今年の正月は、元日から初詣で「お伊勢さん」。
神宮の外宮を詣ってから、この内宮。五十鈴川を橋で渡れば、内宮の神域です。途中、参道から五十鈴川に下りて『すすぎ』です。
手水舎もありますが、やはり、こちらで『すすぐ』ほうが気分、です。
ちなみに、「禊」のハショリが「すすぎ」。五十鈴川で『禊』をして本殿に詣る、のが正統?ですから、やはり、「すすぎ」も五十鈴川でしたほうが、正統派?
五十鈴川は、この内宮の裏手の山を源流に、伊勢市街を迂回して二見浦、伊勢湾に注ぎ込む、さして大きな川ではありません。
海沿いの山背から流れる川。農薬や生活排水などで汚れる事無く、海に注ぐ小さな川。っていうのは、清楚というか、浄化される、印象があります。特に上流の様子は見た事はありませんが、多分、人の手(護岸などの工作物)が入ってないのだろうと。勝手な想像で、自然のままな川、で、信仰の対象となるような川、だろうと。
海沿い育ちの私としては、やはり子供の頃、海近くの山背の綺麗な川瀬で遊んだ記憶も重なり、これだけでも、十分に「厄落とし」の気分です。
あと、ちょっと思い出した事は、村上春樹「国境の南、太陽の西」に、そんな雰囲気なシーンがあったかな?。
内宮のあとは、猿田彦神社に寄って、 お土産は…
神宮の外宮を詣ってから、この内宮。五十鈴川を橋で渡れば、内宮の神域です。途中、参道から五十鈴川に下りて『すすぎ』です。
手水舎もありますが、やはり、こちらで『すすぐ』ほうが気分、です。
ちなみに、「禊」のハショリが「すすぎ」。五十鈴川で『禊』をして本殿に詣る、のが正統?ですから、やはり、「すすぎ」も五十鈴川でしたほうが、正統派?
五十鈴川は、この内宮の裏手の山を源流に、伊勢市街を迂回して二見浦、伊勢湾に注ぎ込む、さして大きな川ではありません。
海沿いの山背から流れる川。農薬や生活排水などで汚れる事無く、海に注ぐ小さな川。っていうのは、清楚というか、浄化される、印象があります。特に上流の様子は見た事はありませんが、多分、人の手(護岸などの工作物)が入ってないのだろうと。勝手な想像で、自然のままな川、で、信仰の対象となるような川、だろうと。
海沿い育ちの私としては、やはり子供の頃、海近くの山背の綺麗な川瀬で遊んだ記憶も重なり、これだけでも、十分に「厄落とし」の気分です。
あと、ちょっと思い出した事は、村上春樹「国境の南、太陽の西」に、そんな雰囲気なシーンがあったかな?。
内宮のあとは、猿田彦神社に寄って、 お土産は…