漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

○佐伯氏長強力の女大井子に遇ふ事

2014年08月07日 | ものがたり
【相撲強力】 ○佐伯氏長強力の女大井子に遇ふ事


平安のころ、
越前(今の福井県)の人、佐伯氏長、

朝廷より、相撲の節にはじめて召され、都を目指して上りける。

 ※【相撲の節】.すまい‐の‐せち
   毎年7月、諸国から集められた強者たちの相撲を天皇が観覧した行事。


道中、近江の国(今の滋賀県)、高島郡、
石橋を過ぎける時に、

顔かたちうるわしき女、
川の水を汲みて、自らかたげて行くを見かけたり。

氏長ひと目見て、心うごかされ、
このまま通り過ぎるには惜しい気が起これば、

馬より降りて、
女の持つ桶へ手を差し出しければ、

女、氏長を見て、少しほほ笑み、
いささかも驚く気配なければ、この女への愛おしさつのり、

手をさらに伸ばし、手から腕を握りし時、
女、桶を放して、氏長の手を小脇(こわき)にはさみて固めけり。

氏長、脈ありと嬉しく思うほどに、
女、いかにも脇を緩める気配なく、時を経れども この手を放さざりける。

引き抜かんとすれば、いっそ強く挟みて、
少しも引き抜けるべき気配なければ、

力及ばずして、
おめおめと女の行くに従い、ついて行くに、女、家に入りぬ。

水桶を置きて後、
女、手をはずして、ほほと笑い、
「それにしても、御身はいかなる人にて、このような戯れをしたまえるぞ」と云う。

その振る舞い間近く見るに、
いっそう優美に思え耐え難きほどのぼせて覚えけり。

「我は越前の国の者なり、
 相撲の節と云う事ありて、力強き者を国々より召さるる中に入りて参るなり」

と語らうを聞きて、女うなずき、
「危うきことにこそござれ、
 天下は広くあれば、世には隠れた大力者も多くござろう。

 御身もそれなりの力者には見えたれども、さほどの大行事の出るべき器にはあらず。
 ここでお会いするも何かの縁なれば、
 相撲の節の日まだ先の事ならば、ここへ二十日ほども逗留したまえ。

 その間に、食事など世話し、
力付け、身体を整えたてまつらん」と云えば、

日数もありければ、
それも良かろうと思いて、

心のままに、女の云うに従いて留まりにけり。

かの女、
「わらわは「高島の大井子(おおいこ)なり」と名乗り、

その夜より、強き飯を多くして、喰わせけり。

(強き飯→こわ飯、粥でない蒸した飯)

女みずから、その飯を握りて喰わするに、
それ、より強くしたこわ飯を固く握りてあれば、少しも喰い割られざりけり。

初めの七日は、すべて喰い割らざりけるが、
次の七日よりはようやく割られけり。

さらに次の七日よりぞ、いとたやすく喰いける。

かくて、二十日ほどが間、よくいたわり養いて、
「今は疾く上りたまえ、
 この上は、よも負けざり」と云いて、都へ上らせければ、

天覧の相撲にて、
氏長にまさる大力者なく、大いにに面目をほどこしけり。



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