漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

【朝顔の鉢】

2015年04月29日 | ものがたり

【朝顔の鉢】

昔、ある城下町の町屋に、
そろって小町娘と評判の美人姉妹がおり、

その娘の家では、
軒下に朝顔の鉢植えをいくつか並べていた。

ある朝、姉娘が朝顔に水をやっていると、ひとりの若衆が通りかかり、娘に声をかけた。

「そこな朝顔に水をやってる娘御、
そのツルには何枚の葉が付いて御座ろうか」

突然男に声を掛けられた姉ははずかしがって、返事もできず、
家に逃げ込むと、妹に今あったことを話した。

それを聞いた妹は、
「そんなのは、ほおっておけばいいのよ。
 もし明日もきたら、私が相手するわ」と姉に言った。

次の朝、妹娘が朝顔に水をやっていると、
きのうの若衆が通りかかり、また声を掛けた。

「朝顔に水をやってる娘御、
そのツルには、何枚の葉が付いて御座ろうか」

妹娘は澄ました顔で顔で答えた。

「これはこれは、あか抜けて見目良いお武家様、
四書五経から暦学、漢詩、やまとうたまでたんのうなあなた様なら、お尋ねしてもご存知でしょう、

空には星がいくつあり、
浜には砂粒がいかほど御座いましょうや」。

軽くからかうつもりが、
思わぬ反撃にあい、言葉に詰まった若衆は、

さすがにきまりがわるく、何も言わずに立ち去った。

しかし、自分の屋敷に帰ると、
「今に思い知らせてやるぞ」と独り言を言った。

何日かのち、
前髪をそって、商人風に身なりを変えた若い武士は、

娘の家の近くを、
「え~絵草紙、草草紙はいかが、
桃太郎から猿かに合戦、
菱川師宣から恋川春町まで、お望みしだいでござい」と、

風呂敷に包んだ荷を背負って声を掛けて歩いた。

家から妹娘が出てきて、
「絵草紙はいかほど」ときいたので、

若衆は「そうですねー、あなたのような美しいお方なら、手を握らせていただけるだけで差し上げるんですがネェ」と言って笑った。

娘は、「まぁ」と驚いたが、これはきっとからかっているのだと思い、

「誰にも見付からない場所でならかまわないことよ」と澄まして言った。

娘がそう言うのを待っていた武士は、
いきなり手を握ると引き寄せ、抱きすくめて口を吸った。

娘は突然のことに身動きもできなかったが、
やっと離されると真っ赤になり、ものも言わずに家の中へ逃げ込んだ。

さて次の日、
妹娘が朝顔に水をやっていると、
若侍が通りかかり、以前のように声を掛けた。

「朝顔に水をやっている娘御、
そのツルには何枚の葉が付いて御座ろうか」。

娘もまた以前のように答えた。

「これはこれは、あか抜けて見目良いお武家様、
四書五経から暦学、漢詩、やまとうたまでたんのうなあなた様なら、お尋ねしてもご存知でしょう、

空には星がいくつあり、
浜には砂粒がいかほど御座いましょうや」。

それを待っていた若侍は言った。

「身共が吸った口はどんな味で御座ったろうか」。

まさか、きのうの絵草紙屋が若侍だとは思わなかった娘は、何も言えず家に逃げ込んだ。

それ以来、若侍は姿を見せなくなった。

若侍が急に来なくなったので、姉妹も気になり、隣近所で噂をしたところ、

あの若侍は、然る武家の跡取りで、
ちかごろ、重い病になり、もはや医者もさじを投げてているような状態だとという。

「なら、私が直してあげるわ」と妹娘は言い、
白小袖に緋袴の巫女姿になると、若侍の屋敷の前を、

「死霊、精霊の呼び出しから、
狐憑きや恋の病まで、拝めばたちまち解決、
霊験灼たかなる評判の巫女に御用は御座いませんか」と流して歩いた。

すると、すぐに、
もはや神頼みしかないと思っていた両親が、巫女を呼び入れた。

若侍の寝る部屋に案内されると、巫女は、
「これからどんなに物音がしても誰も入らぬように」と、堅く約束させてから、皆を追い出した。

そして厳重に戸締りすると、
風呂敷から大根と木槌を出して、

もはや意識の朦朧としている若侍をうつぶせにし、

大根をお尻の穴に突っ込み、もっと深く入るように木槌でたたき始めた。

哀れな若侍は、あまりの痛さに目を覚まし、
大声を上げ、叫んでは人を呼んだが、巫女から堅く入室を止められていたので、誰も助けに来なかった。

そしてなおも木槌でたたき続け、
大根はすっかりつぶれてお尻の穴に入ってしまった。

巫女は帰り、若侍は元気になった。

そして、ある朝、
妹娘が朝顔に水をやっていると、いつものように若侍が通りかかり、

「朝顔に水をやっているそこな娘御、
そのツルには何枚の葉が付いて御座ろうか」。

娘もまた以前のように答えた。

「これはこれは、あか抜けて見目良いお武家様、
四書五経から暦学、漢詩、やまとうたまでたんのうなあなた様なら、お尋ねしてもご存知でしょう、

空には星がいくつあり、
浜には砂粒がいかほど御座いましょうや」。

それを待っていた若侍は言った。

「身共が吸った口はどんな味で御座ったろうか」。

妹娘はニッコリすると言った。

「では、お尻に入れた大根は甘かったですか、辛かったですか」

それで若侍は、
「アノ巫女はこの女だった」と気づいたのだが、

平然として、
「無論、身共も御手前だと承知しておった、
だから、御手前を嫁にするよりないのです」と言った。

それで二人は夫婦になった。








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