3月18日に名古屋へ行きました。この日はまず徳川美術館で開かれていた「尾張徳川家の雛まつり」展を見た後、同じ敷地内にある徳川園に行ってみました。

ここが徳川園の入り口です。この場所は尾張徳川家2代光友が隠居所である「大曽根屋敷」に移り住んだことが起源になっています。当時の敷地は全体で44ヘクタールもあったそうですが、現在は徳川美術館を合わせて4.53ヘクタールと当時の十分の一になっています。そのうち、徳川園は2.3ヘクタールの日本庭園になっています。

中に入ったところに橋がありました。

シダレウメです。

これはネコヤナギかな。

さらに進むと虎仙橋と書かれた橋がありました。


橋の上から覗いてみると、下には道があり、その脇に大量のヒトツバが生えていました。


さらに歩くとアセビの花が咲いていました。


これはフッキソウのようです。

すぐ近くまでヤマガラがやってきました。


これはミツマタの花です。

そして、ウメの花です。

ウメが咲いているところを過ぎて、坂を下りていくと、大きな池が出てきました。ここは龍仙湖というようです。徳川園はこの池を中心にできていて、池泉回遊式の日本庭園と言われています。江戸時代の大名庭園によく見られる形式だそうです。


橋の向こう側には柳の木がありました。

広々とした景色です。

陽の光がキラキラして綺麗でした。

もう一度、池を振り返ってみました。
この日の見学はこれで終わることにして、名古屋駅に戻ることにしました。もと来た道を帰ろうと思っていたら、人が集まっているところがありました。ひょっとして境内にバス停でもあるのかなと思って行ってみると、なごや観光ルートバス「メーグル」のバス停がありました。ちょうどバスが来る時間だったので、「メーグル」に乗って名古屋駅バスターミナルまで行くことができました。

ここが徳川園の入り口です。この場所は尾張徳川家2代光友が隠居所である「大曽根屋敷」に移り住んだことが起源になっています。当時の敷地は全体で44ヘクタールもあったそうですが、現在は徳川美術館を合わせて4.53ヘクタールと当時の十分の一になっています。そのうち、徳川園は2.3ヘクタールの日本庭園になっています。

中に入ったところに橋がありました。

シダレウメです。

これはネコヤナギかな。

さらに進むと虎仙橋と書かれた橋がありました。


橋の上から覗いてみると、下には道があり、その脇に大量のヒトツバが生えていました。


さらに歩くとアセビの花が咲いていました。


これはフッキソウのようです。

すぐ近くまでヤマガラがやってきました。


これはミツマタの花です。

そして、ウメの花です。

ウメが咲いているところを過ぎて、坂を下りていくと、大きな池が出てきました。ここは龍仙湖というようです。徳川園はこの池を中心にできていて、池泉回遊式の日本庭園と言われています。江戸時代の大名庭園によく見られる形式だそうです。


橋の向こう側には柳の木がありました。

広々とした景色です。

陽の光がキラキラして綺麗でした。

もう一度、池を振り返ってみました。
この日の見学はこれで終わることにして、名古屋駅に戻ることにしました。もと来た道を帰ろうと思っていたら、人が集まっているところがありました。ひょっとして境内にバス停でもあるのかなと思って行ってみると、なごや観光ルートバス「メーグル」のバス停がありました。ちょうどバスが来る時間だったので、「メーグル」に乗って名古屋駅バスターミナルまで行くことができました。