トーキング・マイノリティ

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ザ・フォックス

2021-11-18 22:25:08 | 読書/小説

 フレデリック・フォーサイスの最新作『ザ・フォックス』(角川書店)を読了した。昨年3月に既に出版されていたとは知らなかった。自伝『アウトサイダー 陰謀の中の人生』以降に新作が出るとは想像していなかったし、wikiの主な著作(日本語訳)リストにもこの作品は載っていない。以下は角川書店HPでの紹介。

ミッションはシステム侵入。標的は、イラン、北朝鮮、ロシアの最高機密!
 イギリスで天才的なハッキング能力をもつ18才の少年がみつかった。世界最高峰の機密性を誇るアメリカ国家安全保障局に侵入したその少年に、イギリス首相の安全保障問題担当顧問、サー・エイドリアン・ウェストンは、コードネーム「フォックス」を与える。
 ミッションは、敵国のシステムにトロイの木馬のように侵入し、痕跡も残さず秘密工作を行なう「オペレーション・トロイ」。狙うのは核合意を結んでいながら密かに核兵器開発を継続するイラン、同じく米朝会談で非核化を約束しながら核ミサイルの開発を継続する北朝鮮、そして密かな企みを遂行するロシア――。
 しかし、アメリカ司法省に埋め込んだ工作員からの情報で、いち早く天才ハッカーの存在を察知したロシアの諜報機関は、暗殺者を差し向け――。
 サイバースペースで繰り広げられる戦いを、圧倒的なリアリティで描く、国際謀略サスペンス!

 私が初めてフォーサイスの作品を読んだのは学生時代の20歳の頃だった。処女作『ジャッカルの日』映画版がТV放送されたため、学校の図書館で原作を探したらあったので借りて読んだ。これですっかりハマったが、40年近く前からファンということ。
 フォーサイスは今年83歳だが、未だに健筆さは殆ど衰えていない。冒頭で捧げられていた言葉は処女作では「愛する両親に」だったが、本作では孫にこう捧げられていた。
本書をフレディ・ジュニア、ソフィア、フェリックス、ニコラスに捧げる。四人とも強く育ち、幸せになって、ときどきお祖父ちゃんのことを思い出してほしい。

 本書で世界の情報機関のコンピュータをハッキングする18歳の天才ルーク・ジェニングスは、実はアスペルガー症候群である。著者インタビューによれば、アスペルガー症候群の若い天才ハッカーという人物設定は、実在の人物を基にしており、ラウリ・ラヴというのがその人物であることが訳者あとがきに載っている。
 ただ主人公はルークではなく、本書全編に登場するサー・エイドリアン・ウェストンが実質的な主役だろう。ウェストンは首相の国家安全保障関係の個人的助言者で、首相は女性でマージョリー・グレアムという名になっているが、明らかにモデルはテリーザ・メイ

 ウェストンが首相に面会を求め、望みを告げた時のやり取りがまたイイ。「本当にそれが必要になると思いますか?」と問う首相に対し、ウェストンの答えはこうだった。「ならないことを祈りますが後悔するよりは安全策をとったほうがよろしいかと」
 続けて著者による「政治家は安全策の必要性をよく知っている。説得しなければならないことはめったにない。」の文章がある。安全策の必要性をよく知らない政治家が珍しくない国からすれば、羨ましい、の一言に尽きる。

 ロシア情勢の記述も興味深い。現代ロシアは三つの権力により完全に支配されていて、第一の権力は、秘密警察の役割を果たす情報機関と特殊部隊を含む軍隊を活用できる政府。第二の権力者はオリガルヒ(新興財閥)。残るはロシア・マフィア。ロシア・マフィアは“仁義を守る泥棒”と現地で呼ばれることがあるそうだが、この三者は互いに協力し合っているという。
 私的に意外だったのが、ロシア・マフィアはチェチェン人のならず者を好んで使うという記述だった。ロシア・マフィアはアルバニア人の殺し屋を雇ったりするが、チェチェンといえば19世紀の帝政ロシア時代から対立しているという印象がある。しかしワル同士では話が付きやすいようだ。

 ロシア大統領はヴォージド(頭領)と現地で云われ、さすがにツァーリは古臭いのだろう。本書では何故かプーチンの名は見えず、ロシア大統領を「冷たい目をした小柄な男」と表現している。
 本書の見せ所はウェストンとロシア対外情報局(SVR)長官クリロフとの頭脳戦。欺瞞作戦は英国のお家芸と言ってよく、黒原敏行氏による訳者あとがきにも英国の色々な欺瞞作戦が紹介されている。

 例えば偽の極秘文書を持たせた死体を海に流してナチス・ドイツに偽情報をつかませた“ミンスミート作戦”、ノルマンディー上陸作戦絡みで俳優を英軍総司令官モントゴメリー将軍の影武者に仕立てたコッパーヘッド作戦が挙げられている。
 また、西アフリカで奇術師ジャスパー・マスケリンがその特殊能力を活かし、様々な奇術的カムフラージュ作戦を指揮した話もある。三件とも本書で初めて私は知ったが。
 
 自国が二度の世界大戦に勝利した真の理由は、頭脳で腕力を出し抜いたためと英国人は思っているようだ。これを以って黒原氏はこう述べる。
大事なのは――実際にどこまでそう言えるかはともかくとして――イギリス人は、自分たちの戦いのやり方は“頭脳で腕力を出し抜く”ものだった、少なくともそうありたいと願ってきたということに誇りを持っている点だろう。
 
 国家間の謀略戦は相手を騙すだけではなく、敵国による謀略にはきっちり報復を果たすのが基本らしい。本書で描かれる英国とロシアの情報機関同士の駆け引き、欺瞞工作には圧倒された。フォーサイスの国際謀略サスペンスは何時も読みごたえがある。
 ただ、本書で気になった個所がある。277頁には“東海”の表記が3度あり、同時に日本海の表記も見えるが、こちらは1度のみ。文面からフォーサイスは南北朝鮮人には好意的なのが伺えたし、北朝鮮の独裁政権崩壊が予感されるラストとなっている。

 英国人が北朝鮮人民に同情するのは勝手だが、あの国が民主主義体制に転換できるとはとても思えない。日本も含め中国、ロシアはもちろん米国も南北朝鮮統一は望んでいないように思える。分断されているままの方が都合がよいからだ。
 フォーサイス作品にも誤りはある。湾岸戦争をテーマにした『神の拳』では、イラクは大量破壊兵器を隠し持っているという設定だったが、現実は書くまでもない。本当は大量破壊兵器を所持していないことを知りつつ、英国流の欺瞞作戦でウソを描いたのやら。

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