中川輝光の眼

アトリエから見えてくる情景
paraparaart.com ArtDirector

劇箱(gekibako)003 『Trump & Xi』

2020-01-08 | ビジネス

劇箱(gekibako)003 『Trump & Xi』

あけましておめでとうございます、ひさしぶりの投稿になります。風刺アニメ『劇箱』ですが・・・トランプさんの際だった個性に注視してきましたが、ここにきてその危険度に身震いする思いで制作しました。(paraparaart.comアニメーション企画部)

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『3Dプリンター』を使ってみたいと想っていた

2019-07-15 | ビジネス

『3Dプリンター』を使ってみたいと想っていたが、アニメーションの仕事が優先されていたこともあり、先送りになっていた。7月1日から始めることにし、最新機種『da vinci color mini』を購入する・・・なにごとも計画的にするのがわたしたちのやり方だ・・・、ところが、インクカートリッジの接触に問題があったり、フィラメントチューブが動作中に外れたりと、なかなかスムーズにはいかない・・・メーカー側とうちの担当者とのやりとりを聞きながらの作業が営々と続く・・・こういったことはよくあることで、このやりとりのなかで『あたらしい発想』も生まれるのだから、時間と根気は無駄にはならない。

わたしは驚きをもって見ていた、『3Dプリンター』の機能がかなり進化している、『テスト制作』を繰り返しながら、その『精細な造形』に頷いたのである、これなら使えると想ったのである。

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『ノヴェンバー・ステップス』

2019-04-24 | 文化を考える

『ノヴェンバー・ステップス』 

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(武満徹・1967年作曲)を聴いた、尺八や琵琶奏者を加えた、かなり個性的な響(異質な音)があります。これを当時のレコードで聴いたのには、訳があります。
 70年代に、『ノイズ』について言及することが流行ったことがあります。この『ノヴェンバー・ステップス』を欧米各国で演奏されたときも、『ノイズの魅力』として受けとめられた(評価された)のです。わたしの記憶が正しければ、「ノイズ」という名前のバンドもありましたし、音楽の世界だけではなく視覚表現にも『ノイズ』が闊歩し始めたのです・・・奇妙なことに、この言葉がここ数年復活しています。
 ※『ノイズ』、20世紀初めにはルイジ・ルッソロが「雑音調整機」を公開し、ドイツでは初期のシンセサイザー(電子音)が生まれます。
 
『ノヴェンバー・ステップス』を聴いて想ったのです、欧米が使っている「楽譜(約束ごと)」に譜記できない「音」とは何か、計算されない「音」とは何か・・・異質な文化が育んだ空間をどのように凝視するか・・・。
『ノヴェンバー・ステップス』を海外で演奏する場合、このLPのように和楽器奏者が加わっていたのですが、ある時点で武満はそのことに「消極的」になった、明瞭には答えていないので真意はわかりません。
アルカンジェロ・コレッリ(Arcangelo Corelli /1653 - 1713) はイタリアのヴァイオリニスト・作曲家ですが、あまり知られていない・・・わたしも、ブリューゲルやプーサンなど貴重な絵画のコレクター(136枚)として知っていた。コレッリの楽譜をわたしは大切にしている、死後出版(1770年~鋼版印刷)の作品集の中にあるトランペット・ソナタが彼の唯一の管楽器のための作品で、そのほかの曲はすべて弦楽器と通奏低音のためのものです。楽譜、五線譜に書かれる音符や記号は厳格に決められた音楽言語ですが、コレッリの旋律は美しく古風な決まりごとからかなり自由であったといわれています。
楽譜が遺っていることで、わたしたちは昔の音楽を耳にすることができるのです。わたしの楽譜コレクションに『少年十字軍を送る曲』があります、少年が戦いにかりだされたことがわかります、昔も今も変わりません・・・。
『ノイズ』は、「雑音」か「偶然」か・・・『創作言語』は、アカデミーが養ってきた「要素」か・・・「試行錯誤」が創り出したモノとは何か・・・。
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ヴィクトル・ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ(ノートルダムのせむし男)」

2019-04-17 | 本の紹介

『NOTRE DAME DE PARIS』Par Victor HUGO
ヴィクトル・ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ(ノートルダムのせむし男)初版1831年」の貴重な挿絵入り版です。1844年パリのPERROTIN-GRNIER刊の大型本で、 小口木版および銅版画による別刷挿絵55点が 挿入されています。
 
挿絵はトニー・ジョアノー、ドビニー、ブーランジェ、ボーモンなどが担当し、怪奇趣味気味なヴィニェットやカット、装飾枠、装飾頭文字が散りばめられ、ロマン派挿絵本の見事な一冊になっています。

15世紀(1482年)のパリ。教会の持つ権限が、弾圧と排除を生み出す時代の物語。ノートルダム大聖堂の前に、一人の醜い赤ん坊が捨てられていた。彼は大聖堂の助祭長、フロロ(Frollo)に拾われ、カジモド(Quasimodo)という名をもらう。彼は成長し、ノートルダムの鐘つきとなる。パリにやって来た美しいジプシーの踊り子エスメラルダ(Esmeralda)に、聖職者であるフロロは心を奪われる。欲情に悩み、ついにはカジモドを使ってエスメラルダを誘拐しようとする。しかしカジモドは捕らえられ、エスメラルダは衛兵フェビュス(Phoebus)に恋するようになる。フェビュスとエスメラルダの仲は深まるが、実はフェビュスは婚約者がいる不実な男でした。捕らえられたカジモドは広場でさらし者になるが、ただ一人エスメラルダだけは彼をかばう。カジモドは人間の優しさを生まれて初めて知り、彼女に恋をする。フロロも彼女に想いを募らせるが、エスメラルダの心はフェビュスにある。フロロは逢引をするふたりをつけて行き、フェビュスを刺して逃げる。エスメラルダはフェビュス殺害未遂の濡れ衣を着せられ、魔女裁判の元に死刑が言い渡される。カジモドはエスメラルダを救いノートルダム大聖堂にかくまう。しかし、エスメラルダはカジモドのあまりの醜さにまともに顔を見ることすらできなかった。フロロはパリの暴動の矛先をノートルダム大聖堂に向けさせ、混乱の中エスメラルダを連れ出し、助命と引き換えに愛人になるよう迫るが、彼女はフェビュスを刺したフロロを拒んだ。フロロは彼女を衛兵に引き渡し、エスメラルダは兵士達に捕まり、処刑される。大聖堂の塔の上からそれを見届けるフロロを、カジモドは塔から突き落として殺す。数年後、処刑場を掘り起こすと、白い服装をしていた女性エスメラルダと思われる白骨に、異様な骨格の男の白骨が寄り添っており、それらを引き離そうとすると、砕けて粉になってしまった。(あらすじ)

クトル・ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ」が脳裏を・・・言葉が見つからない。

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「絵日記」のように制作し 無造作に並べられたらいいのに・・・

2019-04-04 | 美術を考える

春は、爽やかな風に誘われるままに出かけることも多くなります。街中のギャラリーを覗いたりもする・・・魅力あふれる若い人の作品に出会うとうれしくもなる。
 時として、『オリジナル』をあまりに強調されると、首をかしげたくもなる・・・作家の有り様(背景)相応に個性があります、表現も様々あっていいのです。
 想うに、若い才能に呼応するだけのエネルギーが観る側に希薄なのかも知れない・・・ギャラリー(画廊)の役割も既に変容しているのです。
 ピカソのように、「絵日記」のように制作し、無造作に並べられたらいいのに・・・そう言った時代でも環境でもないのですが、果たしてわたしたちはどうであったか・・・。
 ピカソの『句読点のない詩』がふと頭を過る、爽やかな風とともに・・・若いって文句なくいいよね。

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『風景のなかで指さす女性』(Dama che indica,su sfondo di paesaggio)- その2

2019-03-05 | 文化を考える

『風景のなかで指さす女性』(Dama che indica,su sfondo di paesaggio)- その2
昨日、時間がなくて書けないことがあり・・・これは追記(補足)になります。

この時期のレオナルドには判断すべきことが多く、気持ちも穏やかではいられなかった・・・繰り返し描かれた『大洪水』の背景にリアルな心情があるのです。わたしたちには『大洪水』は現実そのものですが、イタリアにもよく似た歴史があります。特にフィレンツェの降水量は多く、河川の氾濫もよく見られるのです。1505年6月にかなりひどい雨嵐があり、「アンギアーリの戦い」の下絵がダメになったことが「マドリード手稿」に記載されています。この時期は、ローマに滞在していたのですが、同時に軍事顧問として周辺の都市を見て歩いています・・・イタリアの衰退をその目で確かめることは辛いことです。

レオナルドの「絵画論」に、ボッティチェリの描く背景(風景描写)について「残念な表現」と書いています(レオナルドのほうに『誤認』があったのではないかと想っています)。
※『誤認』、レオナルドとボッティチェリはタイプの異なる画家です、所属工房が同じだからと言ってもねぇ(意思疎通がとれているとは限らないのです)・・・古代ローマ時代の画家が画布のシミ(汚れ)から絵を描いたと言った話し(寓話)があります・・・博学ゆえの『誤認』だと想うのです、レオナルド特有の「懐疑的な視線」が垣間見えるのです。

「1枚のデッサン」が、レオナルドの『芸術観』に迫る(紐解く)鍵になったのです。
レオナルドがボッティチェリの絵を「評価していなかった」のか・・・わたしは、そう想っていないのです。ここが、『鍵』になるのです。

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『風景のなかで指さす女性』

2019-03-05 | 文化を考える

ウィンザー王室コレクションに1枚気になるデッサンがあります、『風景のなかで指さす女性』(Dama che indica,su sfondo di paesaggio)1513~15年頃に描かれたものと想いますが、わたしはダンテ『神曲』のマテルダではないかと・・・。

ちょうどこの頃、レオナルドはジュリアーノ・デ・メディチの軍事顧問としてフランソワ一世と会っています。このボローニアでの会談で、ナポリはスペイン領にミラノはフランス領になるのですから・・・。イタリア都市国家の衰退と、この頃、繰り返し描かれた『大洪水』、ダンテの『神曲』に目が向いたとしても不思議はない・・・わたしは、そう想ったのです。同時にわたしは、フィレンツェを追われたボッティチェリが晩年に描いた『神曲』のための連作を、即座に頭に浮かべたのです。

この「1枚のデッサン」が、レオナルドの『芸術観』に迫る(紐解く)鍵になったのです。

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梅原猛さんが亡くなっていたことを知った

2019-01-22 | 文化を考える

梅原猛さんが亡くなっていたことを、今、知った。わたしの座右の書、H.ゼーデルマイアー著『中心の喪失』、この本は梅原猛さんから直接薦められたのですが・・・若き頃にこの本と出会っていなかったら、おそらく今のわたしはいない。

 70年安保闘争の頃、「三美大祭」打合せのため「京美」にいたのですが、当時の学長さんが梅原猛さんでした・・・。「学長選挙」に学生代表が加わっていたことをわたしはその時知りました、梅原猛さんが自嘲気味にそのことを話すのを聴いていたのです・・・このような方が「学長」であればいいのにと素直に想ったものです。
 梅原猛さんの著書もずいぶん読みました・・・優れた視点と好奇心の塊のような人でした。

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劇箱(gekibako)002 IR談義(IR conte)

2018-12-15 | 政治・経済を考える

劇箱(gekibako)002 IR談義(IR conte)

劇箱(gekibako)は、paraparaart.comが企画制作しています。 

世界の政治が揺れています、なかでもトランプさんがいけません、これまでの秩序を歪めてしまう・・・安倍さんのアメリカ追随もそれを後押しています。

わたしは『賭け事』を政策に取り込む意図を「クサイ」ものと考える、「演劇空間(娯楽施設)の一部だよ」「デズニーランドと何らかわらないよ」などと言うが、それは違う・・・街を歩いていてもそういった「クサイ」場がある、ひきよせられる人もいるだろうが・・・それを国家が率先してやってはいけないのだ。

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Pieraccini.Gaetano(ピエールアッシーニ)著『La stirpe de' Medici di Cafaggiolo』

2018-12-09 | 本の紹介

Pieraccini.Gaetano(ピエールアッシーニ)著『La stirpe de' Medici di Cafaggiolo』

購入したものの全巻イタリア語でしたので、辞書を横に置いて知りたいところだけをつまみ読みしました。それでも、メディチ家のことが詳細に書かれているこの本のおかげで、わかったことも多いのです。
 中世期のフィレンツェやヴェネチアは、物流(貿易)を背景に急速に肥大化し、ギルド(職能組合)による生産活動も盛んになっていった。ルネサンス以前に、このような意欲的な経済環境があったことを知ることも、レオナルド・ダ・ビンチやミケランジェロを育む土壌を理解するに有効と想います。なかでも、フィレンツェにおけるメディチ家の役割は大きく、街の設計(デザイン)からルネサンス文化の基盤形成まで巾広く関わっていたと言える。そして、ルネサンス文化の最盛期(ロレンツォ・デ・メディチの頃)、「プラトン・アカデミー」を設立したフィチーノの役割、その影響について考えなければならない。プラトンを初めてラテン語に翻訳(完訳)し、著書『プラトン神学』で哲学と神学の融合を計ったのがフィチーノ、この人がルネサンス文化にひとつの太い柱(基軸)を築いたのです。この「宇宙観」が、レオナルド・ダ・ビンチだけでなく、多くの人々の発想の起点になったのかも知れない、わたしはそう想っています。
 ただ、レオナルド・ダ・ビンチは次第に「プラトン・アカデミー」から距離を置くことになります。『芸術』と『宗教』、神聖な領域だけに重なる部分は多いのですが、これは全く「似て非なるもの」です。

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