漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

スーパー・ダイエー

2014年11月27日 | 政治・経済・こぼれ話

戦後昭和の混乱した社会に忽然と現れ、

十数年後には、
三越や高島屋など、並み居る老舗を凌駕して、

流通業界、売り上げトップに立ったのは、
安売りを看板とする、中内功ひきいる「スーパー・ダイエー」。

その全盛期、日本中の駅前には、
大根からシャツ、セーターはもちろん、

テレビ、カメラから背広まで揃う、
総合ショッピングセンターが立ち並び、そびえ建っていた。

ただ、戦後生まれのスーパーマーケット全盛のそのころ、

すでにアメリカでは、
カテゴリーキラーと呼ばれる専門店の時代へと移っていた。

やがて日本でも、電気製品やスーツの安売り店、
軽衣料に特化したユニクロ、薬のマツキヨなどの成長期を迎え、

総合スーパーだけでは、
利益の出なくなったダイエーは、多角化の道に活路を求める。

時、まさにバブルの直前、

中内の率いるダイエーは、
ホテルから遊園地、リクルートからプロ団ダイエーの獲得と、

よそ目には
「手当たりしだいの暴走」とも思えるような、拡大膨張への道を突っ走る。

そして時は移り、
やがて訪れた宴の終り、

バブルの末路は、中内ダイエーの終焉でもあった。

“中内功“、

その軍隊生活に始まる波乱万丈の生涯は、
「昭和経済界の風雲児」と呼ぶにふさわしい。

もし彼が、もう十年早く亡くなっていたら、
「昭和の織田信長」と呼び慣らわされていたかもしれぬ。

「ダイエーの看板消滅」のニュースを読みながら、そんなことを思った。







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