今度は父が大変だ

2009-07-08 | 介護日記

帰りのの中
夫に頼んで父に電話をしてもらった。
夕食は済んだか、薬は飲んだか、の確認の電話だ。

運転しながら会話を聞いていたが、やり取りがどうもおかしい。夕食の話しになかなかたどり着かない。
「いいえ、言ってませんよ」
「昨日はそちらに泊まりましたし…」
「はい、一緒に行きました」
何か問い詰められた人みたいな受け答え
やっと本題の冷蔵庫の中に晩御飯が入っている、と言う話しになるまでかなりの時間を要した

電話を終えた夫によると、父は昨日母に会いに行ったこと、私たちが父のところに泊まったこと、今日私たちと一緒に居たことを忘れてしまったらしいと言うのだ。
「君は昨日帰ると言ってたのに何でいるのか」と聞かれて納得するまで父の話しに付き合ってくれたようだが…さあ、これは大変な事態ですよ
独り暮らしを希望する父の意思を出来得る限りサポートしようと思っていたが、これはもう無理なのではなかろうか。
ここまでスッポリ記憶が抜けたことはなかったぞ


母のベッドに寝る

2009-07-08 | 介護日記

本当のことを言うともう母は死ぬのだと覚悟してこちらに来た。
肺気腫の呼吸器不全の35kgの85才が肺炎になったらそりゃもうダメだろうとかなり悲壮な顔してたはずだ。
朝8時半に面会したときの母は予想に反して苦痛を訴えることもなく浅い息遣いながらそれはそれは静かに目を閉じて寝ていた。
私のことも夫のことも判ったし、10時過ぎに父を連れて行った時も意識はハッキリしていた。

(ちなみに今朝の父は気味が悪いくらいよそ行きの声と表情で私を驚かせた。
私の夫という観客の前ではこうなるのね、とその時は妙に納得。でもそのあと、おばあちゃんの具合がこんなに悪いのにどうして上機嫌でいられるのか理解に苦しむ)

ところが夕方6時過ぎ、目覚めた母は明らかに私の事が判らない様子だった。
勿論夫のことも。
父は昼には帰したがその場に居たらどうだったろう。判らない自分に困惑し、混乱した母は大声で叫ぶかと思えば、「私を困らせる…」と呟く。
その場に居ると却って母を疲れさせそうなので帰ることにした。

だが頭と心はアチラに行ってしまった風だが、身体は確実に回復していたと思う。
やはり私の母は不死鳥に違いない。
先生が私の顔見て「来なくていいのに!」と言った訳が分かった気がする^^;

今日はひと月ぶりに実家に泊まる。
母のベッドに寝転んでこれを書いている