その①、その②の続き
この本の第1章「ライオンと牛」、第2章「ディムナ事件の取り調べ」はカリーラとディムナが登場する物語で、本題もここから来ている。この寓話は嘘をものともしない不実な人間が2人の友人の仲を裂き、その友情を敵意と憎悪に変えてしまう教訓として語られる。この章は全編の白眉として評価されている。
密林に君臨するライオンの王がいて、ライオンはそこに住む狼や山犬、その他の猛獣を臣下として従えていた。ライオンの従者の中にはカリーラとディムナという山犬がおり、彼らこそ1~2章の主人公。彼らは共に才知に長け教養があったが、堅実で信義に厚いカリーラに対し、ディムナは狡猾で欲深、不相応な野望を抱いていた。2人(?)は友人同士だが、生き方や性格は対照的だった。
ディムナは策を巡らし、ライオンに取り入る。ついに側近として重用されるようになったディムナだが、牛というライバルが現れる。牛は野心からではなく誠心誠意ライオンに仕え、王から家臣で最も信頼と友情を得た。それが面白くないディムナはライオンと牛の間に散々嘘と中傷を吹き込み、仲たがいさせる。不信をかった牛はついにライオンに殺された。
牛を殺した後、ライオンはディムナに騙されたのではないか?と疑いを抱き、第2章で「ディムナ事件の取り調べ」が始まる。ディムナは裁判にかけられるが厚顔にも無実を繰り返し、言葉巧みに嘘を重ね、証人たちを一蹴する。
以前からカリーラは友の策略や甘言で王に取り入る姿勢を注意していたが、野心家のディムナは耳を貸さなかった。牛が殺された後、ついにカリーラはディムナから離れる。それでも裁判開始後、獄舎にいるディムナを密かに訪ねた。彼等は血縁関係にもあり、まもなく取り調べはカリーラにも及ぶことになる。ディムナの罪のかどで自分も逮捕されるのを恐れ、心労の果てカリーラは死んでしまう。友の死を知ったディムナはさめざめと泣き崩れるが、裁判では無実を主張し続ける。
まもなくライオンは決定的な証言を得て、ディムナは王命により「死刑中最も残酷な方法で刑に処せられた」。どんな方法か具体的には書かれていなかったが、ともかく正義が行われる話になっている。
実はインドの原典パンチャタントラの結末はこれと違っており、「ライオンはそれ以降シャンザバ(牛)のことを考えず、シャンザバを自分に殺させたダマナカ(ディムナ)を大臣に採用して、幸福にくらした」となっている。何とも理不尽な話だが、インドの説話集にはこのような物語があるのだ。インド版と異なり正義が行われた結末はどうも著者の創作らしい。
私には甘言と虚言を弄し、裁判では平気で虚言を吐き続け、激しく自己主張するディムナに恐ろしさを覚えた。多民族が混在する中東では、この類の者が珍しくないのだろう。ディムナがカリーラに言った言葉は意味深だ。
「強さや大きさが問題なんじゃない。体が小さくてひ弱い者が策略と分別で、力の強い者には出来ないことを堂々とやってのけることがよくあるからね」
第4章「みみずくと烏」も興味深い。敵と親しみ、信頼する者は不幸な結果を招くという教訓話となっている。王の問いに答え、哲学者は次のように答える。
「王は、ご自分にも軍隊にも脅威を与える敵を相手にする場合、たとい敵が安全を保障し平和を望み、王の軍隊に友情を示し、側近たちには申し分のない人のように見えても、決して信頼して心を許し、口車に乗ってはなりません。ともうしますのは、それは有利な機会を狙うこの類の者に見られる共通の姿勢だからでございます。たとい敵が友情と誠実さを示しても、それに騙されないこと…」
そして哲学者は「みみずくと烏」の話をする。みみずくと烏はかねてから敵対関係にあり、烏のスパイがこのような策略で取り入ってみみずくの王や側近たちの信用を得る。頃合を見計らって烏の集団がみみずくのねぐらを襲撃、みみずくは滅ぼされるという物語。
11世紀半ば頃、ズィヤール朝第7代国王カイ=カーウースによって書かれた『カーブースの書』(東洋文庫134『ペルシア逸話集』収録)29章でも、「いかなる場合にも敵を信用するな…いかなる敵にも心を許したり、友情を結ぶな」と説いている。このことから闘争や謀略が普通だった乱世の中東でも、敵を信用したばかりに某国の憂き目に遭った例があったのだろう。トラスト・ミーで信頼されると思ったお目出度い首相がいたのは、極東の某国くらいか。
その④に続く
◆関連記事:「国王の父より息子への44章の教訓」
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