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宗教・占い探玄  

はてなblog 「tomoyotanのブログ」に引っ越ししました。変わらぬご愛顧の程、宜しくお願いします。

金峰山寺へ参拝します。

2021-07-17 21:47:00 | 吉野修験雑記
今月始めの日曜日、奈良の大神神社に参拝しましたが、その後何故か吉野の金峰山寺に参拝したくなりました。元々私は金峰山修験本宗の信徒で、此方のお寺で得度もしています。その後、自身の怠慢から師僧からの連絡も無視し続けて来ました。まあ、関係の修復は困難とは思いますが、連絡を取りたいと思います。しかし、不思議ですね。欲に身を焦がした私ですが、何故か昔持っていた道心が沸々と出て来ているのを感じます。大神神社は大和一之宮ですから、吉野の金峰山寺と何か繋がりがあるのかも知れません。私は殆ど勘で生きている人間なんで、自分の勘を信じたいと思います。

人間は欲で生きている生き物ですが、高次元の欲は道心なんですね。まあ、現在の私は金銭欲と色欲が中心の低次元である煩悩の塊なんですけどね。しかし、それだけでは人間として産まれた価値がありませんからね。食欲・色欲と云うのはホンマ、他の動物と変わらない本能欲です。それとは別で、大神神社に参拝後fxで勝ち過ぎているので、お金を布施する意味もあります。陰と陽、プラスとマイナスですね。行き過ぎは何処で押さえなくてはなりません。長年溜まっている本山に支払うべき教師代の滞納金も支払うつもりです。

修験との縁は役行者なんですが、その前に賀茂氏のルーツを探りたくて丹波から大和、特に御所市を渡り歩きました。そしたら役尊に縁が出来て、京都の聖護院にお祀りしている役尊に祈願していたら、現在の師僧と縁が出来たって感じです。まあ、今のご時世いつ何が起こってもおかしくない時代です。コロナや天災で死ぬかも知れませんからね。道心だけは失いたくないものです。
大神神社とのご縁は中学生の時、ユースホステル企画でみんな歩こうと云うのがありました。桜井から天理の約15kmの山ノ辺の道を歩くんですが、大神神社の神気に撃たれた感動が機縁です。

鑑定してもらった霊能者の感想

2011-10-03 16:06:09 | 吉野修験雑記
 今日、Mにある霊能者宅に行って来ました。感想を云うと「イマイチ」でした(笑)。Fさんから事前に能力の程は確認していたんですがね。(能力的には関西で有名な吉野のM先生と同等だとFさんから聞いていました。)・・「もう私もだいぶ行っていないから」とは聞かされていたんですが、まさか8年くらいで霊能力が衰えるってことはないでしょうね?応接間に通されて目に付いたのは、神棚と龍の置物、それと天照皇大神と書かれた掛け軸でした。確かに暦、占い本の類は一切置いていませんでしたね。私が期待していたのは、守護霊とか前世とかを踏まえた高度な霊視だったんですが、そういうことは一切鑑定での説明では入っていませんでした。

 尋ねた内容は①仕事のこと②先祖が成仏しているか③子供の将来のこと④義母のこと⑤家族全体のこと⑥一家の行く末などである。この先生は氏名、生年月日を依頼者に書かすと、手で擦りながら読み解いていく。兎に角、依頼者が文字を書かないと駄目なようだ。沢山書きましたよ、名前と生年月日を。亡くなった親父の名前と生年月日まで書きましたからね。それが終わると、龍神さんに捧げる祝詞をあげていました。その後また私が書いた紙を擦りながら、説明が足りないところを補足していきました。今度は私がその神棚の前に坐らされました。背後から両手をかざして、何かを探っているようでした。「胃が悪いみたいですね」と小声で云われました。「仕事の心労からですかね?」と尋ねられたんで、「はあ、まあ?」と答えました。

 結論から云うと「うん、大丈夫、心配ない」でした。ここの先生は鑑定料は志なんで、それをお渡しして玄関まで出ました。帰り際に、「先生が霊能力を自覚したのは何時頃ですか?」と尋ねると、「小さい時からです。だんだんと大きくなって、ハッキリしてきました」。「龍神さんなんですね、霊感を授かる神様は?」には「はい、伊勢神宮に関係する龍神さまです」と答えが返って来ました。「私は別に誰かから宗教を習ったわけではないんです」と先生は云われました。

 観相して思うに、嘘を言っている様には思いませんでした。神光部分の輝きといい、何らかの宗教的修練は積んでいるように感じました。しかし、もうちょっと詳細な説明とか聞きたかったな。ちょっとガッカリです。残念!!

霊能者の話

2011-09-27 14:38:30 | 吉野修験雑記
 修験道を志す人は、その業種もまちまちである。吃驚するような学歴を持つ人、輝かしい職業・職歴の人、はてはヤクザものと雑多な人間が集っている。要は人生には割り切れないことが多過ぎて、その解決の糸口を求めて選択した一つに修験があったということであろうか?私の拙い経験だけでも、順調に世渡りしている人って、そうそういない。夫婦円満、仕事も順調、しかし子供は脳の病気とか、突然病気を発症して寝たきりとか、事故にあって半身不随等々挙げたらキリがないです。

 大方の人は、若い時は何でも出来て、光り輝く未来があるって確信して生きている。しかし、人生の半ばを過ぎて来ると「大したことも出来んかったな」と反省しきり。体も徐々に衰えを感じ始めて、意味も無い虚無感に襲われ始める。そこで普遍的な価値観の発見を重視し始める。そんな中で宗教に志向を傾斜するのは当然のことではないかと思うんですね。しかし、人間十人十色でこの穴埋めを霊能者に求める人も少なくない。

 霊能者に相談する人は、既に占い師とかに鑑定を受けていることが多い。鑑定を受けた上で更に精度の高い未来予知、人生の指針を求めているようだ。行った人に聞くと、まず吃驚するのが、暦・本の類を一切置かずに、生年月日・氏名も聞かずに過去・現在を言い当てていくことだそうである。「ホント、吃驚したわ。だって全部当たってるんですもの」とFさんからHにある霊能者を紹介してくれた。今年に入って私は霊能者の紹介に非常に縁がある。そこで、今までの禁を破って行ってみることにしました。

 近年注目を浴びている占い師は、霊感・霊視を兼ね備えた先生方が殆んどである。実はある程度その様な資質を後天的に得る方法があります。要は霊の力を借りて(自分に霊を憑依させて通力を得る。技法的には滝行・霊蹟巡礼で得る方法もある。要は正統なはずの修験・密教の行が、逆に低級霊の憑依を促す場合もある。ただ魔神に類する行者も多く、この場合は正法の行者と見分けがつきにくい。・・・TVとかに出てる真言・修験の阿闍梨さんもいてますよ。)託宣するわけです。低級霊を使えば大小ありますが、大抵はこの力が得られます。しかし、その見返りが怖いですね。触らぬ神に祟りなしといいますが、欲得で得ようとした通力は必ず邪霊が憑いて来るんで、末路は厳しいと云われています。

 結構多いんですよ、霊能者にこの系統が。・・・しかし、今回紹介された霊能者は電話で話しても上品そうなんで、行ってみることにしました。結果はまたブログにカキコします。

霊のお話

2011-09-27 12:37:07 | 吉野修験雑記
 修験道とは全然関係が無いんですが、霊についてのお話について述べたいと思います。Fさんと云う看護師さんなんですが、時々幽霊を見ることが出来るそうです。同僚のYさんもFさんと同様の能力を持っています。彼女らが働いている病院は、かなり以前大型病院の付属施設として建てられた所です。今はターミナル専門の病院になっていますが、ここがホントよく出るんです。夜勤で先程挙げた2人が、床で歩伏前進している頭の禿げた老人を見たり、誰もいない食堂から物音がしたりするのを聞いたそうです。

 病院の増改築の時、お祓いもせずに通常業務をしていた時は、一番酷かったそうです。木の扉も無いのに、「バタン、ギー」と音が鳴り続けて、あまりに煩いので「やかましい!」と言い、壁を蹴ると余計に音が激しくなるなどの現象があったそうです。(これは昼夜関係なく、一定時間続いたようです)ここの病院の患者さんは亡くなる前、「あそこに女の子がいてる」というのが常で、意識が朦朧としているにも関わらず、挨拶を対象方向にしていることも度々だそうです。

 患者さん、看護師さんの目撃を総括すると、若い女の子がいてるのは間違いないようです。姿としては、おかっぱで白いブラウスを着ているそうです。近日ステルベンが続いた時などは、霊感の無いMさんまでが霊を見ました。心電図モニターの前に、若い女の子が上半身だけ浮かび上がって立っていたそうです。また、この頃から2階にある重い鉄の扉が勝手に開く現象が続いています。はっきりいいますが、お化け屋敷みたいなところで、彼女たちは働いているわけです。(斯云う私も、本業の傍らここでバイトを時々しているんで、何度か不思議な体験をしているが)

 ベットに対してもある霊には拘りがあるのか、ある決まったベットに患者さんが寝ると、頻繁に幽霊と思しき目撃談を、使用している患者さんが看護師に話すそうです。先に挙げた頭の禿げた老人は霊界に行ったようで、最近は見かけないそうです。代わりに別な霊がいてるとFさんは言っていました。私もバイトでここの夜勤で仮眠に入る時は、お不動さんの慈救呪や神変大菩薩(役行者)を念じる時があります。役行者さんの力は絶大ですよ。近づいて来ても、必ず離れていきます。(その後安眠です。)

 この病院にはTさんと云う事務長がいてるんですけど、この人は殆んど霊能力者と云ってもいい人だそうです。まず霊視が出来るそうです。それと浄霊も。浄霊はどのようにやるのか伺いました。実例を挙げるとこうです。この病院で働いているY君というケアーワーカーに、女の子の霊が憑いているのを霊視で確認しました。そこでTさんは自分の体に載せて神社に向かったそうです。神社の神域まで行くと、この霊に「光の国に帰りなさい」と語りかけ、成仏を祈るんだそうです。すると、フーッと光の国に帰るんだそうです。

 どうしてこんな能力が身に付いたのかと云うと、幼い時から大切にしてくれた御祖母ちゃんが亡くなってからだそうです。そのTさんを持ってしても、この病院にいる全ての霊魂の浄霊が出来ないのは、それだけ強烈なんでしょうね。霊の力が。私が思うにここの病院の霊は、完全に地縛霊化しており、しかも単体で無く、グループ化していると考えます。何故そう云えるかですが、深夜になると階段の踊り場で、若い女の子の話声や音楽まで聞こえますからね。(誰もいませんし、高齢者ばかりですからね。)

 先程のTさんは、深夜まで仕事をしていると、カゴメの歌がずっと聞こえるんで(女の子の声で)オカシイなぁと思っていると、だんだん近づいて来るんで、これはヤバイと思って護身用の刀を使い追い払ったそうです。(銃刀法違反じゃないの?笑)しかし、見えすぎる人には酷な環境なんで仕方ありませんね。私は思うんだけど、こんな人こそ宗教って必要だと思うんですけど、やっぱり縁なんですかね。我流のままで処理してるんですから。

除霊・浄霊

2011-09-21 07:38:07 | 吉野修験雑記
 「何度も見たけど、まあ、あれを生業とはしたないな」と先生は云われた。映画、「陰陽師」で安倍晴明が、悪霊を粉砕したかっこいい場面を想像するが、実際行われている現場は凄まじい様相を呈しているとのこと。「そういう人(除霊・浄霊を行う人)は背負っているものが違うな。また、そういう人には、そういう人(除霊・浄霊を必要とする人)が不思議と集まるな」。

 先生の父親は実はこの関係の人であった。並大抵でないことは、私生活に於いても体感しているんだろう。(除霊・浄霊というのは、家族にも影響を与えかねない危険性がある。)除霊・浄霊で活躍するのは龍神系の守護神様である。自然霊にも色々と得意分野が分かれていて、霊系によっても特色がある。

 修験系は「滝行」「護摩行」「回峰行」、この3つが修業の基本形である。回峰行と云えば、比叡山の千日回峰行が有名であるが、要は霊蹟・霊社を礼拝する歩行禅である。そこまで大がかりでなくても、ある短い範囲を巡拝するのも立派な回峰行である。霊蹟・霊社を無心に礼拝することが重要なのである。人間は基本、凡夫なんで、「ここまで拝んだからご利益確実!」なんてすぐ考えちゃいます。歩行禅が加味されているのは、無心になるための意味合いもあるんでしょうね。

 魂を込めた霊蹟・霊社への巡拝は非常に功徳があります。霊的感受性が豊かな人はすぐ効験が現れます。例えば吉野の脳天さん(脳天大神)を本殿・眷属さん・霊蹟を真剣に巡拝してみてください。何がしかの不思議を感知できると思います(比較的霊的に鈍い人でも)。一回だけでも感じられるのに、毎日礼拝を続ける効果たるや、それは凄いものがあるはずです。

 ただこの様な礼拝行は不思議と専門僧侶より俗人の方が、霊能力を開眼する人が多いと思います。一つはそういう体質の人が集まるということもあるでしょう。もう一つは、御役目を授かる俗の人は、神さんにおもいっきり落とされているからではないかと思います。神さんは高慢な信心を非常に嫌うので、引き上げる前におもいっきり落としはることがあるんです。勿論、本当の信心に目覚めさせるためですけどね。

 専門僧侶は僧になった時点で、世間体やら人間関係やらで、本当のお蔭が貰いにくい環境が原因なのかもしれません。(しかし、十分世間的な功徳は享受させてもらえます。)話がだいぶ脇に逸れちゃいました(笑)。それで本題の除霊・浄霊ですが、実は誰しも絶えず憑依は起こっています。それを絶えず跳ね返しているんですね、私たちは。

 憑依という「形」で現れるのは、余程波長がピッタリと合う条件が揃っているからです。前世からの因縁、生霊・先祖霊・地縛霊が絡んでいるか、体質的に霊媒の要素があるかです。(斯云う私も霊媒体質です。母親や一族がこの血筋なんで仕方ありませんが・・・)除霊・浄霊の際、除霊される側に祈祷師が合掌させているでしょ、あれは何故だと思います?

 憑依していると、左右の手を合わせることで、霊の発動が起こりやすくなるんです。祈祷師がお経や祝詞をあげるのは、神仏を撥遣する目的もありますが、憑いている霊を浮かび上がらせる目的もあるのです。除霊はご真言や九字で成功することがありますが、またすぐに戻ってきて憑いてしまうことがあります。浄霊が難しいんですね。

 浄霊は長時間、霊と向き合って説得しないといけませんし、癖の悪い動物霊(本当は人霊だが、動物霊に近い状態にまで落ちていることがある)なんかは、数日に亘り施行しなくてはならない。でも、浄霊に成功すれば、陰徳を積むことになりますから、行者冥利に尽きるんですけどね。また、技術的に高いものが浄霊には必要です。条件としてある程度霊視(霊聴とか)できなくてはなりません。

 俗に行者の末路が悪いと云われるのは、浄霊ではなく、除霊で処理をしていたからなんですね。霊は仕返しに来ますからね。納得しない方法で払われた場合は。急場を凌ぐ時は、除霊でいい場合もある。大峰の奥駈で餓鬼の霊に憑依された時、九字で払うこともある。私はかなり以前、真っ昼間だから大丈夫だろうと思い、友人宅近隣のいわくつき心霊スポットに行ったことがある(友人曰く、「自殺者も多発しておりかなりヤバイ」。この友人は案内だけして、境内には一歩も足を踏み入れなかった)。

 その時は何もなかったんだが、1~2日経つと右手が時々勝手に震え出すんだ。「これは。伊勢神宮に行かなくては」と直ぐに直感した。嫁さんと幼い長女を連れてお伊勢さんに直行。外宮、内宮と参拝した。参拝後嫁さんが「あんた、こんな真ん丸の汗が7つTシャツに浮かんでるで!あ~気持ち悪~」って叫んだ。要は私の体に7体霊魂が憑依していたのが、神宮の神威により憑依が解けたため起こった現象である。

 自分の体験を述べると、強力な「巳さんの神様」は制御不能ですね。人霊と違いパワーが桁違いです。私の場合、要求どおりにすると約束してから、母親の体から離れてもらいました。除霊・浄霊の祈祷師は①霊媒的資質(先祖に信心深い人がいることが多い)②制御するため「行」が必要。この2点は必須条件かな?と思います。

行き詰り、息詰まりの無い宗教・宗教観は?

2011-09-19 07:27:21 | 吉野修験雑記
 私は日本の宗教家では、役行者・弘法大師・日蓮聖人が好きである。お大師さん、日蓮さんからは海の思想を感じるし、役行者からは山の思想を感じる。要は3人ともダイナミックな宗教観の持ち主であったことが、惹かれる要因なのだろう。役行者は修験道の開祖だが(出羽三山が主張する蜂子皇子始祖説は置くとして)畿内を考えただけでも、非常に大きな信仰規模を想定していた。

 葛城、金剛、生駒山系と大峰山系の2つがその中心である。葛城は法華経、所謂顕教の峰。大峰は金胎不二、密教の峰。畿内を眺望した視点に立たないと生まれてこない発想である。そしてこれらの景色、眺めの良いこと、この上ない。「昔の人の方が、考え方(宗教観)の規模は大きいな」。こないだ師僧と一緒に、高取の古城頂上から大峰山系を眺めていた時、先生がポツリと云われた。

 「日本は周囲が海で守られているんで、昔から他民族の侵入を阻んできたやろ。他所は違うで。イスラムにしても、キリストにしても、ホンマ過激や。宗教戦争もしよるしな。宗教自体が民族、国家を象徴してるんや。そやから、そのどちらにも属してへんて云うのは考えられんし、両方とも一神教やっちゅうのも妥協を許さへん風土からやろな」。引き続き先生が、日本と外国の宗教観の違い、明治維新後の廃仏毀釈による修験道の衰退と復興、国家神道への歴史など教えてくれた。

 修験道は「自然宗」である。海・川・山に精霊の鼓動を感じる宗教である。それに、密教がプラスされたんだが、本来ベースにある考えは「自然」である。「自然」がお経であり、祝詞である。役行者は偉大な先師であるが、著作というものが全くない。ただ弟子たちに行場守護を命じただけである。自然を体感すれば自得できるからなのであろう。弘法大師が創設した四国八十八か所の遍路行もよく似ている。

 お遍路をすれば分かるが、自然と密接な関わりがある。今、日本では時代背景が変な感じになって来ているためか、お遍路が見直されて来ているようだ。旅をすれば心が解放され、気鬱な気分も爽快になる。人間の心は広がりを本能的に持っているので、お遍路は現代人にとって、うってつけの礼拝行だと思う。先生は「お遍路をすれば一度は不思議な体験をするが」と云い以下の話をされた。

 先生は若い時、自転車にテントを積んでお四国を周ったそうである。20番札所で夜も暮れて来たので、寺院境内外れのところにテントを張り休んでいた。すると凄い風の音とともに、うねりながら何者かが近づいてくるのが感覚として分かった。そして、テントにいるにも拘らず先生を跳ね飛ばしたそうだ。それが離れては、近づきぶつかっては、また離れるという体験をしたと云う。

 鶴林寺(20番札所)から2KM先には、21番札所太龍寺がある。将に龍神を古代人は体感していたんでは?と云う話だった。「昔の人は私ら現代人が失った超感覚的なものが鋭敏だったと思うな」と先生。修験とかお遍路っていう「行」は自然を通じて、本当の感覚を取り戻してくれるのかもしれない。

滝行

2011-09-18 10:37:48 | 吉野修験雑記
 滝行は「お滝を受ける」とか云うそれです。残念なことに師僧のお滝場は此間の台風で修繕中であった。修験の信仰者の間で滝行は当然の「行」として受け入れられている。その効果の程であるが、非常にご利益が高いこと請け合いである。ただし心臓の悪い方や高齢者にはどうかと思いますが。・・
自分を変えたいと考えている人、今の境遇を一皮剥きたいと思っている人は、一度チャレンジしてもいいのではと思う。

 先生から滝行中の写真を何枚か見せて頂いた。オーブや霧状の靄がかかっている写真が殆んどであった。勿論、撮影中にその様な現象は無かったとのこと。特にデジカメになってから、オーブはよく被写体の中に写り込むらしい。「オーブは七色あって、自ら発光するし、移動もする」と先生が説明してくれた。先生は何時から心霊研究家になったのかと思うほど、滝行以外にも沢山の心霊現象と思しき写真をパソコンで見せてくれた。

 思うに、お滝場は霊の集中する所と考えて間違いないだろう。魂を鍛える一種の磨き砂と考えるべきか?憑依を取り除くために滝行を受ける場合もあるが、その落ちたはずの霊が次の行者に憑いてしまうことも儘あるという。ここで必要なのは、きちんとした指導者だと思う。またお滝を受ける当人側の思念も大切であろう。

 私の知っている教師の話をしよう。この人は非常に滝行を好む人で、「一緒にお滝を受けよう」と誘ってくれたこともある。10年前は占い稼業の片手間に修験をしていた。昔やくざだった経験もあるのか指を飛ばしている。(本人は否定も肯定もしないので定かではない)その彼も今では小さいながらも住職稼業に専念して、下化衆生の御役目に邁進する日々を送っている。人間変われば、変わるものなのである。

 だだこの教師の道心が半端でなかったのは、同様に加行した仲間として保障させて頂く。(ホント、根性のある人でした)それで話の結論なんですが、悪いのを背負い込む可能性もあるが、良いものを背負い込む可能性もあるわけです。滝行の一つの特徴を挙げると、「行」という後天的な行動で、人工的に自然霊やその他に類する諸霊を憑依させる技法であり、その憑依した霊魂の力も借りつつ自分自身向上、変化するのが目的?と云うことである。

師僧との交流

2011-09-16 05:24:16 | 吉野修験雑記
 師僧との出会いは吉野蔵王堂が最初だった。今から12年前である。当時は修験道に興味を持ち、京都の聖護院まで足を運んだこともあった。現管長の宮城猊下ともお話をさせて頂いたこともある。結局、私が選んだのは吉野の方であった。今から考えれば、宗教への認識も薄く、若干遊び半分でやっていたように思う。子供の出産や家の新築、自分自身の病気(ヘルニア)から、徐々に信仰から遠退いてしまった。

 それだけではなく、裏の世界を垣間見ると「所詮、宗教も娑婆と同じだ」と感じて、宗門から離れる勝手な理由づけにしていた。はっきり云って、自分自身復帰する気持ちは全く無かった。それが、この9月上旬に七宝滝寺へ参拝に行ったのが機縁で、180度気持ちが転換してしまった。(思いっきり点在する霊蹟・仏像・お社を参拝したのが契機になったのかも?)まず最初に頭に浮かんだのは、師僧への不義理であった。行に誘われても完全に無視でしたからね。

 「時間が経って、大切なことが分かることもある」って師僧は云って下さいました。先生には入門当初から理屈ばかり云ってました。主に仏教宗派を肯定して、理論的に最勝なのはどれかと云う質問ばかりが中心でした。私自身、宗教の学習も進み、宗門での学びの奥深さがようやく理解出来たことも伝えました。宗教は理屈だけではない、体感する世界なのである。

 師僧からは、心霊のこと(安心したのが、元々否定論者だったことです。否定しても実際にこの目で見たり、全国にいる霊能の教師が行っている祈祷現場に立ち会うことで霊の世界を確信したようです。)、お四国を廻った時の不思議体験、宗門での裏話、お弟子さんの話、師僧自身の宗教への回帰、神仏との縁やお導きの話を聞いた。また行場周囲に点在する宗教遺跡を説明、見学させてくれたことや古城頂上で一緒にお弁当を食べたことは一生の思い出です。(古城から見た大峰山系は、天気もよかったんでホント美しかったです。)

日蓮と空海。

2011-07-02 08:07:36 | 吉野修験雑記
 これから述べることは、勝手に自分で判断して教義を作っているんで参考程度に。・・・日蓮義は過去に何度も述べた様に、初心の円教を信じる衆生が、観心を成立させるためのシステム理論。その先の熟脱仏法を考えた場合、一番勝れているのは密教である。弘法大師が弁顕密二教論、秘蔵宝鑰、十住心論で力説しているのは、行法における密教の優位性にあるんですが、お大師さんが説いていることは正しいと思いますね。(ただし、天台を八位に順位づけしたのは間違っていると思います。法華経は諸経の大王であり、教相判釈に大日経・金剛頂経優位とするのは立教開宗する上で仕方がなかったんでしょうね。)

 日蓮聖人の妙法曼荼羅は、日蓮聖人自身が持つ天台と真言の教義、思想の合作です。おまけに日蓮聖人独自の神道観も入っている。高野山大伽藍にある金堂には中央に薬師如来、左右に金胎の曼荼羅が向い合せに設置されている。さらに不動、愛染明王が配置され、その外側に弘法大師、高野大明神が祭祀されている。妙法曼荼羅の左右の梵字、あれは不動、愛染です。このあたり面白いですよね。前にも書きましたが、薬師如来は久遠実成釈迦を表現しています。金堂とは寺院におけるコアなんで、大日如来云々と云いつつも中心的本尊は天台と同様、久遠実成釈尊であることは間違いないですね。(このあたり私見です。笑)

 金堂の後ろに聳える空を突き抜けるような大塔。これなんか、「顕教はさておき、我は秘密曼荼羅の世界に専念し大空に遊ぶ」を表現しているかのようですね。きちんとした教義体系を持ちつつも、お大師さん独特の思想観が建造物の配置から感じ取られる。妙法曼荼羅で云えば、釈尊・塔は南無妙法蓮華経になりますね。ホント似てるんですよね。・・・妙法曼荼羅の左右の梵字、不動・愛染なんですが、二体揃って仏像で祭祀しているのは他宗を見渡しても真言宗のお寺くらいですね。日蓮聖人は台密より東密の影響の方が強いように思います。妙法蓮華経は五輪を象っているんですが、五輪は真言の覚鑁上人が教義で体系づけてからメインになっています。弘法大師はその著書を読んでも六大主体。六大から五大への宇宙観は覚鑁上人の影響が大ですね。

 日蓮聖人は覚鑁上人の著書、五字九輪秘密釈の書写も行っていますし、理性院流の血脈を受け継いでいるとも云われていますんで、東密の影響は十分考えられますね。日蓮聖人は後年、真言をボロクソに批判するんですが、本当に尊敬していたのは弘法大師だったのではないかと思いますね。伝教大師よりも。・・・真言宗の教義体系の誤りを批判することで、弘法大師の真言教の真実を述べたかったのではないでしょうか?開目抄に教相では法華経を大日経より下に置いているが、事相で天台の光定等に教授する時、法華経を大王の如く大日・金剛頂経を左右の臣下の如く云々はその内面にある心の表れでしょうか。(日蓮さんはお大師さんは認めているんですが、著書として出されている教義には正義を貫いているんですね。)

 私個人としては、顕教に日蓮義を、密教では東密重視としています。日蓮義の次は密教を学ぶべきでしょうね。まあ、信仰の個人差もあるんで何とも云えませんけど。日蓮義に狂信的な態度、考えこそ非常に危険ですし、大きな間違いだと断言できます。日蓮義は初門。一段落着いた後で、そこから飛び出さないと駄目ですね。