【朝顔の鉢】
昔、ある城下町の町屋に、
そろって小町娘と評判の美人姉妹がおり、
その娘の家では、
軒下に朝顔の鉢植えをいくつか並べていた。
ある朝、姉娘が朝顔に水をやっていると、ひとりの若衆が通りかかり、娘に声をかけた。
「そこな朝顔に水をやってる娘御、
そのツルには何枚の葉が付いて御座ろうか」
突然男に声を掛けられた姉ははずかしがって、返事もできず、
家に逃げ込むと、妹に今あったことを話した。
それを聞いた妹は、
「そんなのは、ほおっておけばいいのよ。
もし明日もきたら、私が相手するわ」と姉に言った。
次の朝、妹娘が朝顔に水をやっていると、
きのうの若衆が通りかかり、また声を掛けた。
「朝顔に水をやってる娘御、
そのツルには、何枚の葉が付いて御座ろうか」
妹娘は澄ました顔で顔で答えた。
「これはこれは、あか抜けて見目良いお武家様、
四書五経から暦学、漢詩、やまとうたまでたんのうなあなた様なら、お尋ねしてもご存知でしょう、
空には星がいくつあり、
浜には砂粒がいかほど御座いましょうや」。
軽くからかうつもりが、
思わぬ反撃にあい、言葉に詰まった若衆は、
さすがにきまりがわるく、何も言わずに立ち去った。
しかし、自分の屋敷に帰ると、
「今に思い知らせてやるぞ」と独り言を言った。
何日かのち、
前髪をそって、商人風に身なりを変えた若い武士は、
娘の家の近くを、
「え~絵草紙、草草紙はいかが、
桃太郎から猿かに合戦、
菱川師宣から恋川春町まで、お望みしだいでござい」と、
風呂敷に包んだ荷を背負って声を掛けて歩いた。
家から妹娘が出てきて、
「絵草紙はいかほど」ときいたので、
若衆は「そうですねー、あなたのような美しいお方なら、手を握らせていただけるだけで差し上げるんですがネェ」と言って笑った。
娘は、「まぁ」と驚いたが、これはきっとからかっているのだと思い、
「誰にも見付からない場所でならかまわないことよ」と澄まして言った。
娘がそう言うのを待っていた武士は、
いきなり手を握ると引き寄せ、抱きすくめて口を吸った。
娘は突然のことに身動きもできなかったが、
やっと離されると真っ赤になり、ものも言わずに家の中へ逃げ込んだ。
さて次の日、
妹娘が朝顔に水をやっていると、
若侍が通りかかり、以前のように声を掛けた。
「朝顔に水をやっている娘御、
そのツルには何枚の葉が付いて御座ろうか」。
娘もまた以前のように答えた。
「これはこれは、あか抜けて見目良いお武家様、
四書五経から暦学、漢詩、やまとうたまでたんのうなあなた様なら、お尋ねしてもご存知でしょう、
空には星がいくつあり、
浜には砂粒がいかほど御座いましょうや」。
それを待っていた若侍は言った。
「身共が吸った口はどんな味で御座ったろうか」。
まさか、きのうの絵草紙屋が若侍だとは思わなかった娘は、何も言えず家に逃げ込んだ。
それ以来、若侍は姿を見せなくなった。
若侍が急に来なくなったので、姉妹も気になり、隣近所で噂をしたところ、
あの若侍は、然る武家の跡取りで、
ちかごろ、重い病になり、もはや医者もさじを投げてているような状態だとという。
「なら、私が直してあげるわ」と妹娘は言い、
白小袖に緋袴の巫女姿になると、若侍の屋敷の前を、
「死霊、精霊の呼び出しから、
狐憑きや恋の病まで、拝めばたちまち解決、
霊験灼たかなる評判の巫女に御用は御座いませんか」と流して歩いた。
すると、すぐに、
もはや神頼みしかないと思っていた両親が、巫女を呼び入れた。
若侍の寝る部屋に案内されると、巫女は、
「これからどんなに物音がしても誰も入らぬように」と、堅く約束させてから、皆を追い出した。
そして厳重に戸締りすると、
風呂敷から大根と木槌を出して、
もはや意識の朦朧としている若侍をうつぶせにし、
大根をお尻の穴に突っ込み、もっと深く入るように木槌でたたき始めた。
哀れな若侍は、あまりの痛さに目を覚まし、
大声を上げ、叫んでは人を呼んだが、巫女から堅く入室を止められていたので、誰も助けに来なかった。
そしてなおも木槌でたたき続け、
大根はすっかりつぶれてお尻の穴に入ってしまった。
巫女は帰り、若侍は元気になった。
そして、ある朝、
妹娘が朝顔に水をやっていると、いつものように若侍が通りかかり、
「朝顔に水をやっているそこな娘御、
そのツルには何枚の葉が付いて御座ろうか」。
娘もまた以前のように答えた。
「これはこれは、あか抜けて見目良いお武家様、
四書五経から暦学、漢詩、やまとうたまでたんのうなあなた様なら、お尋ねしてもご存知でしょう、
空には星がいくつあり、
浜には砂粒がいかほど御座いましょうや」。
それを待っていた若侍は言った。
「身共が吸った口はどんな味で御座ったろうか」。
妹娘はニッコリすると言った。
「では、お尻に入れた大根は甘かったですか、辛かったですか」
それで若侍は、
「アノ巫女はこの女だった」と気づいたのだが、
平然として、
「無論、身共も御手前だと承知しておった、
だから、御手前を嫁にするよりないのです」と言った。
それで二人は夫婦になった。