漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

忍術名人

2011年12月11日 | ものがたり

明治末から大正時代にかけて、一世を風靡した立川文庫、

その中でも傑作と呼び声も高く、
当時の子どもたちを「忍術ごっこ」に夢中にさせたと云う、「忍術名人・猿飛佐助」。

その中から、佐助と真田幸村出会いの場面より抜き読みの一席。
    
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(途中から)

無茶苦茶の清海入道のすることだからたまらない。

「若様、こんな大猿は叩きころし、煮て猿汁にして食いましょう」と、
いきなり大猿の首すじ引っつかんだ、

今や拳骨で殴りすえるられんとする危機一髪の折りしもあれ、
たちまち頭上の杉の枝より、
ヒラリと飛び降りた一人の少年あり、

いきなり清海入道の手元に踊りこむよと見る間に、
振り上げたる利き腕ムッとつかみ、
ヤッと叫んで、
さしも大兵肥満清海入道を目よりも高く差し上げ、

「ヤイ坊主、オレの友だちを煮て食うとはどうだ、
 叩き殺されてたまるものか」と
傍への松の根元を目がけ微塵(みじん)なれと投げつけた、

投げられたる清海入道は、どうして真田家名題の豪傑だ。

クルクルクルともんどりうたせ、
中途でヒラリと身をひるがえし、
スックと向うへ突っ立ち上がり、眼を怒らしハッタと睨(にら)まえ、

「ヤイ小僧、・・・・・

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なんと調子の良いテンポであることか、
いまでは手に入れにくくなったかっての大ベストセラー、

そもそも「立川文庫」とは、
講談師、二代目・玉田玉秀斎が書いた「講談の筆記本」がその始まり。

テンポが良いのは語り芸の講談を基にしているから。

立川文庫は人気が出て、やがて家族も参加しての、
オリジナルも書くようになり「猿飛佐助」は、その中のひとつ。

特徴としては、ポケットサイズで持ち運びがしやすく、
漢字は結構多いのだが、そのすべてに振り仮名が有り誰でも読めること。

青少年を夢中にさせたと云う事で云えば、
今なら、「ワンピース」や「スラムダンク」と云う処かな。







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