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愛と絶望の心理学実験

2021-04-10 22:10:05 | 音楽、TV、観劇

 録画していたNHK BS1の番組フランケンシュタインの誘惑の「愛と絶望の心理学実験」(3月25日放送)を見た。心理学実験といえ、被験者は人間でなくアカゲザルだったが、あまりにもおぞましい動物実験だった。以下は番組HPでの紹介。

愛とは、何か?いかにして生まれ、はぐくまれるのか?世界で初めて「愛」を科学的に実証したアメリカの心理学者ハリー・ハーロウ。キスやハグなどのスキンシップには意味が無く、むしろ有害だとされていた20世紀半ば。を動物実験で明らかにし、常識を覆した。ハーロウの研究成果は、その後の育児にも大きな影響を与えることになる。しかし、その実験は残酷きわまりないものだった…

 ハリー・ハーロウという心理学者の名は番組で初めて知ったが、この学者の旧姓はハリー・イスラエルだったという。何故苗字を変えたのか、番組では結局触れなかった。
 母に対する子の愛がハーロウのライフワークとなった。1905年に4人兄弟の3番目として生まれたハーロウには街で評判の美人の母がいたが、兄弟の1人が病気となり、看護にかかりきりとなった母の愛情を失ったと感じていたようだ。彼が母に対する子の愛の研究に没頭したのも、生い立ちに起因していると見る人もいる。

 ハーロウの成功を決定づけたのこそサルを使った代理母実験だった。生後間もないサルの赤子を母から引き離し、代理母人形の置いてある檻に入れる。代理母にはワイヤーだけのタイプと、布を張られたタイプの2種類で、双方ともに哺乳瓶が付けられている。どちらの代理母に乳児サルがよりなつくか実験を行ったが、乳児サルは殆ど布の代理母にしがみ付いていたという。
 20世紀前半はジョン・ワトソンに代表される行動主義心理学が主流で、母親のスキンシップは必要なく、そのような行為は子供を甘やかすと言われていた。当時はポリオが流行していたため、スキンシップは出来るだけ避け、厳しい躾けこそが大事という主張がまかり通っていた。
 またサルには、人間の様な感情や知性がないと学者たちは思い込んでいたのだが、ハーロウは行動主義心理学の権威に挑戦状を叩き付けたのだ。

 番組には福井大学の藤澤隆史准准教授と、名古屋市東山動植物園の上野吉一企画官という2人のゲストが出ており、前者はハーロウの優秀さは認め、こう語っている。
理論と合わない。そここそが重要と考えるのは、本当の科学者としては重要」。
 それにしても、トップ画像に見るように、代理母はあまりにも無機質で温かみがない。もっと愛らしい人形を使ってもよいのでは?という司会者に対し、上野氏の説明は興味深い。
研究は出来る限り不必要なものはそぎ落とす。ノイズが入るから

 ハーロウは実験結果を論文にし、そのタイトルが「愛の本質」。何とも文学的だが、彼による愛を奪われたアカゲザルの乳児の実験はさらに続く。代理母を使うのは同じでもモンスターマザーと名付けられたそれは、子ザルがしがみ付くと振動で振り払ったり、針が自動的に出てくるという代物だった。
 子ザルは一旦はモンスターマザーから離れるが、まもなく代理母にしがみついた。この実験で子供がどれだけ親から虐待されても、結局は親を必要とするという心理を立証する結果に繋がったそうだが、モンスターマザーから虐待された子ザルたちは、その後どう成長したのだろう?

 極めつけは「絶望の淵」。この名称もハーロウによってだが、ピラミッドを逆さまにした逆三角錐型の金属の檻に生後間もない子ザルを閉じ込め、仲間のサルとの交流を一切断つという実験。2日間くらい子ザルは檻から出ようと暴れていたが、3日目には動かなくなったという。実験期間は1年に及ぶこともあり、糞尿塗れで無気力に陥ったサルもいたそうだ。
 さすがにハーロウの助手のなかにもやり過ぎだと思った研究者もいたが、相手は心理学会の重鎮ゆえ批判など考えられなかったという。ここまでくると動物虐待としか見えないが、上野氏の語った研究者の心理で納得した。
研究者は知ることが一番の要求で動いており、元から逸脱しやすい存在……研究者は一般の人からズレた人しかなれない

 それまでは動物実験は問題視されなかったが、動物保護運動の台頭で風向きが完全に変わり、1981年に起きたシルバースプリングス事件が決定打となる。サルの指や手、腕や足につながる知覚神経節を切断、サルの感覚を失わせた上で、拘束や電気ショックを行い、遮断された部位を動かさせるために水や食糧を与えなかった実験。
 番組でも紹介された映像はショッキングだったが、この研究は医学の発展に繋がり、神経の可塑性の発見や、脳卒中で倒れた患者のリハビリに使われるCI療法に繋がったという。

 ハーロウのサルを使った実験は、皮肉なことに動物保護運動を生み、動物保護団体の世界的な拡大に貢献する。動物好きでもなく、過激な動物保護活動家には敵意しか覚えない私でも、ハーロウの実験は行き過ぎと感じる。未成年の頃、ハーロウは有名になることを望んでいたそうで、その願いは功罪ともに叶えられた。
 動物実験は元来残酷なものだが、医学の発展に果たした功績は大である。一方、動物保護活動家の果たした役割はメディアフル活用した環境ビジネスに過ぎず、果たして人類全体に貢献したのはどちらだろうか?

◆関連記事:「動物虐待
動物実験-現代の拷問?
動機は動物の呪い?-ベジタリアンのカルト性

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
人間相手でも… (トオニ)
2021-04-11 21:38:10
こんなの見つけました。

https://www.excite.co.jp/news/article/Karapaia_52175132/
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Re:人間相手でも… (mugi)
2021-04-12 21:25:14
>トオニさん、

 紹介されたサイトのスタンフォード監獄実験だけは知っていました。映画『es[エス]』の元になった作品だったので憶えていますが、他は知りませんでした。

 実は日本人研究者にも似たタイプがいます。NHK BSプレミアム「ダークサイトミステリー」の「笑顔が暴力を生んだ夜〜なぜ人々はヒトラーに従ったのか?」(3.30日放送)に甲南大学 文学部 田野大輔教授がゲスト出演していましたが、『ファシズムの体験学習』という授業をやっている教授でした。
https://www4.nhk.or.jp/P6760/x/2021-03-30/48/3920/2497029/
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56393

 米国の高校歴史教師による「ザ・サードウェーブ」と基本的に同じでしょう。件の教授殿が得意げに実験成果を語っているシーンだけで興ざめ、後は消しました。ヒトラーやナチスゴッコが好きな知識人としか見えません。
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Re:人間相手でも… (motton)
2021-04-13 14:27:40
研究者なんて(というか人間なんて)そんなものですよ。紹介されたサイトの実験の被験者もそうでしょ。簡単に"邪悪"になってしまう。
重要なのは、人間はそういう存在なのだからと受け入れて、法や倫理に従えばより良い幸せな生活ができるという合理的な社会を構築することです。(幸せな生活を捨ててまで"邪悪"な行為をする人は少ないでしょ。)

むしろ、研究者や知識人は知能の高い集団なので"邪悪"な行為をする人は少ないのです。紹介されたサイトの実験は、少数の例外なのです。
一方、市中には"邪悪"な人間はいくらでもいるのではないですか。
研究者の"知識欲"なんて、多くの人々が持つ"支配欲"に比べれば可愛いものです。前者は"実験"だけですが、後者は"実践"します。前者は殺戮兵器を作りだしますが、それを使用して殺戮を行うのは後者です。
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Re:Re:人間相手でも… (mugi)
2021-04-14 21:54:51
>motton さん、

>>研究者の"知識欲"なんて、多くの人々が持つ"支配欲"に比べれば可愛いものです。

 基本的に研究者は"知識欲"に憑かれた人たちなので、"支配欲"があったとしても国家元首になることはまず考えられませんよね。

 仰る通り紹介されたサイトの実験は少数の例外ですが、少数でも"邪悪"な行為をする知能の高い人がいるのはやはり怖い。市中の"邪悪"な人間より知能が高いので厄介です。オウムに入信した理系高学歴の信者は、その知識を邪悪な人間に利用されました。
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Re:Re:人間相手でも… (motton)
2021-04-15 10:23:14
知能の低い人間の方がずっと怖いです。「何をするか分からない」からリスクが計算できません。
例えば、初対面の男の人と2人きりになる時、社会的地位がある人とチンピラとだとどちらをより警戒しますか?

知能の高い人間は、失いたくない社会的地位もあり、合理的思考をするわけなので、"邪悪"な心があっても"邪悪"な行為をする時に制限がかかります。状況から「(最悪の場合でも)何をするか分かる」のです。
確かに(特にフィクションの世界では)高い知能を"邪悪"な行為のために使うサイコパスもいますが例外でしょうし、隙を見せなければいいのです。

オウムの信者はマインドコントロールで知能を封印されていた(科学的知識のみ利用される道具になっていた)ので当てはまりません。
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Re:Re:Re:人間相手でも… (mugi)
2021-04-15 22:19:05
>motton さん、

 仰る通り例え男性であっても初対面の男の人と2人きりになる時、社会的地位がある人より遥かにチンピラを警戒するでしょう。

 ただ、知能が高くとも社会的地位がないサイコパスも存在するので、こちらも「何をするか分からない」ためリスクが計算できません。尤もこのタイプはフィクションの世界では珍しくありませんが、現実では殆ど遭遇しない。サイコパスには女性もいて、見た目は普通の女性だそうですが、これも極例です。

 オウム信者はマインドコントロールで邪悪な教祖の道具になっていましたが、学歴ではずっと劣る教祖の知能は高かったと思います。
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