ブログ de なんで屋 @東京

みんなで「これからの社会」を考えるために、『場』と『認識』を提供する社会事業です。

日本人に可能性はあるのか?

2010-10-19 18:49:06 | なんでや劇場

皆さんは、最近の日本、あるいは今後の日本について、どのように感じられていますか?

参考までに、「2008年 新成人に関する調査(516件(男性258、女性258)の有効回答)」の結果を紹介します。
 「自分の将来」は明るいが、「日本の未来」は暗くなる〜新成人アンケート(http://www.rbbtoday.com/article/2008/01/09/47725.htmlより)

「日本の未来」についてどう思うか?
 ⇒「暗い」 13.8%
 ⇒「どちらかといえば暗いと思う」 33.5%
 ⇒「明るい」、「どちらかといえば明るい」 9.1%

「自分の未来」についてどう考えているか?
 ⇒「明るいと思う」(12%)
 ⇒「どちらかといえば、明るいと思う」(31%)
 ⇒「暗い」(4.3%)
 ⇒「どちらかといえば暗い」(14.1%)

「将来の夢」について
 ⇒将来の夢が「ある」 63%
 ⇒「今のところない」 25%


若者の実感では、日本の未来は決して明るくは無いが、自らの将来にはなんらかの夢や希望をかろうじて持っている様子が伺えます。どちらかというと、国家に対する不信感はあるが、自分には関係ない、といったところでしょうか。

このような実感を抱く方は、若者に限らず意外と多いのではないでしょうか。

そこで、今日はこのなんとも言えない断層の正体を分析、構造化した投稿を紹介します。

歴史に見る日本人の可能性1

■日本人に可能性はあるのか?

・ひたすらアメリカの言いなりになるだけの政治家、官僚=特権階級
・彼ら特権階級の手足となり、偏向報道を続けるだけのマスコミ
・そのマスコミ報道→「作られた世論」に、右往左往する庶民
今の日本は、世界各国の後塵を拝し、嵐に漂う枯葉のような存在となりつつある。

しかし、一方では、暴走する特権階級(政治家、官僚、検察、マスコミ)を冷ややかに(自分には関係ないと)見ている庶民も多い。

上記のように、今やテレビ・新聞を通じて垂れ流される出来事だけを見ると、既に取り返しの付かない程ガタガタな状況である事が伺えます。しかし、多くの庶民はそれらの出来事に対して、危機感よりもむしろ呆れ返って放ったらかしているようにすら感じます。もう、勝手にやってろ、と言わんばかりに。この断層は、一体なんなんでしょう?


■なぜ、大衆と特権階級の断層が広がるのか?

   
私権空間の空洞化 → 特権階級の暴走
   ↑               ↓
私権の衰弱            大衆と特権階級の断絶
   ↓               ↑
   豊かさ期待の消滅→
収束不全⇒共認収束


1970年に豊かさが実現されるまでは、人々は貧困の圧力に晒され、飢えから逃れる為に必死になって働いた。この社会では、
私権(お金や、お金を得るための身分)が共認されている(皆に認められている)ため、社会の全ての物財は私有の対象となり、私権を確保しなければ生きていけない。つまり、貧困の圧力の下では、私権獲得が第一義課題であり、活力源であった。この社会では、豊かさ期待という社会共認の中に、全成員が包摂されており、支配層も大衆も豊かさ期待と言う意思において一体であり、両者は繋がっていた。

しかし、1970年に工業生産の発展によって豊かさが実現されると、
私権獲得はもはや第一義課題ではなくなり、人々はその為に必死に働こうとはしなくなる。私権獲得と言うそれまでの活力源を喪失し、若者は先行して「相手に喜んで欲しい」「みんなの役に立ちたい」という思いを強め、期待に応えて得られる共認充足を、新たな活力源とし始めている。

豊かさが実現されると、豊かさ期待は薄れて行き、無意識の深い地平で私益追求から離脱して共認充足に移行してゆく大衆と、あくまで
私権追求・市場拡大を志向する特権階級の間に断層が生まれ、どんどん拡大していった。この断層は、1990年のバブル崩壊で大衆の私権追求意欲が急速に衰弱して行ったことにより、断絶し始めた。

いまや自らの
私権=特権にしがみついているのは特権階級だけであり、共認収束を強める庶民との断層は広がる一方である。
そして、新しい活力源は、
私権獲得ではなく共認充足にしかない。その意味で、世界でも最先端を進んでいるのは日本のように思える。日本に可能性はあるのか?

如何でしょう?

皆さんは、上記の断層構造から、何かしら可能性を見出せましたか?

私権獲得ではなく、共認充足の可能性に既にシフトしている庶民。庶民とは、特権階級以外の人々であり、つまりはこの国を支える国民の99%の人々を示します。

その大半を占める人々の意識=社会こそが、次代の可能性そのものだと、私は感じます。

ここで庶民が「実現思考」に転換しさえすれば、この社会は変わる。

その萌芽が、若者のアンケート調査結果に表れているのではないでしょうか。

特権階級(マスコミ・官僚etc.)に振り回されること無く、自分達の国は自分達で創る。この気概を持って、今後の社会の当事者になる事。その為の社会勉強は、今や万人にとっての充足課題になったのです。

こんな面白い勉強は、他にはありません。

という事で、皆さんも是非社会勉強の場=ネットサロンで勉強しましょう!

お待ちしています


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