トーキング・マイノリティ

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音楽は宇宙からやって来る その①

2017-04-23 22:10:05 | 読書/ノンフィクション

 前回の記事で、インド人と西欧人との思考や発想の違いに触れたが、音楽方面でも観念がずいぶん違っているようだ。2011年に読んだ『インド ミニアチュール幻想』((山田 和(かず)著、文春文庫)には、インド人音楽家による興味深い言葉が見え、今回の記事名もそこからの引用。
 この人物はドゥルパド、つまりインドで最も古い形式を持つ声楽を継承する、当代きっての音楽家だそうだ。山田氏によるインタビューは1994年2月27日午後9時(現地時間と思われる)に行われ、音楽家はこの年に61歳を迎えたという。

 インタビューの場はニューデリーの南、グリーンパークに近いエィシアッド・ヴィレッジ住宅街にある音楽家の寝室兼居間。音楽家の名はウスタッド・ザヒルディン・ダーガル。新旧問わずインド音楽に関して、全くのシロウトの私にダーガルの名は初耳だったし、インド音楽で聞いたことのあるのは、せいぜい映画で使われるインディアン・ポップスくらいという日本人が大半だろう。
 その夜のダーガルは、以前の印象とはかなり違っていたそうだが、インタビュー時の様子を山田氏はこう書いている。
「目はらんらんと輝いているが、激しく燃えていながらも冷めているかのような不思議な静けさを全身に湛え、冥界から蘇ったばかりのキリストのような、一種の霊気といったもの、神々しさとでもいうものを感じさせられた。インドでは、長い瞑想を終えたばかりの人間から、そのようなものを感じさせられることがある」

 インタビュー場は8畳くらいの広さで、一見してインドの中流生活といった感じの、しかし何処にも派手な処がない質素な部屋だったとか。山田氏とダーガルは床に座り、前者はインド古典音楽の根幹をなす「ラーガ」と「ラーギニー」とは、それぞれどのように異なった音の基本に立っているのか?と質問する。
 というのも、インド細密画について書く時、「ラーガ・マーガ絵画」と呼ばれる一連の細密画シリーズと共通した概念を持つこの言葉の意味を、ダーガルに訊ねてみたかったからとか。それに対し、ダーガルはこう答えている。
音楽は宇宙からやって来る降ってくるのだ。だから、何がラーガか、何がラーギニーかは、まったく問題ではない

 ラーガ・マーガとは「感情の花輪」を意味する。そしてラーガについて山田氏は、著書で次のように解説している。ラーガは「」であり、同時に心を染める「感情」であり、「花輪」とは解れなく完成した輪、インドでは神に捧げるものだそうだ。花輪は人々を喜ばせるためにあるのではなく、神を祝福するためにあるのだ。
 この国では夜明けとともにマリー・ゴールドやバラやジャスミンの花を摘み、糸を通して花輪を作る。それは花屋の早朝の仕事だが、人々はこの花輪を買い、寺院に詣で神に捧げる。

 ラーガという概念は細密画が描かれる5千年も前に、人間の普遍的感情の体系化をめざした一大美学理論の中核となっていた。5世紀に試みがなされ、7世紀に基礎が作られる。体系化をみたのは13世紀。最初は演劇や文学理論だったが、それに基づいて数々の音楽が作曲されるに及び、ラーガは音楽体系としての進歩を始める。  
 恐れや喜び、驚きや不安などの潜在意識下のラサ(感情)を分析しつつ、音の基本的な組み合わせをこの国の6つの季節と対応させた6つの「ラーガ」に定め、そこから発生するそれぞれ異なった5つの音列の組み合わせを「ラーギニー」とし、さらに副次的に発生するものを定める。つまり、6つのラーガ(夫)と30のラーギニー(妻)を意味する、ラーガ・ラーギニー・プトラ(息子)・バハリヤ(嫁)という体系である。

 これら擬人化された音楽体系が、演劇や文字、ラーガ・サンギートと呼ばれる古典音楽だけでなく、細密画にまで及んだのは、この中に人間の普遍的な感情や感覚の一切を、純粋な形のまま抱合することが可能だったから。
 音楽体系に沿った絵画化「ラーガ・マーラ細密画」は、17世紀前半から盛んに試みられた。それは通常、6つのラーガと30のラーギニーの36枚をひとつのセットと見なして描かれたという。
その②に続く

◆関連記事:「インド ミニアチュール幻想

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