ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【西部邁の「自裁」と自殺幇助罪】難波先生より

2018-04-10 16:27:58 | 難波紘二先生
【西部邁の「自裁」と自殺幇助罪】
 評論家の西部邁が去る2/21に東京多摩川に投身、自裁(自決・自殺)したと新聞で報じられた。訃報欄には彼が2013/3に咽頭がんと診断され、がんの手術を受けたことが書いてなかった。愛煙家の西部は尊敬した中江兆民と同じがんになったのだ。(但し兆民は咽頭梨状窩のがんで当時の医学では「喉頭がん」とされた。)

 ところが4/7になって自殺幇助の容疑で西部の弟子筋にあたる45歳と54歳の男が警視庁に逮捕された。
 4/7「朝日」によると二人はそれぞれ、「先生の死生観を尊重して力になりたかった」、「先生のためにやらなくてはならないと思った」と供述しており、昨年の9月頃から西部自裁用のロープ、ハーネス(腰に巻く安全帯)などを用意し、遺書をワープロで代筆したという。
 別の見方をすれば、西部は二人をとりこにし、自在に操って念願の自殺を遂げたということだろう。

 自殺は罪に問われないのに、なぜ自死を助けることが罪に値するのだろうか?(森鷗外「高瀬舟」はこの問題をテーマにしている。)
 私は「覚悟としての死生学」(文春新書)で、「考え抜かれた自殺は倫理的である」と述べた(同書p.146-7)。元もと「武士道」の作法では責任の取り方として切腹があり、それには介錯人を必要とした。つまり日本にはもともと「自殺幇助罪」はなかった。
 現行刑法の「自殺幇助罪」(初制定は明治15年制定の旧刑法)は、自殺を倫理的罪だとするフランスやドイツの影響を受けて設けられたものだ。芥川龍之介、太宰治、川端康成、江藤淳などの著名人が自殺しているが、いずれも五体満足だったから「自殺幇助者」は出なかった。
 西部は妻をがんで亡くし、ワープロが使えず執筆は娘が口述を筆記していた。昨年12月に出た「保守の真髄」(講談社現代新書)を読むと、「述者は…」とか「少し勝手気ままにしゃべりたくなった」という文言があり、著作自体が口述筆記でなされたと思われる。
 「三度目の述者の短銃入手作戦が失敗」(p.260)と書いている。「友情:ある半チョッパリとの四十五年」(ちくま文庫)には、札幌にいる八九三の親友から自決用のピストルを入手しようとする話が出てくる。親友の自死によりそれが不可能になった。それで「投身自殺」を考えたのであろう。
 西部はかねがね「病院死はいやだ。自裁死する」と述べていた。(「私の死亡記事」文春新書、西部邁「福沢諭吉」中公文庫など)
http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1522114491

 今年2月に出た(死後出版)、遺著「保守の遺言」(平凡社新書)の「あとがき」(1/15筆)
でも「11/30に娘の口述筆記原稿の手直しが終り、公的な活動はすべて終わった。…これでやっと<病院死を拒けて自裁死を探る」態勢が完了した」(1/5/2018付)と書いている。
 手が不自由になっており、独力での自死が困難だったことはこれでわかる。
 しかし、「他人に迷惑をかけない自裁」を一貫してぶれることなく主張していた西部が、両手が不自由になったとはいえ、賛同者を「自殺幇助罪」に巻き込んでしまったのは残念に思う。

 「警視庁が西部の自殺に補助者がいる可能性で、再捜査」と報じられたのは3月の中旬だった(と記憶する)。ちょうど3月上旬に出た雑誌「正論」四月号に「西部邁 最後の夜:バーを出て、1人になった保守思想家は川に向かった…、あの衝撃の死の謎」というタイトルの記事が載った頃だ。この記事はある文芸批評家によるもので、西部を「先生」と呼びながら具体的事実を指摘し、「自力での自殺は不可能ではないか?」という大きな謎を提起している。
 西部が創刊した雑誌「表現者」の後継者であるだけに、この記事には複雑な思いがした。自殺幇助容疑で2人の逮捕者を出し、警視庁に再捜査という手間をかけることは、西部にとって自分の思想に反するものだったろうと思う。

 山田風太郎は「あと千回の晩飯」(朝日新聞社)で「国立往生院をつくり、死にたい老人を一堂に集め、トワの眠りについてもらう」という突飛なアイデアを披露したが、西部には「安楽死のできる国」(三井美奈、新潮新書)の実現に努力してもらいたかった。彼は思想書を多く読でいるが、風太郎は読まなかったのだろう。(4/8「産経」書評欄が西部の「保守の真髄」を取り上げていたが、つまらない書評だった。)

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