トーキング・マイノリティ

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マリー・アントワネット 06年【米/仏】ソフィア・コッポラ監督

2007-02-03 20:26:20 | 映画
 予告編でアントワネット役がいかにも現代アメリカ娘の印象が強いキルスティン・ダンストと知り、フランス王妃の品格もあったのものでない軽さを感じた。それでもヴェルサイユ宮殿ロケをした作品だから大画面で見ておいて悪くない、と映画館に行った。キルスティン=マリーに期待はしないが、当時のファッションや調度品なら見ごたえがあると予想した。

 冒頭からエレキギター炸裂のロックがBGMで驚いたが、アントワネットの輿入れ時の馬車の数が2台程度のショボさは唖然とさせられた。何もガラス張りの儀装馬車や巨大な騎馬行列を史実どおり再現しなくともよいが、今時の映画ならCGでも馬車を出せるだろうに。
 フランスに着いたアントワネットが、迎えに立ち並ぶ貴族たちに「ハロー、サンキュー」と声を掛けるのも、絶句した。英語劇だから仕方ないにせよ、「ハロー、サンキュー」は何とも安っぽく聞こえる。

 結婚してもアントワネットは夫ルイ16世と 夫婦関係が結べなかった心痛が、彼女を遊びや賭け事、ファッションに走らせたとの解釈がこの映画でもされている。これは彼女よりも夫の肉体的欠陥(包茎) が大きく原因しているが、18世紀当時では子供を産めない妻が悪いとなる。彼女の行為は世継ぎを産めない王太子妃の身で遊びは何事か、とまたしても糾弾さ れる。
 この映画のテーマ・カラーが“キャンディ&ケーキ”となっており、フランス老舗の菓子店が協力したため、ふんだんに出てくる様々なケーキ は実に美味しそうだった。映画を見終わった後で、ケーキセットが無性に食べたくなった女性も少なくないだろう。私はドレスよりもアントワネット用に作られ た靴の美しさに目を奪われた。

 内向的な夫も心理的精神的重圧はかなりあったはずだが、夫としての務めを果たせないなら、妻に頭が上がらなくなるのは自然な関係だろう。映画では描かれなかったが、アントワネットの兄であるヨーゼフ2世の勧めで夫は手術を受け性的不能は治癒し、やっと結婚8年目にして子供が生まれる。宮廷で居並ぶ多数の貴族の前で出産というしきたりもすごい。
 歴史にイフは禁句とされるが、もしルイ16世が性的不能でなかったなら、その後の彼らの夫婦関係及びフランスの歴史はどうなっていただろう?おそらく妻の尻に敷かれただろうが、アントワネットの放埓もあれほどまでにならなかったかもしれない。

 アントワネットが儀式ずくめ宮廷を嫌い夫から送られたトリアノン宮殿で、自分のお気に入りの友人たちと共に当時流行のルソー式「自然に帰れ」と百姓ごっこをしていたのは知られている。だが当時フランスの百姓は深刻な貧困に陥っており、取り巻きたちばかりが重用されたので、古くから宮廷に出入りしていた大貴族も敵に回すことになる。
 そして革命。映画ではアントワネットの処刑までは映さず、1789年10月、ヴェルサイユ宮殿に押しかけた暴徒たちにより王族一家がパリに連行されるところで幕となる。ギロチンが出てこないのはいささか拍子抜けした。

  この映画は「史劇特有の重苦しさがない」と評されたが、これほど重さのない史劇は見たことがない。ケーキを手づかみで頬張るアントワネットや、18世紀の 衣装をまとったストリート・ガール然とした敵役のデュ・バリー夫人。いかにアメリカ俳優たちが演じるにしても、史劇への姿勢がまるで見られない。キルス ティン=マリーの入浴シーンは、現代劇『エリザベス・タウン』の入浴場面を思わせた。スチュワーデスに扮したキルスティンはキュートで魅力的だが、フランス王妃役は失敗。

 「ベルバラ」には登場しないが、この映画では王妃の友人として名高いランバル公妃が 出てくる。王妃の周囲には金や地位を求めて多くの人間が群がったが、そんな中では比較的欲望がない女性だった。革命後、早々王妃を見捨て亡命する友人たち が大半だった中で、彼女は留まり、悲劇的な死を遂げる。1792年9月、彼女は王妃と淫らな同性愛関係にあったと信じ込んでいた暴徒たちに虐殺された。暴 徒たちの2人がずたずたに切り刻まれた裸の胴体の足を引きずり、1人は血塗れの臓腑を手で高々と掲げ、さらに1人が切り落とされた公妃の首を槍先に突き刺 し、先頭に押し立ててパリ中を行進した。この時、暴徒たちに虐殺されたのはランバル公妃も含め2千人に上る。「革命」というだけで我国の少なからぬ知識人 が讃えるフランス革命の、目を覆うような暗部のひとこまである。

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10 コメント

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革命はやはり過酷 (スポンジ頭)
2007-02-04 20:25:45
こんばんは。

私もCMでこの映画を見て王妃の軽さが目立ったので見るかどうか迷ってます。

>>「ハロー、サンキュー」
ずっと昔NHKでやっていたピョートル大帝のアメリカ製ドラマでも公文書が英語で書いてあったので驚きました。面白いドラマでしたが、こういう所に英語至上主義がでるのかどうか。

>>フランス革命の、目を覆うような暗部
アナトール・フランスが「神々は渇く」で処刑と虐殺に明け暮れるフランスの日常を書いていますが、主人公の真面目な青年が反革命的悪の思想の持ち主をこの世からなくしてしまえばユートピアが来ると考える辺り(ちょっと記憶がおぼろげ)、文革やポルポトに見られたような、自分達に少しでも従わないものはすべて抹殺、と言う思想と同様なものがあります。しかもこの青年の場合善意から考えているのでやりきれません。ちなみに岩波文庫本だと訳者が解説でアナトール・フランスは反動思想家ではない、と言い訳をしていたそうですが、この本が最初に翻訳された時代だとフランス革命を批判するのは日本の思想界だと余程危ない目にあったのでしょう。私も岩波文庫で読んだのですが、そんな言い訳を読んだ記憶はありません。
フランスでは革命のマイナス面に焦点を合わせた研究が進んでいると聞いたことがありますが、フランス革命の評価も変わっていくのでしょうね。
そうなった時にフランス革命を賞賛していた人の感想を聞いてみたいものです。

マリー・アントワネットの娘、マリー・テレーズは少女時代に虐殺や両親の処刑を見て生きてきたため、性格がすっかり過酷で無愛想となり、王政復古の時代白色テロを引き起こしました。
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ラ・マルセイエーズ (mugi)
2007-02-04 21:03:12
こんばんは、スポンジ頭さん。

やはり世界のメディア界を牛耳っているのが英語圏なので、英語劇が席巻するのは仕方ないにしても、「ハロー」は興ざめです。
昔の映画で「キング・ダビテ」がありましたが、英語なので劇中ずっと「デービット」で呼ばれており、違和感が最後までありました。

私はアナトール・フランスの「神々は渇く」は未読ですが、主人公の青年が善意から反革命分子を抹殺と思うのは怖いですね。反ってマジメな若者こそ、そのような過激な思想に染まるのかもしれない。
私の高校時代の世界史の教師もフランス革命を讃えて、ラ・マルセイエーズを授業でフランス語で歌わせました。これは革命歌といえ、かなり血生臭いのに、この歌も素晴らしいと言ってました。

マリー・アントワネットの子供たちのうちで、マリー・テレーズだけが生き残りますね。かなり信仰心が厚かったといわれますが、彼女の人生なら宗教に慰めを見出すのも無理ありません。
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とらば・こめんとどうもでーーーす (ひらりん)
2007-02-04 23:15:13
ホントに現代風なマリー・アントワネットって感じでした。
それにしても、あんなに美味しそうなスイーツ・・・
当時もあったのでしょうか。
あのスイーツが一番、現代風に見えましたっ。
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コメント&TBありがとうございました (mugi)
2007-02-05 21:27:40
>ひらりんさん
仰るとおりあのスイーツばかりか、ハイヒールにしても現代風ですよね。
やはりアメリカ人が史劇を撮ると、ああなるのでしょうか。全て現代風にしてしまう。
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ベルばら♪ (伽羅)
2007-02-05 22:20:04
こんばんは!!
TB&コメントありがとうございました。

私は『ベルばら』世代で、
漫画の大ファンなんですけど、
『ベルばら』のドラマ性とかスケールからすると、
この映画は物足りなさを感じてしまいました。
フェルゼンってもっと奥ゆかしいイメージだったんですけど、
この映画では、マリー・アントワネットとの関係が、
どうもあっけらかんと描かれ過ぎているのも、
イマイチ共感できませんでした・・・。

主演のキルステンは、
どうも時代モノは似合いませんね。
今回は、監督のご贔屓で出させてもらったって感じだし。
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フェルゼン (mugi)
2007-02-06 22:52:48
伽羅さん、こんばんは!

私も『ベルばら』ファンで、ツワイクの原作を読んでます。
アントワネットと簡単に関係を持ってしまうフェルゼンは違和感がありましたが、18世紀は極度に性関係が乱れた時代だし、恋人が何人もいた美男のモテ男だったのが史実なので、案外この点だけは『ベルばら』が美化しすぎていたのかも。

私も何故キルステン?と思いましたが、やはりコネでしたか。
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こんばんわ☆ (りんたろう)
2007-02-08 00:24:11
コメントありがとうございました♪
豪華絢爛、ポップで軽い作品でしたね。
それが狙いだったのでしょうが、もう少し深みのある内容にして欲しかったです(^-^;
色とりどりのお菓子や料理、靴や衣装はすごかったですね(^-^)☆
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TB&コメント、ありがとうございます (mugi)
2007-02-09 21:34:17
>りんたろうさん
TB&コメント、ありがとうございました!
監督自身が「教科書に載っているようなマリー・アントワネットにしたくない」と宣言していたくらいなので、ポップなロックオペラ調になってましたね。ヴェルサイユロケしても、役者が浮いている。
仰るとおりあのお菓子や料理、ファッションだけは見ごたえがありました。
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こんばんは! (aoi)
2007-02-16 01:02:58
おお。。ランバル公妃の最期、すごいですね。
この頃の人間達の残虐性は見聞きするたびえげつないです。
まあ戦争なんていつも時代もそうなんでしょうけどね…

そういう部分を全てカットしてポップに仕上げたというのは
ある意味革命的で?良かったと思いました。
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コメント&TBありがとうございました (mugi)
2007-02-16 21:49:03
>aoiさん
私は「ベルバラ」原作となったツワイクの本を読んだのですが、その本にランバル公妃の無残な最期が記されてました。
読んだのが中学生の頃だったので、ショックでしたね。

仰るとおり、人間の残虐性を一切見せず、きれいな仕上げにまとめたのこそ、“革命的”だったのでしょう。
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