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歴史的な経済学者ケインズ、その興味深い裏面

2018年04月23日 | 通常メモ
 ジョン・メナード・ケインズ(1883~1946年)はイギリスの経済学者であり、通貨金融問題の権威で、ケインズ革命と呼ばれるほどの独創的な経済理論を形成している。主な著書は『雇用・利子および貨幣の一般理論』、若い頃、投資をして自分の全財産ばかりか、親兄弟から預かったおカネまで失う経験を経て、独自の株式投資理論を生み出したといわれる。

 イギリスが誇るケインズは20世紀で最も大きな影響を世の中に与えた経済学者であり、「ケインズ政策」と呼ばれる経済政策はあまりにも有名だ。「ケインズ政策」が最初に威力を発揮したのは、世界恐慌後の1930年代だった。世界経済の中心となっていた米国のGDPが、恐慌時にはピークから60%も減少し、非農業部門の失業率が30%を超えるという惨状に陥っていた。この時に、ケインズが提唱し、時のアメリカ大統領ルーズベルトが実行したのは「大規模な公共事業を中心とした財政出動策」だった。

 この政策により、米国経済は暗黒状況から抜け出した。不況が必要以上に深刻化するのは、「生産能力に比べて、消費などの需要が足りない」状態を放置しておくからであり、この時には、政府が民間に代わっておカネを使い、需要不足を補うべきというのが、いわゆる「ケインズ政策」だ。ケインズ以降、大恐慌はなくなった。今では当たり前のように感じられる手法だが、当時、ケインズがその考えを世に問うた時には、大きな衝撃をもって迎えられた。1929年以降も、もちろん景気の波はある。また、一部の国や地域では恐慌に近い状態に陥ることもある。だが世界全体が大恐慌に陥るということはなくなった。現在では、GDPが数%落ち、失業率が数%上がると大騒ぎになるが、1930年代以前の不況や恐慌は、その何倍も大きなものであった。現在でも、ケインズ政策の是非はさかんに議論されるが、財政出動の規模や中身、あるいはケインズ政策に頼りすぎてはいけないといったことが論点になっている。そしてケインズの理論が大きな影響を与え続けていることに変わりはない。実は、ケインズの一生は、投資や投機と格闘し続ける一生でもあった。そのことがケインズ理論を実践色の強い理論にすることに役立っている。

 ケインズの投資記録は1919年、36歳の時から残されているが、この時に1万6000ポンドだった投資資金が、1946年に亡くなった時には40万ポンド以上になっていた。当時の日本円で5億円に相当し、50年以上も前としては大変な資産である(現在の価値では約60億円)。また、生命保険会社の資金運用を担当したり、自分の務めるケンブリッジ大学キングスカレッジの資金運用も担当したが、いずれも大きな成功を収めた。特に生命保険会社の資産運用としては、初めて本格的に株式を取り入れ、生命保険業界に革命を起こした。

 大経済学者、株式投資の天才といえども、投資を始めていきなり儲かりはじめたわけではない。手痛い失敗を経験しながら、投資の腕を上げていった。ケインズは若い頃から賭けごとが好きで、旅先のモンテカルロでは賭けで旅費をなくし、友人にお金を借りたというエピソードも残っている。投資を本格的に始めたのは36歳の頃だが、当初のやり方は、ギャンブル好きのケインズらしく、投資というよりも投機だった。ケインズは、経済情勢の分析に非常に自信をもっており、当時の情勢としては、ドルが上昇してマルクが下落すると確信していたため、「ドル買い、マルク売り」という方針で為替の投機に臨んだ。この取引でケインズは破産寸前になるほどの大失敗をする。保証金を差し出して何倍もの金額を取引するというやり方をしていて、相場が一時的に「ドル安、マルク高」に戻す動きになった時に、一気に窮地に陥ってしまった。両親に尻拭いをしてもらい、破産は免れたが、両親はケインズを責めることなく、「次からは気を付けるように」と一言注意を促しただけ。支援した資金は両親にとってもかなりの大金だった。それだけケインズが信頼に足る人物でもあったのであろう。この失敗以降、ケインズは投資について自分なりに研究し、まずは投機家として、やがては長期投資家として成功を収めるようになっていった。

 初めての本格的な為替投機で破産寸前の大失敗をし、親の援助で辛うじて窮地を脱したケインズだが、その3週間後に為替投機を再開し成功する。ケインズは為替投機の失敗で何を考えたのか。「なぜ、相場の短期的な動きは、実態からかけ離れたものとなってしまうのか」と。ケインズは、経済見通しには絶対の自信をもっていたし、実際にそれはよく的中した。かつて大失敗をした為替投機についても、一時的な相場のブレに引っかかってしまっただけで、結局見通し自体は正しかった。しかし、いくら予想が当たっても投機では勝てない。そうした中でケインズが発見した相場の重要な特徴は、「相場には“惰性”が強く働いている」ということだった。為替や株価は、本来、実態を反映しながら動くものであり、その実態をきちんと分析することが投資家にとっては最も重要な作業である。しかし、市場参加者の多くは、曖昧な根拠でなんとなく売買している。だから、ある株が少し下がってくると、なんとなく「安くて魅力的」に感じるが、さらに下落し続けて、「まだまだ下がる」という声が多くなると、なんとなく不安になって底値で売ってしまう。株が上がる時はその逆のことが起こる。多くの市場参加者は相場の惰性に強く影響されながら、なんとなく売り買いしている。そして、相場の動きを過度に増幅させ、それに自ら翻弄されてしまう。アナリストなどのプロといえども、ケインズに言わせれば、冷静に実態分析をするというよりも、知らず知らずのうちに相場の惰性に強く影響を受けているという。しかし、素人よりは少し気が利いていて、「3カ月後には、どんな惰性が働いているか」、つまり、どんな心理状態が市場を支配しているかを先読みしようとしているという。アナリスト・レポートなども、真に客観的に書かれたものなど、どのくらいあるのか疑問に思われる。投資家としては、アナリストといえども相場の惰性に左右されていると認識しながら、彼らのレポートや投資判断と付き合う必要がある。ケインズは、「投機は美人コンテストの入賞者当てゲームのようなものだ」という有名な至言を吐く。

 「美人コンテストの入賞者を当てれば商品を差し上げます」というゲームがあった時に、自分の好みのタイプの女性を挙げるだろうか。いや、「自分は1番の女性がタイプだけど、参加者の多くは2番の女性が美人と思うかも」などと考える。「一般的には2番の女性が人気がありそうだが、今回のこのコンテストの主旨や成り行きから考えると、多くの人が『他の人は皆、3番を選ぶのでは』と予想して3番を選んでくる」など、心理の裏の裏を読もうとする。短期的な相場の動きというのは、素人もプロも“相場の惰性”に強く影響を受けつつ、心理の先読み合戦をしている。その結果、時には実態からかけ離れながら動くようになってしまう。こうした相場の性質を見抜いたケインズは、従来通り「経済や企業の実態の分析」をした上で、さらに「相場心理の先読み」にも注力して、短期売買を究めていった。

 ケインズともあろう経済学の巨匠が、心理の探り合いのような投機(短期売買)を、本当に良しとしたのか。高くなり過ぎたものを売って、安くなり過ぎたものを買うという意味での投機であれば、市場の安定にも貢献するとケインズは考えた。投機には麻薬的な魅力があって必要以上にのめり込んでしまいがちになる。また、機関投資家は流動性を好むため、その企業の成功を期待してじっと持つというよりも、相場心理を先読みしながら首尾よく売買する方向に傾きやすい。相場というのは本来の意味での投資よりも、投機に傾いていく傾向がある。もし投機の影響が大きくなりすぎて、実際の企業活動や経済活動がそれに振りまわされるようになってしまうと、経済も企業活動も致命的な悪影響を受ける。そうなれば、市場参加者にとっても、元も子もない状態になる。こう悩みながらケインズは、やがて長期投資が有効な手法であることに気づき、自分自身が長期投資に傾倒していったといわれている。

1 コメント

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投機の麻薬的な魅力に対して (H.K)
2018-04-23 08:58:49
投機には麻薬的な魅力があって必要以上にのめり込んでしまいがち。また、機関投資家は流動性を好むため、その企業の成功を期待してじっと持つというよりも、相場心理を先読みしながら首尾よく売買する方向に傾きやすい。相場というのは本来の意味での投資よりも、実際の企業活動や経済活動がそれに振りまわされるようになってしまうと、経済も企業活動も致命的な悪影響を受ける。悩みながらケインズは、やがて長期投資が有効な手法であることに気づき、自分自身が長期投資に傾倒していったというのが真相なのか。
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