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永遠の0、その雑感

2022-09-01 21:10:08 | 読書/小説

 大変遅ればせながら、小説『永遠の0』(百田尚樹 著)を先月読了した。生来の天邪鬼もあり、どうも私は作品が話題沸騰の時は敬遠し、ブームが去った後に鑑賞することが多い。この作品が発表されたのは2006年で、映画永遠の0が公開されたのが2013年6月。
 映画化されたのは知っていたし、私行き付けのミニシアターでもロングラン上映となっていた。それでも私がこれまで見なかったのは、タイトルだけで零戦礼賛作品のイメージがあり、特攻隊員を描いた小説であることを知っていたから。

 加えて著者は、保守派からも“煽動的ウヨク”と見られることもあり、この作品は長く敬遠していた。新手の零戦、特攻隊称賛と擁護小説だろうと思っていたが、実際に読了したら、零戦と特攻隊への称賛&擁護ばかりの物語ではなかった。もちろん零戦と特攻隊への擁護はあるものの、それ以上に旧日本軍体制や軍指導部を厳しく非難していた。
 ベストセラーとなるだけあり、作品はとても面白く一気に読めた。何かと問題発言の多い著者でも、ストーリーテラーとしては申し分ないだろう。
 但し作品の中核となる宮部久蔵のような、生きることに執着する軍人は当時存在していたのか、最後まで疑問だった。内心はそうであっても、公言は極めて難しい社会情勢であり、著者の理想像の極致といった印象がある。

 本作については既に多くのレビューがあり、これまで何度も述べているように私は未だに軍事オンチなので、軍事方面には言及できない。作品の中で私的に最も引っかかったのは、新聞記者・高山が特攻隊員と自爆テロリストの共通点を挙げ、特攻隊のことをテロリストだと語る個所。著者や少なからぬ読者はこの見方に憤りを感じているが、この件について私見をアップしたい。
 特攻隊員と自爆テロリストを重ねる見方には、左翼は違うが違和感を持つ日本人は少なくないだろう。特攻隊は民間人でも躊躇わず標的にする自爆テロリスト(この場合はイスラム過激派だろう)とは違うと感じているのだ。

 私も日本人の端くれなので、その想いは理解できる。しかし、残念ながら特攻隊員と自爆テロリストを同一視するのが欧米諸国では主流なのだ。実際に日本の特攻隊はイスラム主義者に少なからぬ影響を与えており、あのホメイニも関心を示していたという。
 イラン・イラク戦争(1980~89年)時、イラン軍は少年兵たちに地雷を踏ませる攻撃を取ったことがある。イラク軍の陣地を攻撃する際、先ずイラク軍の地雷を除去するために少年兵部隊に地雷原を歩かせる。イスラム革命防衛隊に所属する(所属させられた、というべきか)イランの少年兵が、司令官の命ずるまま手を繋いで一列横隊となり、ホメイニを讃える歌をうたいながらイラク国境の地雷原に突き進んでいった。

 この出来事を詳しく描いた記事がある。全く痛ましい限りだし、革命防衛隊の少年兵は1万名以上いたと云われる。少年たちがどれだけ犠牲になったのかは不明だが、ホメイニはこうした少年兵に「死後はアラーのもとに行けるように」と祝福を与えていた。イラン版特攻作戦と言えるが、戦争末期にはイラクも少年兵を投入している。
 自爆テロリストといえば現代はムスリムが大半だが、かつてはスリランカのテロ組織タミル・イーラム解放のトラが最も自爆テロを行っていた。これはタミル人中心のヒンドゥー教徒。特攻隊がタミル・イーラム解放のトラにも影響を与えていたのかは不明だが、全く無縁とは思えない。

 このようなことを書くと、自爆テロはアジア人ばかりか……と思う人が出てくるだろう。しかし、欧米人でも“自爆”ではないにせよ、テロリストは珍しくない。『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(ジョン・ミアシャイマースティーヴン・ウォルト共著 講談社)には、イスラエル元首相イツハク・シャミルのこんな言葉が載っていた。
ユダヤ教の論理もユダヤ教の伝統も、どちらも戦闘手段としてテロリズムを禁じてはいない

 イスラエルはテロリズムという戦闘手段を駆使して建国されている。ユダヤ民族は古代ローマにもテロを行使、その結果はユダヤ戦争マサダ陥落。ユダヤ教がキリスト教、イスラム教の母体となったのは書くまでもなく、十字軍も異教徒からすればテロリズムそのものだ。
 こうしてみると、異民族が行った暴力行為はテロリズムと呼び、自分たちのそれは殉教と言いかえるのだ。同胞の“特攻”を擁護するのは人間としては当然の情である。

 私は未見だが、戦前のドイツ映画『映画最後の一兵まで』(1937年作)がある。この作品を紹介している映画サイトがあり、1918年春のドイツ軍の攻勢作戦“ミヒャエル計劃”を脚色した戯曲を映画化したそうだ。
 作品には我が身を犠牲として自軍の勝利に貢献する将校が登場するが、その内容が日本の軍部に与えた影響は少なくないという。そしてこの作品はナチスのプロパガンダとして作られている。案外“特攻”の発想は、日本オリジナルではなかったのかも。

 小説が面白かったので、映画版もDVDを借りて見たが、これも思ったより良かった。宮部に扮したのが岡田准一だから、それだけで様になるが、やはり零戦や戦艦が登場する映画は映画館で見た方がもっと良かっただろう。

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