ブログで事実無根の記載、姫井氏が謝罪文(読売新聞) - goo ニュース
衆院選千葉8区で落選した日本未来の党の姫井由美子氏(53)が自身のブログに「読売新聞販売店(YC)が、私の政策ビラの新聞折り込み半分を捨てた」などと事実無根の内容を記載し、読売新聞の抗議を受けて、21日、問題の文章を削除した上で謝罪文を掲載した。
姫井氏は20日夜、千葉県内にある読売新聞の販売店従業員を名乗る匿名の内部告発の電話を受けたとした上で、「内容は、政策ビラの新聞折り込みを、自民党の候補のは全部折り込んだが、私のは半分捨てた!というものだった」などとブログに書き込んだ。
姫井氏は匿名の電話の内容を販売店に全く確認していなかった。読売新聞が調査したところ、姫井氏の政策ビラは全ての読者に配達されていた。
読売新聞の抗議を受け、姫井氏は自身のブログで、「12月20日に、私のブログで、YCの内部告発について掲載いたしました。この内容につきましては、事務所への1本の電話を元に記載したものです。しかしながら、充分な事実確認の調査を行わないままで、ブログ掲載をしてしまいました。YCの皆様をはじめ、多くの真面目に職務を全うされておられる販売店の皆様、読売新聞社の関係者の皆様方に多大なご迷惑をおかけしましたことを心よりお詫びいたします。」と謝罪した。
07年の参院選で当時自民党参院幹事長の片山氏を破って当選し、「姫のトラ退治」などとマスコミに持ち上げられ、小沢ガールズとも言われた。直後に飲食店開業を巡って有印私文書偽造・行使で告発され、参院選挙での選挙活動費を水増し請求していた事が発覚し、詐欺罪でも告発された。離党表明と撤回を繰り返し、民主党岡山県連から「次の選挙では公認しない」とされた。小沢と行動を共にして離党し、先日の衆院選では未来の党で千葉8区から出馬したが惨敗。比例復活もならなかった。
落選したマキコいわく、今回の解散総選挙は「自爆テロ解散」だそうだ。「自爆テロ」と言えば、やはり小沢ガールズと言われた三宅雪子を思い出す。
10年5月に衆院小委員会で強行採決で押し問答が発生して三宅が転倒し右膝を負傷した事件だ。民主党は当初「小泉議員による暴行」と主張したが、委員会の映像を見ると両者は画面の両端に映っていたため「シンジローはカメハメ波や気孔が使えるのか?!」と笑われた。民主党は慌てて近くに映っていた「甘利氏による暴行」と訂正し「懲罰動議も辞さない」と自民党に迫ったが、「押し問答になって甘利氏の足に三宅氏がつまづいただけ。三宅議員は委員会メンバーではない。」と反論された。事件発生直後のワイドショーやスポーツ紙は三宅を悲劇のヒロインのように扱ったが、自民党の反論と「自作自演じゃないのか?」と言うネットの疑惑を取り上げ始め、さらに小沢ガールズやチルドレンと言われる民主党新人議員が委員会などに「勉強」を名目に大量に傍聴しているが、野党議員に対する野次や与党議員への拍手が議事進行を妨げている事が発覚してしまった。自爆テロは民主党の目論んだ普天間問題で支持率がジリ貧だった鳩山内閣へのテコ入れどころか、「マジメにやれ」の批判に晒されて支持率をさらに落とす醜態を晒した。
20年前に小沢が経世会分裂が原因で自民党を離党し、新生党を結党した時には、渡部、藤井、岡田、前原、二階、扇、石井、石破、松沢らがいた。しかし新進党、自由党、民由合併、国民の生活、未来の党と分裂、合併を繰り返すうちに有能な者は党の運営や政治理念で小沢と対立して離れて行った。
衆院選の結果で問題とされた選挙制度や政権交代前に民主党が攻撃した自衛隊の海外派遣、基地問題や事業仕分けで問題視された「思いやり予算」は全て小沢が与党で権力を振るっていた時代に作られたモノだ。
民由合併効果で07年の参院選、09年の衆院選で勝利し、当選し議員となった者は小沢の親衛隊となり、彼らの中では「神君小沢公」と化したが、この2つの選挙で民主党は政治政党ではなく選挙対策互助会と化していた。選挙互助会の議員に国を動かす政策が決められるハズもなく、彼らが敵視した官僚の言いなりに右往左往するしかなかった。財務大臣時代のスッカラ管が「官僚なんてみんなバカですよ」と発言したが、民主党にはバカもハサミも使える器量も無いバカ以下のマヌケだった。民主党のマの抜けた政権公約はガソリン暫定税を恒久化した事やダム建設を巡っておかしくなっていき、10年の参院選直前にスッカラ菅が消費増税を口走った事で党内の亀裂が始まった。東日本大震災の救助活動と福島原発事故への対応の不味さから民主党への批判が強まり、目玉だった事業仕分けもママゴト遊びだった事も露呈し支持率は激減。本来は挙党体制をとるべき時に小沢を巡る対立構図が深刻化していったが、その中でハラグチや路チュー1号、海江田らはイソップ物語のコウモリのように日和見を決め込んだ。スッカラ菅を引き継いだ野ダメは消費増税を巡り自公から「協力して欲しければ小沢を斬れ」と要求されてその通りにした。しかし小沢に付き従った多くは、彼なしでは何もできないタダの木偶の坊ばかりだった。
橋下と石原が組んだ事で嘉田滋賀県知事が「卒原発」と称して未来の党を旗揚げした。嘉田には小沢と親衛隊が優秀に見えたのだろうか?駆け落ちするかのようにドタバタと合流し、橋下に三下り半を突きつけられたマヌケから飛び出したタワケ市長や、郵政選挙前に自民党から蹴りだされた時と同じ様に国民新党から追放され、「小沢と石原を組ませる」と豪語したものの石原に「小沢や民主党とは死んでも組まん」と三度蹴り飛ばされた亀井も合流した。
未来ではなく、何だか良く判らない未知の党となった政党では小沢ガールズと称するタダの木偶の坊が勝てる見込みは無かった。「マリアナの七面鳥撃ち」の如くバタバタと倒れていった。新生党から小沢に最後まで付き従った山岡も倒れた。
元祖自爆テロの三宅が自爆テロ解散をした野ダメの選挙区で惨敗したのも笑えるジョークだ。