【歯顔大笑】

歯を見せて大きく笑おう!

100.【“貧しい口元”】

2012-01-23 | 
【”貧しい口元”】

この”歯願大笑”も今回でちょうど100回目、丸二年が過ぎ
ました。いろいろと“歯医者が書く歯の治療に関係のない歯の話”
を書いてきましたが、今回は私の大好きな小説家・宮本輝氏の小
説の中からの紹介です。

1983年秋の初刊“命の器”という短編集の中に“貧しい口元”
というエッセイがあります。文庫本でたった2ページほどのもの
なのですが、とても気に入っていてちょくちょく思い出しては読
んでいます。内容は“女性の口元”の事を書いているのですが、
宮本氏はきっと本当は女性や男性という事ではなく”人間の豊か
な口元”について書かれているのだと私は思っています。

どうして私がこのエッセイをこんなに気に入ったのかはよくわかり
ません。自分が歯科医だから“口元”に興味があったのか、宮本
氏の目の付けどころがおもしろかったからなのか、宮本氏の作品を
たくさん読んできて自分の考え方と共感する部分が多いからなのか
・・・どんな理由であるにせよ、みなさんが人として“美人”“男
前”でいるためのヒントがここにあるのではないかと思い、ご紹介
したくなったというわけです。


ほとんど全文を書きました。 ぜひ、読んでみてください!

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”道をぼんやり歩いていたり考え事をしながら乗り物に揺られていたり映画館の
喫煙所でタバコをすっているといったいわゆる他人に対して全く無関心でいるよ
うなとき私はしばしばあっと目をひく美人に出くわすことが多い。どこかに美し
い女性はいないかなあなんて目をきょろきょろさせている場合は美人にでくわす
ということは殆ど皆無なのである。

そしてその思いがけず目の前に出現した美人をみて一瞬のうちに失望を感じるこ
とが、ここ数年きわめて多くなったように思う。なぜ失望するのか。

目鼻立ちの美しさの底に隠されたその女性の品性の粗末さが如実に表れているか
らである。とりわけ17、8歳から24、5歳の女性に一見美しいくせに品性の粗末さ
をあらわにしている人が多い。

それは顔のどこに出るのか。私は口元だと思っている。口元のどの部分にどのよう
な形として出るのか。それは簡単に文章にすることはできない。唇が歪んでいると
か、常に半開きだとか、よだれが垂れているとか、そんな形で表面化するものでは
なく、また口紅の色が顔立ちや服装と調和していないとかの化粧の技巧上の問題で
もない。つまりその人の隠しても隠し切れない「本性」が口元に厳然と漂うという
わけなのだろう。顔立ちの美醜とはまったく無関係に口元にその人の本性が出る。

「目は心の窓」だとすれば「口は心の玄関」である。

私にそれを教えてくれたのは死んだ父で「口元は常に毅然とさせておけ」としば
しば注意された。その人の教養の浅深(教育の浅深ではない)心の豊かさあるい
は卑しさ貧しさが口元に出るというのである。

顔立ちは決して美しい部類に入るとはいえないがどことなく気品があり、その気品
がそこいらにごろごろ転がっている生半可な美人など遠く突き放して毅然と、悠然
と、独特の美しさに輝いている女性がいる。そういう女性に貧しい口元の人はいな
い。そういう女性に礼儀をわきまえていない人はなく、他人の心を理解できない人
もいない。

人間としての賢さをたずさえている人はみな口元が毅然としている。ところが、前
述したように、最近の十七、八歳から二十四、五歳の女性に、貧しい口元をしてい
る人が多いのはなぜだろうか。外形に肥料を与えることばかり考えて、精神にその
何倍ものこやしが必要であるのを知らない、あるいは知らされる機会を持たなかっ
た人たちが、十七、八歳から二十四、五歳の年齢にさしかかっているのかもしれな
いと私は考えている。”

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もし、これを読んでいただいているあなたが10代、20代の若い
人であれば、しっかりと口元に漂う「本性」を磨いてください!
30代、40代の方ならば今一度「心の豊かさ」に考えてみては
いかがでしょう。そして50代以上の方は自分自身の事を考えると
ともに、若い人たちへ“外形に肥料を与えるよりも、精神にその何
倍ものこやしが必要である事”を知らせて行く事も大切なのではな
いでしょうか。 

100回の区切りにぜひぜひご紹介したいと思った宮本輝氏の
エッセイ“貧しい口元”いかがでしたでしょうか???