいですね。

ちょっと源平の歴史に触れてみました。


        

        

        

        

        

        

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