●人形が生きて働いた事 ①
ワシがむかし、
まだ子どもじゃったころ、隣村の爺さまから聞いた話をしてやろうか。
修行のために国々をめぐり、
旅を続けていた坊さまが、ある山国に至り峠を越えようとしたが、
思うたよりも険しい道じゃったか、難渋するうち日が暮れてしもうた。
これでは野宿するよりないと思うていると、
峠道から外れた谷川のほとりに、どうやら人の住む家らしき灯りが見える。
やれやれと灯りを頼りに近づき、一夜の宿を頼んだ。
住んでおったのは婆さんで、
若い娘との二人暮しであったが、
こころよく麦飯なども出して、坊さまをもてなしてくれた。
さて夜も更け、とろとろと眠りにつきかけたころ、
婆さんが娘に、
「これ娘や、人形を持って来なされ、湯浴みの刻限じゃ」と呼ぶ声がした。
「おかしな事を言うものじゃ」と思いながら、
そのまま伺っていると、
娘は奥から六寸ばかりの人形を二つ持ち来て、 (六寸→約20cm)
慣れた様子で着物を脱がせると、婆さんに渡した。
土間のタライには湯が張ってあり、
婆さんが人形を浸すと、
人形は生きるかのごとき顔色となり、いかにも気持ち良さそうである。
そのうちに人形は、
自分でタライの中を自由に動き回り、物なども言うようす。
あまりに不思議なゆえ、
坊さまも起きだし、
「これは如何なる人形にごぎるや。
さてさて面白き物にござるな」と話しかけると、
「これは、この婆が細工にて二つありまする、
もしよろしければ、ひとつは差上げましょうぞ」と機嫌よく言う。
坊さまもよろこび、
「これは良い土産になる」と貰い受け、
あくる日、人形は風呂敷に包んで肩に掛け、礼を言うて、その家を発った。
★明日に続く。