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マニ教 その五

2011-08-11 21:12:18 | 読書/中東史

その一その二その三その四の続き
 マニ教の信仰の目標は、閉じ込められた光の要素を人間の肉体及びこの世界から解放することであり、この目的に適う行為は善とされ、反する行為は悪となる。そのための禁忌と徳目を著者は9項目列記、解説している。

1.殺生・暴力の禁止
2.自殺の禁止
3.肉食の否定
4.飲酒の否定
5.性交の否定
6.商業以外のあらゆる生産の禁止
7.メロン、キュウリ、ブドウの聖餐
8.賛歌の朗唱
9.真理の伝道

 1については仏教の不殺生と同じだが、その理由は異なる。動物や植物、大地、水も全て僅かずつでも光の要素を体内に宿している。このため魚や爬虫類も傷つける恐れのある殺生や暴力は厳禁。動物への殺生、木の枝を折ること、大地を踏みつける農業、水に浸かっての水浴も悪と見なす。自殺の禁止はキリスト教やゾロアスター教と重なるが、マニ教の解釈では信者自身の体内にある光の要素を傷つけることなるので、厳禁とされる。
 動物は悪魔たちの精子・水子に由来するため、これを食すると欲望を掻き立ててしまう。また、肉食のためには動物を当然殺生するので、肉食は厳禁。同じく欲望を起こすため飲酒を否定する。

 耕作せず、狩猟禁止なので、商業以外のあらゆる生産は事実上不可能となる。そのためマニ教は商人を中心に受け入れられた。メロン、キュウリ、ブドウは植物の中でも光の要素が多く含まれているというのがマニ教での解釈である。従ってマニ教聖職者は出来るだけ多くのメロン、キュウリ、ブドウを食べ、光の要素を取り入れなければならない。これらの食物が選ばれたのは、単にマーニー本人の嗜好が原因ではなかったのか、と著者は憶測していた。8はキリスト教の賛美歌と同じ理由。そして世界のあらゆる所に布教するのが世界宗教なのだ。

 異教徒にとって、一番不可解なのは5の性交の否定だろう。光の要素を肉体の中に幽閉するため悪魔たちが開発した最大の武器が性交による生殖というのがマニ教での教義なのだ。これを断ち切り、それゆえ、子孫を残さないようにするのが人類最大の義務となる。
 この解釈はゾロアスター教と正反対である。禁欲こそが悪魔の発明であり、悪への対抗のため神が開発したのが性交による生殖とされる。仏教の出家も跡継ぎを儲け、家族を路頭に迷わせないことを前提としている。釈迦も妻子がいたのだから。

 もちろん上記の戒律をすべて守るのはマニ教信者にとっても、殆ど不可能事である。これらの厳しい試練はもっぱら聖職者に課されることになり、一般信者には戒律を緩め、その代り聖職者をお布施により養うことで功徳を積むと定めた。結婚に関して、もし一夫一婦制が守れるなら可能であるし、自ら殺生しなければ肉食も許した。その代償が聖職者への経済的支援である。

 以上の教義や戒律は、快楽主義の私には違和感しか覚えない。姦通や酒乱は厳禁だが性欲や酒を認め、肉食OK、人生に極めて前向きで現世を肯定するゾロアスター教のほうがよほど共感できる。根底にある異様なまでの厭世的思想や禁欲主義は、教祖の人生に由来しているしか思えない。一生独身で、おそらく女と性交しなかったであろうマーニー。禁欲主義を掲げながら、世俗主義の権化である権力者に接近するところに、宗教家の現生への激しい野心が見える。釈迦もそうだったが、国王に庇護された開祖と教団は断然有利なのだ。
その六に続く

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