トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

音楽は宇宙からやって来る その②

2017-04-24 21:40:12 | 読書/ノンフィクション

その①の続き
「音楽は宇宙からやって来る」と答えた後、ダーガルは静かに目を閉じて再び開き、山田氏を直視する。それから上向きに広げた両の掌をやや下方で開き、ヨーガの際の深い呼吸をするように息をゆっくりと吸い込むと、今度はその手で何かを抱くように、胸の所へ寄せながら息を吐く。ハァーッという音が、部屋に広がった。
「これが音楽だよ。宇宙からやって来る」。そう言って彼は微笑んだそうだ。つまり、ラーガやラーギニーは宇宙から舞い降りてくる色彩の相違に過ぎない、本質は宇宙の気迫そのものだというのだ。

「全ては、ほら、そこからやって来る」。ダーガルは掌を伸ばし、部屋のあらゆる方向を指ししめしたという。そして深く息を吸い、吐くことを何度か繰り返し、再び「これが音楽だよ。宇宙からやって来る」と言ったそうだ。
 深呼吸の後、ダーガルはタンプーラのひとつを取ると、時間をかけ調弦した。その楽器は弦を指で抑え音程を変えたりせず、開放弦を曲のあいだ間断なく爪弾くためのものだそうな。全曲を通し、背後に流れる宇宙の基音を奏するのである。楽器の棹には4本の弦が張られ、下部は半球形に膨らんでいる。ダーガルは先ず真ん中の2本の弦を合わせる。

 合わせたのは西洋音楽の絶対音「ド」ではなく、時と共に変化する宇宙音「サ」なのだ。とはいえ、音叉や調子笛がある訳ではない。ただその時刻の気配に音を合わせるのだ。そのあと彼は、外側の2弦の音を別の高さに取る。
 インド古典音楽では、西洋音楽のような物理的数値で表すことのできる絶対音は存在しないそうだ。現代音楽で絶対音階のもとになっている「ラ」は、440Hzという物理的数字が与えられている。
 一方、「サ」「リ」「ガ」「マ」「パ」「ダ」「ニ」「サ」というインドの音階は、西洋音楽のドレミ……に対応しているが、それを決定付ける基音「サ」は、季節や時刻、或いは演奏者の情緒や声域により変化し続ける。何故なら音楽は神に捧げられるものであり、常に宇宙と一体であらねばならないからだ。

 しかし、このようなことは、何もインドばかりではない。東洋の音楽は元々そのようなものだった、と山田氏は云う。わが国でも調弦はかつて律管(調子笛)で取るのではなく、季節や時刻に合わせるものだった。
『蜻蛉日記』では若い女たちが琴や琵琶の調子を「春の季節」に合わせて弾く話が、『宇津保物語』には琴を「暁の時刻」に合わせるべく、「今少し樂の聲高く仕ウまつれ」と、弾き手に命じる場面が出てくるそうだ。

 古来から音楽のことを「調べ」といったのは、弦の張りをその季節や時刻の「気」に調べ合わせる営みを含んでいたからだという。それが音楽の基本であり、「調律」とはその字面が示しているように、弦を調節してその時の「律を調べる」こと、つまり六律六呂という12ヵ月に分類された各月の気に合わせることを意味していた。
 音に対するこのような文化は、日本では平安初期の藤原期にすでに確立していたようだ。公達は恋人と夜を過ごしつつ、時刻を知りたいとき琴や琵琶を取りだし、辺りに漂う夜の気配に弦の張りを合わせることで、その音色から夜の深さを推し測ったのであった。

「音楽は宇宙からやって来る」の箇所を最初に見た時、音楽家特有の誇大妄想の気も入っているのではないか?と感じた。インド伝統音楽に疎い外国人をたぶらかしているのか、とさえ邪推したが、かつて日本も「音楽は宇宙からやって来る」と考えられていたことを山田和氏の著作で初めて知った。こうして見ると、ダーガルの意見は必ずしも誇大妄想の産物ではない。
 それにしても、インドの弦楽器の多様性には驚く。インドの弦楽器を紹介したサイトもあるが、形自体が実にユニークだし、音も響きも素晴らしい。インドの弦楽器で最も知られているのは、おそらくシタールだろう。シタールの音は何とも幽玄で澄んでいる。

 私が初めてインドの弦楽器演奏を聞いたのは、英国のロックバンド、ポリスのワールドツァーを収めたビデオ『アラウンド・ザ・ワールド』からだった。インド公演時、メンバーがオフで現地の音楽家と演奏していたシーンがあり、スティングが奏でていたのはシタールと思われるが、その音色に圧倒された。こんな音を出す弦楽器があったのか、と感じたものだった。カレーと同じくインド音楽も、英国経由で知った日本人が多いのかもしれない。
その③に続く 

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