花遍路

山登りの徒然にとりためた写真をご覧ください。

花遍路

2008-03-20 07:30:48 | Weblog
私の四国巡礼は都合四回になります。
一回目は歩き650キロ、乗り物利用550キロの組み合わせで全行程1200キロを回り結願しました。#1霊山寺から#34種間寺までは札幌の同僚との二人連れで、#35清滝寺から#43明石寺の間は、清滝寺下の編路宿で意気投合した仙台からの二人組の方との四人連れで回りました。このお二人は区切り遍路でしたので、松山でお別れし、#44大宝寺から結願寺の#88大窪寺までは札幌組みの二人連れに戻り一応の結願を果たしました。
二回目以降は一回目の乗り物利用の区間を「歩きに徹する」事とし、#23薬王寺から一人編路を始めた所、仙台のお一人が急遽海部から合流して室津までの90キロを二人連れとなりました。生憎、靴との相性が悪く室津から仙台へ引き返し室津以降は再び一人旅に戻りました。



#25津照寺。この寺の直ぐ脇の宿に泊まりましたが、正解でした。夕食に室津の漁港に揚がった新鮮なお魚が付き遍路冥利と共に噛みしめ頂きました。



室津のお魚屋さんの店頭。色鮮やかな新鮮な魚の数々、最初の遍路では行程の関係で、横目に見ながら機会があれば泊まろうと密かに思いながら通過したので、泊って正解だったと言う次第。



室戸市の西外れ中山峠から振り返り室戸岬を望む。



同上中山越えの遍路道。


花遍路 四国巡礼の旅4

2008-03-19 06:28:25 | Weblog
前後四回の歩き遍路で全行程を歩き通す事が出来ました。1~3回目は春先を、最後の4回目は秋に歩いています。雪国の者にとって、四国は南国で暖かいとの思い込み(事実暖かい)と、信心の厚い遍路の皆さんの信仰の妨げにならない様に、春早く確定申告を済ませた二月下旬に遍路をスタートさせます。暖かい国柄とは言え、標高の高い所は雪が舞い積雪もみられます。特に西伊予地方は、季節風の影響が顕著に現れる様で三回とも風・雪で難渋しましたので、仕上げの四回目は秋に歩いています。アップした画像は、主として編路に余裕をもって歩いた二回目以降のもので、最初の巡礼で交通機関を利用した区間を、改めて歩き直した#23薬王寺から#60雲辺寺が殆どです。


室戸岬灯台。遥けき室戸岬には#23薬王寺から三泊して到着。ヤレヤレでした。



室戸岬沖合を往く貨物船でしょうか。春の海のたりのたりの風情です。



御蔵洞。空海が修行したと伝えられる祠です。



#24最御崎寺。二月下旬でしたが、桜がちらほら咲き出していました。



札所の裏手に咲いていた花。売店の方に名前を尋ねましたが不明との事、東南アジヤ原産だそうで、暖かい南国だと実感させられました。



花遍路 四国巡礼の旅3

2008-03-18 07:12:46 | Weblog
四国88か所の巡礼は、発心(徳島)・修行(高知)・菩提(愛媛)・涅槃(香川)の道場と言われます。徳島、香川は人口が凋密で札所間の距離が近く一日で数か所巡礼ができます。対照的に高知、愛媛の札所は海岸線若しくは山間に散在して数日で一~二か所しか、お参り出来ません。加えて通行車両の多い道路やトンネルに歩道が整備されていない所が結構多く、交通事故対策を真剣に考えざるを得なく、信心の薄い私たちは、札所間が50キロ離れ箇所は公共交通機関を利用しようという
勝手な結論を、発心道場の徳島で得て編路を続け一応結願する事が出来ました。



東洋町野根の海岸。#23薬王寺を出てから二泊して、漸く室戸岬が望見できる地点まで歩みを進めました。



仏海庵。木喰上人佛海が庵を結んだ跡地です。



室戸岬が指呼の間に。佐喜浜の海岸で。もう一泊で#24最御崎寺です。無理すれば当日中に着けましたが、相棒の調子から早めに宿泊をしました。



夫婦岩。単調な海岸線で一際目立った岩でした。


花遍路 四国巡礼の旅2

2008-03-17 07:12:52 | Weblog
四国を歩く縁は、花(高山植物)と編路をかけて「花遍路」と名付けた小冊子を出版した事にあります。一回目のリタイヤで本を、そして二回目の仕事を離れ、年金生活に入るけじめに四国を歩こうと思い付いたのがキッカケでした。幸い信心の厚い友人も編路を歩きたいと言うので、山歩きで培った地図を読むことに慣れた私が行程管理を、仏典やら教義は相棒の友人が分担することで、四国巡礼の旅が始まりました。


大阪峠の遍路道。#23薬王寺~鯖大師間。


同上の峠を乗っ越いた辺りから室戸岬方向の展望。



黄色い花。甲浦付近で。雪の札幌からの編路には盛大に咲き乱れる様は、南国そのもので強く印象に残った花でした。樹名は分かりません。



野根の東洋大師付近から海部方向に海岸線。#23薬王寺から#24最御崎寺間は85キロあり、言われるところの、将に「修行の道場」の始まりで、ただただ只管に歩き続ける旅です。

花遍路 巡礼の旅1

2008-03-16 06:59:56 | Weblog
雪解け順調です。藻岩原始林の樹は、根元を丸くあけ春を呼び込んでいます。道路の雪も凹凸を左程苦労せずに走れるまで融けました。
それでも土の匂いお花の香りを嗅ぐには、今少し時が必要です。この間の繋ぎとして、四国巡礼の旅を投稿致して参ります。
この十年ちかくの間に四回歩き遍路を続け、先年漸く1200キロを歩き終えました。
最初は友人と二人ずれで春先に歩き、650キロと乗り物利用550キロで一応結願しました。その後、乗物を利用した区間を歩こうと、春先二回秋一回の三回で歩き終えました。一回目はカメラは持って行きましたが、歩きに専心してシャツターを押す余裕が在りませんでが、二回以降は少しづつ周囲の景色を楽しめる様になりました。



足摺岬近くの落ち椿を散らした遍路道。



サーフィン1。牟岐町の海岸で。いくら南国でも冬場に波乗りは無いと吃驚してカメラを取り出しました。後で知りましたが、サーファーは波があれば季節は関係ないそうでこれまた吃驚でした。



サーファー2。



階段のお賽銭。#23薬王寺で。

宴の後(雪祭会場跡地の今)

2008-03-14 08:01:00 | Weblog
春型の気圧配置が現れ暖気と寒気の交替が頻繁になり雪解けが進む札幌です。
厳冬期は雪まつりで賑わった大通りの今を、用足しついでに撮りましたので紹介します。



大通り西4丁目会場大雪像を取り壊した跡地の雪山。「守りたい地球、子供たちの未来」としてサミット参加国の代表的な建造物を紹介した大雪像の残滓です。



同上大雪像を東側から。



大通り西5丁目会場付近。



札幌市電、西四丁目三越前停留場。三越前~ススキノ間を市西側の住宅街を巡る路線で札幌で唯一残されている市電です。


札幌冬の陣 ササラ電車

2008-03-13 07:36:30 | Weblog
此のところ三月下旬から四月中旬の気温が続き、積雪は急激に融け春近しを実感しています。それでも積雪がゼロとなるのは、三月下旬で土の香り嗅げるのも射程距離に入りました。春の使者が顔を覗かせるのが待たれるこの頃です。
冬の間活躍してくれた札幌市電の顔ササラ電車も、間もなく車庫入りとなります。その素顔の一端をアップします。



早朝の除雪作業を終えて。車庫構内朝の五時半頃の撮影です。
降雪の状況に左右されますが、三時前後には出庫して5時半ごろには作業を終了させ帰ってきます。作業中の勇壮な画像をと思いましたが、働き者のササラ電車には負けました。仕方なく激務の後、暫し休憩のササラ電車です。



ササラ部の拡大。電車先頭部に装着されたササラ(細く割っ竹を回転台に植え込んでいます。職員の手作りです。)



日向ぼっこするササラ電車。横位置。ササラは電車の前後に取り付けられています。



同上、正面から。



ササラ部の拡大。





08流氷は大当たり 8 流氷航海③

2008-03-09 06:35:05 | Weblog
流氷クルーズは自然が相手、その年の気象条件に大きく左右されます。先ず流氷の漂着、そして流氷の密度さらに砕氷船オーロラの砕氷能力などのバランスをとりつつ、流氷帯に閉じ込められない範囲での航海となるようです。今回は網走港の航路標識でもある赤と白の灯台出た外海の緩い流氷帯を、右回りに5回程周回し帰港しました。



砕氷船オーロラ1。波止場で。就航する砕氷船は二隻で、大型のオーロラ1が露払役で流氷帯にのりこみ、流氷を破砕して航路を確保、そのゆるんだ海域をやや小型のオ0ロラ2が続航する要領で運航の安全を図っている様におもえました。




流氷帯を往くオーロラ2.


接岸した流氷。昼食会場裏手の海岸で。折角の機会ですので、直接流氷に触れようと昼食もそこそこにして、流氷原に向かいました。岩礁と砂浜の海岸は、打ち寄せた流氷で陸地と海の境界が全く判別できません。安全を考えて先行した人の足跡がキレたところで引き返しました。



盛り上がり接岸した流氷。


厚さ1メートルは有ろうかと思われる流氷片。

08流氷は大当たり 7 流氷航海②

2008-03-08 07:30:38 | Weblog
今年の流氷は当たりで、流氷の先端は知床半島を回り込んで、釧路まで達しています。接岸すれば十数年ぶりとか、お陰で広漠として陸海定まらぬ世界を堪能できました。流氷の誕生には二つのルーツが有るんだそうです。その一はアムール川生まれで底面に大陸の土砂が付着して茶色の流氷、その二はオホーツク海北部の海水が極寒で氷晶に変わりそれが成長した底面が白い流氷です。この流氷は豊富なミネラルの運び屋で、プランクトン・大小様々な魚を育て連鎖の頂点にアザラシや世界的にも貴重なオオワシ・オジロワシをこの地に招き寄せています。
流氷帯にはワシが散見出来ましたが、肉眼ではわワシの種類までは識別できず、取り敢えず船の振動を気にしつつ撮った画像をアップしました。



オオワシ。黒い大型のワシで、肩とシッポの白い羽が目印です。



オジロワシ。大型でトンビに似た茶系統の色合いです。



カモメ。出港から帰港するまで終始砕氷船に付き纏い飛んでいました。






08流氷は大当たり 6 流氷航海①

2008-03-07 09:32:52 | Weblog
今回ツアーの最大眼目は流氷見物です。実は昨年トワイライトクルーズで流氷の片鱗に接しています。港外の遥か沖合に漂う流氷帯の外縁に割り込んで時間切れで引き返ってきました。薄暮の流氷も幻想的でそれなりに満足し、翌日昼間帯に再度乗船をとターミナルに着くと、何と流氷は一晩で遥か沖合に去って影も形もありませんでした。流氷は天気任せ、風任せで、思っているより身軽に移動するようです。
今年の流氷はと言うと、陸と海が一体化して浩浩漠々たる大雪原となって展開し、二年越しの想いが達成されました。そして念願のオオワシ・オジロワシが其処かしこに姿を見せてくれましたので、クルーズ中デッキに立ち続け流氷ウオッチングに徹してしいました。



網走港内岩壁からの港内風景。



ハスの葉氷、港内入口の灯台付近。流氷帯の外縁には開水面が見られます。


ハスの葉氷2、網走港内。



網走港を出た外洋で。港内とは流氷の表情が変わって来ています。


港外の沖合から陸地方向に向かう船尾から見た流氷。



網走港外海の流氷。オーロラ号は砕氷船とは言いながら、砕氷能力は弱い部類に入るようで、ガツガツに盛り上がった流氷帯は避け、多少流氷が弛んでいる海域を右回りに旋回を重ねて時間内に帰港する運航体制をとっているようでした。流氷に乗り上げ前・後進して砕氷する雄々しい砕氷船のイメージでは有りませんでした。
過ぎたるは及ばざる・・・の譬えの様に、接岸状態如何によっては港外に出られないこともあるのかなと推量したことでした。