ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【書庫のミステリー】難波先生より

2017-09-26 12:28:42 | 難波紘二先生
【書庫のミステリー】私が医学生時代から研究してきた「病理学」という学問では、仮説形成と合理的推論により、「仮説が正しければ、こういう証拠(現象)が見つかるはず」という思考方法をたどる。対象が動物なら「実験病理学」となり、相手が患者なら「人体病理学(診断病理学)となる。医学の諸領域の中で、まだまだ不足しているのが病理医と法医学者であり、理系学部卒業後に学士入学で医学部に進むオーバードクターが増えている。榎木英介さんや名古屋市立大の伊藤さん、山口大医学部で「病態生化学」を研究している林田直樹さんも、みな他学部卒業後に医学部に進学している。
 欧米では他学部でPh.Dを得た人がAO入試で医学部への入学を許される。留学中に神学部卒業の男がいた。アフリカ大地溝帯で初期人類の化石発掘の仕事をしたそうだ。コイサン族(ホッテントット)のクリックという舌打ち言語の話を初めて聞いたのも彼からだ。当時、NCI(国立癌研究所)で血液病理の研究をしていた。後にワシントンDCのジョージタウン大学の病理部長(教授)になった。日本ではMDを「医学博士」と誤解している人がとても多いが、MDは「メディカル・ドクター」の略号で、医学部を卒業し国家試験に合格すればなれる。別に「学位論文」など書かなくてよい。(但しドイツは例外)日本では医師免許のない医学博士が多すぎる。
 この教育歴の多様性を重視するアメリカ方式は、医師の教養や人格の形成に寄与している。日本では医学博士号は「足の裏の飯粒」と呼ばれている。取っても食えないが、取らないと気持ち悪いという意味だ。医学博士=医師という誤解があるから、医師免許がないのに「医学博士」になりたがる素人が多い。基礎医学系の大学院はそういう人たちで溢れている。「医薬経済」の辛口評論で人気がある鳥集徹氏に、ぜひこの問題を取り上げてほしいと思う。

 本論に戻ると、病理学者の仕事は「推理小説の謎解き」に似ている。一例を示そう。
9/22(金)に福山付属高校のS先生が「ブクログ」という公開ソフトを用いて、蔵書のエクセル入力に来てくれた。本のバーコードをiPhoneで撮影すると、書誌情報がテキストファイルとなってエクセルに入力されるという便利なソフトだ。(但し行配列が私のDBと異なるので、手作業でのカット・アンド・ペーストが必要となる。)
 で、入力してもらう書架を選んでいて、狭い新書書棚の前の床に妙なものを見つけた。(Fig.1)
 鳥の糞に似た動物の糞が三つあり、茶黒色の糞本体の端に、少し黄色がかった白くて硬い塊が付着している。車の屋根にカラスやハトが落とした糞の構造にそっくりだ。
(Fig.1:床の糞)
 すでに硬く床にこびりついていて、平皿ピンセットでは剥がせないので、カッターナイフで剥がして陶製の標本皿に移して糞を詳しく観察した。(Fig.2)
(Fig.2)
 糞は単なる円柱ではなく、右端が尖っており、途中に屋根瓦のような傾きがあるので、右端が最初に肛門から出て、最後に左端に見える白い結晶質の塊が付随して排泄されたことがわかる。白い部分を除けばヒトの大便と同じ構造をしている。
 これは一体何の糞だろう?
 1)日本で普通に見られる、
 2)室内で生きて行ける、という糞の発見状況
を加味すると、水棲の両生類(カエルとイモリ)、空を飛ぶ鳥類、爬虫類でも蛇やトカゲは除外できる。
 よって残るのはヤモリだけになる。ヤモリなら夜、書斎の窓の外で走光性の蛾を捕食しているのをしょっちゅう見かけるし、換気扇の隙間から小さいヤモリが侵入してくる。だから昼間室内でも見かける。
 これで病理学的鑑別診断は「ヤモリ説」に絞られて来るわけだが、まだ物証が足りない。

 長さ2cmもある糞をするような、巨大なヤモリは室内で見かけたことがない。しかし糞が存在する以上、少なくともそれ相当の大ヤモリがいるはずだ。そこであちこちを捜したら、何と書斎への狭い通路に突きだしたクリアファイルの束がある移動ラック下の床に、ペチャンコになったヤモリのミイラが見つかった。(Fig.3)
(Fig.3:ヤモリのミイラ)
 おそらく夜遅くじっと通路にうずくまっているところを、知らずにスリッパで踏みつけたためペチャンコになった後、ミイラ化したのであろう。白黒まだらの背骨が見える。ひょっとするとヤモリでは、椎間板にメラニン細胞があるのではないか、と思った。

 下はトイレの窓枠のところで、ミイラ死体になっているのを発見した1年齢の子ヤモリで、右にあるのは上の大ヤモリの糞で、長さが2cmあることは上に述べた。S先生が春に来た時、ペンギンブックの上にヤモリの孵化後の卵殻(軟らかい)を発見したので、この14坪ほどの書庫の中で、時折迷い込む昆虫類をエサに、ヤモリの補食・排泄・交尾・産卵という生態系が成り立っていることを改めて認識した。

 糞の構造は鳥類の糞と同じで、鳥の場合、黒い部分が最初に排泄され、最後にクリーム状の白い部分が糞本体の上に載ることは、誰しも目撃したことがあるだろう。白い部分は後述するように尿である。
 哺乳類の場合は、体尾部に三つの孔がある。大便用の肛門、小便用の尿道開口部、雌では交尾と出産用の膣である。ところが哺乳類でも卵生であるカモノハシでは、排泄孔が一つしかない(単孔類)。これが「総排泄孔(Croaca)」で孔の内壁に、直腸、尿管、膣が合流している。
 哺乳類のヒトでも胎生の初期には総排泄腔があり、後にメスでは三つが完全に分離するが、オスでは精子の射出には尿道が利用されており、生殖系と尿排泄系の分離が完全でない。
動物学的に見ると、ヒトのメスの方がより進化しているといえよう。

 鳥やヤモリの糞に見られる白い部分は排便時に、最後に膀胱から出る尿酸に富んだペースト状の尿である。尿酸は水に溶けにくく、カルシウムと結合しやすいので白い結晶となる。血中尿酸値が高いと、腎臓や尿管・膀胱の結石が生じやすくなるし、手や指などの関節の絨毛上皮から析出して微結晶を生じて激痛を伴う「痛風」の原因となる。
 これだけ大量の尿酸を大便と共に体外排出できる爬虫類や鳥類には、だから「痛風」という病気は存在しないのではないかと思う。(後に「比較病理学」の本で確認を予定。)
 まあ、これで「糞の謎」は一件落着というわけだ。

 総排泄腔と消化管、泌尿器系、生殖器系の関係をわかりやすく説明した図を探したが、日本語の本にはろくな図がないので、英語本のものをスキャンしてスキムで加工したものを添付しておく。カメの「総排泄腔」内部で各管の合流の位置と状況がよくわかる。(Fig.4)

(Fig.4,出典GC. Kent「Comparative Anatomy of the Vertebrates」)
 対になった大きな副膀胱の存在は、知る限りカメに特徴的なもので、普通の動物では膀胱は正中線上に一個あるだけだ。

 このように病理学という学問の原理は、人間の理解と病気の診断や原因の探求だけでなく、自然現象をより深く理解するにも役立つ。日本の文学がエミール・ゾラの「自然主義」を導入しながらも没落したのは、田山花袋らの自然理解が中途半端だったからだと思う。コナン・ドイルは医者で、晩年は「心霊術」にはまり身を誤ったが、シャーロック・ホームズとワトソン博士という人物を造形したことで、日本の探偵小説にも大きな影響を与えた。
 海堂尊氏は千葉の病理医だが、そのミステリー(「チーム・バチスタの栄光」、宝島社など)には、病理学的知識が生かされていないと思う。真の病理学に対する世間の理解を深めてもらうためにも、理系卒の病理医によるミステリー文学の出現を期待したい。

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