
デレク・ジャーマン監督・映画「カラヴァッジオ」
この映画は、従来の伝記が伝える無法者の天才画家カラヴァッジオというイメージはありません、バイセクシャルの純愛物語として脚色しています。物語は、1610年の臨終の日に、病床で死を待つカラヴァッジオ(ナイジェル・テリー)がローマの思い出を回想するというかたちをとる。画家を志してローマへ移住した少年時代から、1606年に愛する男を殺めるまでに何が起きたのかが、刻々と衰弱していく病床のすがたを差しはさみながら進行する。この映画のカラヴァッジオは、魂の高潔さゆえに孤独にならざるをえなかったひとりの画家の悲劇を描いています。
デレク・ジャーマンの独自な解釈によってカラヴッジオの生涯が甦る。時代設定はカラヴァッジオが実際に生きた17世紀だが、なぜかタイプライターやオートバイや電卓(すがたこそ見えないがヘリコプターも飛んでいる!)など現代の品々が散在し、17世紀と現代の風俗が軽やかになじみ、心地よく融和する。アナクロニズムをおかすことで、歴史上の人物たちを過去の時間から解き放ち、開放感や浮遊感、夢幻感、親近感などを生み出すのがデレク・ジャーマンの演出なのだ。
そして、この映画の最たる見どころは、フィルムの1コマ1コマをキャンバスに見立てて絵を描くように撮った映像だ。どこで静止しても端整な絵画に見えるほど、卓越した絵画的構図がとられ、ことに色彩が息をのむほどに美しい。ほぼ作品全体を通して美術や衣装が、R(レッド)~YR(イエローレッド)~Y(イエロー)~GY(グリーンイエロー)~G(グリーン)の色相の範囲の、落ちついた中彩色と透明感のある淡色から選びぬかれ、画面上でたおやかに溶けあうように色彩調和が厳密に計算されている。この映画の季節は秋ではないが、どこか秋を思わせる配色になっていて、物語のイメージにそう静寂や憂愁や日ざしの哀しいやわらかさなどが、映像の色彩そのものから豊潤に漂ってくるのだ。いつまでも心をひたしていたい静謐な色彩世界。それがこの映画の比類ない魅力である。
映画がひとつの表現手段であるなら、これぐらいの冒険があっていいと思います。歴史を見たのではなく、ひとりの画家の目を通して「ある葛藤」を見たように思います。