goo blog サービス終了のお知らせ 

比企の丘

彩の国・・・比企丘陵・・・鳩山の里びと。
写真、文章のリンク自由。

草原の国モンゴル紀行①・・・草原(ステップ)の国モンゴル・・・アルドゥラーンの遊牧地で

2018-10-21 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2017モンゴル紀行・・・旅人から見たモンゴルです。
モンゴル国・・・ほとんどの日本人が知らない国。知っているのは13世紀にチンギスハーンが興したモンゴル帝国、中国を支配した元の国(モンゴル帝国フビライ・ハーンが建てた王朝)が日本に襲来した元寇・・・ぐらいでしょうか。いまは大相撲の「朝青竜、白鷗、鶴竜」の故郷・・・
中国とロシアの間、日本の4倍の広さに人口300万人(うち首都ウランバートルの人口120万人・・・Wikipedia調べ)。海抜平均1200~1800m、年間降雨量200~300㎜、冬の最低温度-40℃、夏の最高温度40℃、それでいて夏でも夜は零度近くになることも。草原(ステップ)の国。
蒙古、内蒙古、外蒙古、北蒙古、南蒙古・・・とも呼ばれます。中華の国が漢字でそう表記しました。蒙古とは「おろかでふるい」という意味の中華思想からの蔑視語です。内・外は中国からの視線で見たゴビ砂漠より内・外の位置です。内蒙古は清国以来の領有関係で中国内蒙古自治区になっています。

さて・・・モンゴルの旅のはじめは首都ウランバートルから西へ360㎞、モンゴル帝国の王宮のあった「カラコルム」へ・・・
途中、立ち寄ったアルドゥラーンの遊牧地です。

草原・・・地理学的には「ステップ」(ロシア語)。

遊牧民の国・・・五畜(山羊、羊、馬、牛、ラクダ)の国・・・モンゴル・・・

ラクダ・・・牛(ここではヤクウシ・・・ヤクとウシの雑種)。

羊と山羊・・・1家族で200頭から300頭の羊。同数程度の山羊。
※撮影日は2017年7月6日。
遊牧民・・・「遊」は「旅」と同意語。移動牧畜。モンゴルではすべて私有の放牧地はなく自然草原。モンゴル国の人口の1/3ぐらいよいわれる。
五畜・・・山羊、羊、馬、牛、ラクダ。乳製品、食用、皮革に。羊、山羊は毛製品に。馬は乗用に、牛、ラクダは運搬用に。すべてオスは数頭を残して去勢。牛糞は主力燃料に。
山羊・・・羊の群れに数等混ぜる程度であったが、今はカシミヤの生産で増えている。羊の群れに混ぜるのは山羊は行動力、闘争心が強く羊の先導の役目を行うことから。
モンゴルの家畜数・・・馬212万頭、牛217万頭、ヒツジ1482万頭、山羊1545万頭、ラクダ25万頭、合計3481万頭、人口の10倍以上になります」。


※コメント欄開いています。

中国東北部(旧満州の旅)⑫・・・内蒙古マンヂョウリー・・・満州里の中ロ互市貿易区

2018-09-12 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・
中国東北部・・・内蒙古自治区・・・ハイラルから200㎞、中国・ロシア国境「満州里」に・・・

中ロ互市貿易区・・・北国第一門・・・フェンスの向こうはロシア領・・・
ロシア側にも門を建築して、フェンスを開き相互通行画をできるようにする計画があるようです。

中ロ互市貿易区・・・国際貿易城・・・A館(ロシア製品)とB館(中国製品)があルショッピングモールです。
国境を越えてロシア人が買いものに来ます。大型商業施設です。





マトリョーシカ広場・・・ロシアやモンゴルのお土産が並ぶ店、レストランなど・・・
※撮影日は2016年6月10日。
満州里市・・・フルンボイル地級市、人口16万人、中ロ国境であるため中国最大の陸運交易都市。


※コメント欄オープン。

中国東北部(旧満州の旅)⑪・・・内蒙古自治区・・・マンヂョウリー・・・中ロ国境の鉄道ゲート

2018-09-11 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・
中国東北部・・・内蒙古自治区・・・ハイラルから200㎞、中国・ロシア国境の駅「満州里」に・・・

満州里の駅から16㎞・・・国門景区・・・国境ゲートを見るための有料観光スポットです。

これから先は中国、香港、台湾の人だけしか入場できません。身分証明者が必要です。

中国側の鉄道国境ゲート

ロシア側の鉄道国境ゲート

列車が走っていれば二つのゲートを潜り抜けるショットが撮れた?
※撮影日は2016年6月10日。


※コメント欄オープン。

中国東北部・旧満州の旅⑨・・・内蒙古自治区・・・キプチャク・ハン草原村・・・果てしない草原の風景

2018-09-08 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・
中国東北部・・・内蒙古自治区フルンボイル市・・・ハイラル区・・・

ハイラル市街地から北へ40㎞、フルンボイル草原の中に・・・キプチャク・ハン草原村・・・モンゴルの草原での放牧生活のテーマパーク?です。観光客の宿泊できるゲル、食堂、モンゴル相撲、ステージで歌や踊り・・・など
遊牧民の生活を肌で感じてもらうための施設です。
※キプチャク・ハンは集落名ではなく中世にモンゴル人が築いた東ヨーロッパのキプチャク王国の名前です。

一番の見ものは見渡す限り、水平線まで続く草原と馬や羊や牛・・・です。
ユッタリと蛇行して流れるモルグル川・・・樹木は一本も無く、人の膝ぐらいの高さに繁った草がどこまでも続く。








※撮影日は2016年6月8日。
フルンボイル市・・・東西630㎞、南北700㎞、面積は九州より少し小さく四国より大きい。行政の中心はハイラル。フルン湖とボイル湖から名づけられた地域。二つの湖は淡水湖であるが多くの湖が鹹水湖(塩分を含んでいる)。ノモンハンはハイラルから南西250㎞のモンゴル共和国国境あたりの草原地帯です。
モンゴル・・・外モンゴル(北モンゴル)のモンゴル国と内モンゴル(南モンゴル)の中国内モンゴル自治区に分かれる。チンギスハンの後裔の領国の関係で分割され、清国との関係で南モンゴルは内モンゴル、ロシアとの関係で北モンゴルの体制になっていった。長い歴史の流れです。面積はモンゴルは日本の4倍、内モンゴル自治区は3倍の広さ。オセアニア大陸の内陸性気候、国土の4/5がステップ草原、年間降雨量300㎜、夏短く冬の長い高冷地。近年砂漠化が進んでいる。
 

※コメント欄オープン。

中国東北部・・・旧満州の旅⑧・・・内蒙古自治区・・・キプチャク・ハン草原村・・・モンゴル相撲

2018-09-08 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・
中国東北部・・・内蒙古自治区フルンボイル市・・・ハイラル区・・・

ハイラル市街地から北へ40㎞、フルンボイル草原の中に・・・キプチャク・ハン草原村・・・モンゴルの草原での放牧生活のテーマパーク?です。観光客に遊牧民の生活を肌で感じてもらうための施設です。
キプチャク・ハンは集落名ではなく中世にモンゴル人が築いた東ヨーロッパのキプチャク王国の名前です。

観光客の宿泊できるゲル、食堂、モンゴル相撲、ステージで歌や踊り・・・など
一番の見ものは見渡す限り、水平線まで続く草原と馬や羊や牛・・・です。

モンゴル相撲です。








※撮影日は2016年6月7日。


※コメント欄オープン。

中国東北部・・・旧満州の旅⑦・・・内蒙古自治区・・・キプチャク・ハン草原村・・・ゲル

2018-09-07 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・
中国東北部・・・内蒙古自治区フルンボイル市・・・ハイラル区・・・

ハイラル市街地から北へ40㎞、フルンボイル草原の中に・・・キプチャク・ハン草原村・・・モンゴルの草原での放牧生活のテーマパーク?です。観光客に遊牧民の生活を肌で感じてもらうための施設です。
キプチャク・ハンは集落名ではなく中世にモンゴル人が築いた東ヨーロッパのキプチャク王国の名前です。




遊牧民の移動式住居・・・ゲル(中国語で「苞」パオ)・・・観光客が宿泊体験できます。




※撮影日は2016年6月7日。

※ゆったりとした草原とゲルの風景ですが・・・現代のゲルでは、太陽光発電パネルと蓄電池、衛星電波のアンテナが必須アイテムのようです。電化製品、テレビ、PC、特にスマホは必須アイテムで住所の位置確認で郵便物が届き、ネット通信、銀行口座の決済なども行われます。ゲルの季節移動にはトラックが使われます。

※コメント欄オープン。

中国東北部・・・旧満州の旅⑥・・・内蒙古・・・草原に・・・積石と祈祷旗・・・オポー

2018-09-07 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・
中国東北部・・・内蒙古自治区フルンボイル市・・・ハイラル市街地から北へ40㎞、草原の中に・・・モンゴル遊牧民のテーマパーク・・・・キプチャク・ハン草原村

モンゴル草原の守り神・・・オボー・・・積石(ケアン、ケルン)に柱を立て祈祷旗を吊るしたもの。
※撮影日は2016年6月7日。
※チベット仏教の影響か?ネパールのヒマラヤ山麓で見られるチョルテン(積石)にタルチョ(祈祷旗)をはためかせたものに似ている。ケアン(積石)は道標、境界石、見張り石の意味を持ち、チベット仏教の祈祷の場所、モンゴル山岳信仰の儀式の場所・・・。

※コメント欄オープン。

中国東北部・・・旧満州の旅⑤・・・内蒙古自治区・・・

2018-09-06 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・
中国東北部・・・内蒙古自治区フルンボイル市・・・ハイラル区・・・

ハイラル市街地から北へ40㎞、フルンボイル草原の中に・・・キプチャク・ハン草原村・・・モンゴルの草原での放牧生活のテーマパーク?です。
冠名のキプチャク・ハンは集落名ではなく中世にモンゴルのチンギス・カンの長男ジョチが版図として治めた東ヨーロッパのキプチャク王国(トルコ系キプチャク族)に因んで。

キプチャク・ハン草原村(金帳汗草原)のゲート・・・

ツーリストセンター・・・観光案内所・・・

モンゴル美人のお出迎え・・・

馬頭琴・・・
※撮影日は2016年6月7日。


※コメント欄オープン。

中国東北部・・・旧満州の旅①・・・帝政ロシアの空気の色濃く残る・・・ハルピンの街

2018-09-03 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
地球を歩く旅人・・・彩風人の写真帳

2016年中国東北部(旧満州)・・・ノモンハンを訪ねての旅・・・旅のはじまりはハルピンの街。
ハルビン市(哈爾濱市)・・・アムール川(黒竜江)の支流松花江の畔の街、黒竜江省の省都、市区人口は約590万人、市域人口は約961万人。19世紀末、中国清王朝と帝政ロシアの条約によりシベリア鉄道(東清鉄道)が敷設され交通の要衝になり、ロシアをはじめ西欧諸国の進出拠点に、小さな村から「東方のモスクワ」「東方の小パリ」と呼ばれる大都市に。いまもロシアの空気の色濃く残る街。

聖ソフィア大聖堂・・・1907年帝政ロシアの軍用教会として創建されたロシア正教会の聖堂。
現在は教会・聖堂としては使用されず、ハルビン建築芸術館として一般公開

旧松浦洋行・・・ハルピン中央大街の中心部に建つ。ロシア人の設計、1917年建造。旧日系商社ビル。

モデルン・ホテル(馬迭爾賓館)・・・中央大街の中心部に。
フランスルネッサンス建築様式、ユダヤ系ロシア人マデイェールの設計で1906年建造。現在も営業。

啤酒文化広場・・・ビール広場。ハルピンはビールの町。
1900年ロシアの企業が設立した中国最古のビール工場があります。青島にドイツ資本のビール工場が設立したのは1903年。
文化広場・・・中国の公共公園、コミュニティー広場。屋根がついているのは冬の積雪対策か。
※撮影日は2016年6月5日。
※ハルピンには旧日本軍の細菌化学兵器研究機関「731部隊」の遺構があります。オプションの見学コースになっています。

※コメント欄オープン。

菜の花の季節・・・中国・雲南・・・羅平(ルオピン)の菜の花の海

2016-04-19 | 道をゆく 台湾・中国・モンゴル
中国南西国境地帯、チベット自治区、ミャンマー、ラオス、ベトナムと接する雲南省。
カルスト大地のひろがる羅平県、中国屈指の菜種油の生産地、菜の花畑の面積では世界一だそうです。
・・・彩風人の写真帳・・・
(比企の丘からブログのギャラリー開放です)








羅平の北部の小さな村・牛街には幻想的な棚田が広がる・・・アートだ?
※撮影日は2016年2月25日。カメラはFUJIFIRM X-T10
わたしの撮った写真ではありません。彩風人の撮った写真です。写真は機材でもなく技術でもなく自然や動物や植物や人間を愛する心です。